02 拒絶 (2)
そもそも副人格は、なんのために生まれるのでしょうか。
主人格を守るためです。
主人格の心と、命を守るために生まれるのです。
「俺も、お前も、そうだったろう?」
悪魔の言葉に、天使の怒りが急速に消えていきました。
「そう、です……私は、シオリを……守るために……」
ぼう然とした顔になった天使が、槍を手から落としました。それを見て、悪魔がふうと息をつきます。
「落ち着いたか?」
「ス……ピン」
天使──こよりは、スピンの声に、ハッとした表情を浮かべました。
「私は……私は、何をしていたのです?」
「天使と悪魔ごっこさ」
「天使と……悪魔?」
こよりは、自分の姿を見て驚きました。
金色の鎧に、白い翼。そして足元には、さっきまで持っていた長い槍。どうしてこんな格好をしているのでしょうか。そして、正面に立つ黒い鎧を着た女の子──スピンもまた、なぜそんな格好をしているのでしょうか。
「こより、よく聞け。シオリが、自殺しようとしている」
「自……殺?」
「世界の書」。
シオリが生み出したお話の世界、それを夢に見たまま起きようとせず、飲まず食わずで死ぬつもり。
スピンにそう言われ、「ばかな」と、こよりは声を上げます。
「そんなことをしても、私かスピンが目を覚ませば、死にはしないでしょう!」
「そうさせないよう、俺もお前も、悪魔と天使として、夢の中に引きずり込まれたんだよ」
シオリは「神様」となり、閉じ込められていたスピンを「悪魔」にしました。
さらに、こよりを「天使」にして、シオリを起こしに来るであろう魔女マレと戦わせました。
シオリに代わり命を守る副人格を、同じ夢の中に閉じ込め、出られないようにしたのです。
「魔女……『見習い魔女の修行日記』の、魔女ですか?」
「そうだ。もっとも、マレと名乗って四番目の人格となったがな」
「四番目? 私とスピン以外に、人格が生まれたと?」
「そうだ。だが正直なところ、何が起こっているのか、さっぱりだ」
「さっぱり?」
「記憶の大半を奪われた。この物語、『勇者と魔女と星渡る船』に引きずり込まれる前がどうだったのか、ほとんど思い出せねえ」
「世界の書」に書かれたお話に、なんとなく違和感を感じていました。
魔女は自分たちと同じ。そう気づいてはいたものの、何が同じなのかはぼんやりとしていました。
ハクトが世界の謎を解き、マレの正体を言い当ててくれたので、かろうじて自分がシオリの副人格であることを思い出せたのです。もしもハクトが真相にたどり着けなければ、それすら思い出せなかったかもしれません。
「お前は?」
「わ……私も、です」
スピンに問われ、こよりも愕然とします。
「思い出せません。どういうことです? なぜ記憶が?」
「シオリが奪ったんだろうな」
たいていの場合、主人格は副人格の存在を知らず、認識もできません。記憶を共有することもありません。
存在を認めれば、副人格が引き受けてくれたつらい現実を認めることになり、主人格の心が壊れてしまうこともあるからです。
ですが。
主人格であるシオリが、副人格の存在を認め、その記憶を引き受けました。
現実は何も解決していない、それなのに、です。
それはつまり、もうすべてをあきらめた、ということなのかもしれません。
「本気で死ぬ気なんだな、シオリ」
スピンは、遠くに光る赤い星を見ました。
しかし星の光は、何かにさえぎられて見えなくなりつつあります。
「シオリのやつ。完全に閉じこもる気だぞ」
スピンの言葉に、こよりも赤い星を見て、目を見張ります。
「もしかして、いばらの壁を?」
いばらの壁。
もう何年も前、スピンとこよりが生まれた直後、シオリは完全に閉じこもってしまったことがありました。そのとき、シオリの周りに張り巡らされたのが「いばらの壁」です。
「あれは……やっかいだった、よな?」
「はい。確か、触れた途端、力をごっそり持っていかれた気が……」
それは、人格として独立できなくなるほどの消耗でした。
シオリを呼び戻そうとして、うっかり触れてしまったこよりは、力を奪われ消えかけてしまったのです。元に戻るのに長い時間がかかった、そんな覚えがうっすらとあります。
「完全な拒絶、か」
「いばらの壁」は、主人格シオリの拒絶反応。消えたくなければ私に触るな、放っておけ、という、シオリの強烈な意思表示です。
「おそらくマレも同じ。触れれば消されかねないな」
一人でシオリのところへ行こうとしていたマレ。ですが、いばらの壁に単身で突入していたら、あっという間に力を消耗し、消えていたことでしょう。
「そうか。だから、あの船……クサナギが必要だったのか」
天使率いるアンドロイド軍団を退けた、宇宙戦艦クサナギ。
天使と互角に戦った、勇者たち。
そんな宇宙戦艦と勇者に守られて、シオリのところへ向かう、四番目の人格、マレ。
そう。
宇宙戦艦と勇者が戦う本当の相手は、天使ではなく、いばらの壁だったのです。
「誰か、いやがるな」
「え?」
「シオリに対抗できるやつが、だよ。そいつが、あの船を作り出したんだ」
「シオリに対抗!? そんなことできるのですか!?」
「さあな。だけど……筋書きが見えてきたぜ」
死を願うシオリを助けるために、マレを送り込む。
いばらの壁に対抗できないマレを守るため、宇宙戦艦を作らせ、勇者を集める。
それがこの物語、『勇者と魔女と星渡る船』の、本当の狙い。
シオリが夢の中に閉じこもるなら、その夢を利用してやろうとしているのです。
「手の込んだことしやがって。誰だよ、この物語の作者は」