02 拒絶 (1)
海賊船デュランダル、その艦橋。
そこには、コハク以外の誰もいませんでした。
「慣れてたはず……なのにな」
ポツリとつぶやき、コハクは自嘲気味に笑いました。
シオリと出会う前、コハクはずっと一人で旅をしていました。
たった一人での航海は、自由で気楽でした。ときどき寂しいと感じることもありましたが、慣れてしまえばどうということはありませんでした。
でもシオリが現れて、コハクの毎日は一変しました。
仲間を集い、助け合いながら大海原を行く。ちょっぴり窮屈に思うこともありましたが、それ以上に、にぎやかで楽しい航海でした。
──団長は私よ!
海のことも船のことも、何も知らないくせに、そう言ったシオリ。だけど今ならわかります、海賊団は、シオリがいてこそだったのだと。
シオリがいなくなり、仲間が少しずつ消えていきました。
マレが去ってしまうと、もう天使を相手に戦うこともできなくなりました。
そして、最後の航海。
世界の果てを目指し、いなくなったシオリと「星渡る船」を探す旅の途中、最後に残った仲間、リンドウが嵐の海へ落ちた時──海賊団は終わったのです。
「……はは」
壁にもたれかかり、座り込んでいたコハクは、小さく笑いました。
「もう、終わりだって……俺、わかってたじゃん」
シオリを探し出し、もう一度、海賊団のみんなで大海原を旅したい。
コハクのその望みは、シオリに再会したときに消えました。
傷つき、泣いてばかりのシオリに、また冒険に行こうなんて、コハクには言えませんでした。
だからせめて、平和で穏やかな日々を、「ゆっくり眠らせてほしい」というシオリの望みを、かなえてやりたいと思ったのです。
でも、勇者として団結したみんなを相手に、一人では勝てませんでした。
「……きたか」
ビヨン、ビヨン、と軽やかな足音が近づいてきました。
アンドロイド・シルバー。
天使の手下のはずのアンドロイド。それが、「星渡る船」──宇宙戦艦クサナギを守るために、デュランダルの前に立ちふさがったのです。
艦載機約二百機を巧みに操り、デュランダルを追い詰めたシルバー。
コハクは奮戦しましたが、デュランダルを制御するコンピューターを乗っ取られては、もう何もできません。
「オヒサシブリデス、コハク」
目の前に立ったシルバーは、丁寧な口調で話しかけてきました。
「オケガハ、アリマセンカ?」
「ねえよ」
くそったれが、と舌打ちして、でもすぐに、ため息をつきました。
完敗でした。
コハクは、艦載機を全滅させるつもりで攻撃しました。でもシルバーは、デュランダルをできるだけ傷つけないよう戦いました。
クサナギの砲撃を受け、損傷していたのは確かですが、デュランダルは十分に戦えました。
それなのに、手加減されて負けたのです、何も言えません。
「とどめ、させよ」
「オコトワリ、シマス」
「手加減されて、その上助けられたなんて、海賊の名折れなんだよ!」
コハクの叫びに、シルバーは無言で首を振り。
すっ、とコハクの前に腰を下ろしました。
「コハク。アナタニ、オ願イガアリマス」
「……なんだよ」
「シオリヲ、助ケテクダサイ」
シルバーの言葉に、コハクはうなだれたまま、何も答えませんでした。
「コハク、ドウカ……」
「お前らじゃねえか」
言葉を続けようとするシルバーを、コハクがさえぎります。
「シオリに復讐しようとしているマレを、お前たちがかくまってるんじゃないか。ふざけんなよ」
「ソウデハアリマセン。コハク、マレハ、決シテ、シオリヲ、傷ツケタリシマセン」
「……天使が嘘をついてる、ていうのか?」
悪魔の手下である魔女マレは、神様であるシオリに復讐しようとしている。
天使にそう言われたから、コハクはこうして戦っているのです。シルバーは、それが嘘だと言いたいのでしょうか。
「イイエ。嘘ヲツイテイルノハ、天使様デハアリマセン」
「じゃ、誰だよ?」
「シオリ、デス」
「……は?」
目を丸くするコハクに、シルバーは告げました。
「ユックリ、眠ラセテホシイ。シオリノ望ミノ、本当ノ意味ハ……死ナセテホシイ、トイウコト」
そして、魔女マレを悪魔の手下に──「世界を滅ぼす魔女」に仕立て上げ、天使と戦わせたのは。
「マレガ、助ケニクルノヲ、邪魔サセルタメ。シオリガ、ヤッタノデス」