01 突入 (2)
「ヒスイくん、私は言っただろう。マレくんは、シオリという女の子の中に生まれた、四番目の人格だと」
「それが、どうしたのさー」
「多重人格。医学的には解離性同一症と呼ばれる、この精神障害はね……子供の頃に負った、大きな心の傷が原因で起こるものなのだよ」
「心の……傷?」
「そうだ。多くの場合で、その原因というのは、重い病気や肉親との死別、あるいは……虐待だ」
勇者たちは言葉を失いました。
目を覚ましても、つらい現実が待っているだけ。
だからもう、目を覚ましたくない。
シオリがそう考え、眠りについたのだとしたら、起こそうとする勇者たちは邪魔でしかないのかもしれません。
「すまない、この可能性には気づいていたが……私も、そうでないことを祈っていた」
「いや……」
「ハクトさんに、謝られましても……」
天使に連れ去られ、「星の宮殿」に閉じ込められたシオリ。そのシオリを助けるために、宇宙戦艦クサナギに乗ってやってきた勇者たち。
でもそれは、シオリにとって余計なことだったのでしょうか。
「星の宮殿」に閉じ込められたのではなく、自ら閉じこもったのでしょうか。
シオリの望みは、このまま目を覚ますことなく、人生を終えることなのでしょうか。
「僕たち……どうすればいいのさー」
「それは……」
ヒスイの問いに、リンドウも答えられません。シオリの本当の望みがそれならば、もうこれ以上進むべきではないのかもしれません。
「艦長……」
リンドウがポツリとつぶやき、艦長席に目を向けました。
リンドウに続き、ヒスイが、アカネが、ルリが、最後にハクトが視線を向けます。
艦長は五人の視線を受け止めました。ですが、厳しい顔をしたまま何も言いません。
「私たちは、どうすれば……」
「そんなの、決まってる」
何も言ってくれない艦長に問いかけようとした、リンドウの言葉をさえぎったのは。
「このまま、行くしかないでしょ!」
お団子頭にエプロン姿の、パティシエ・カナリアでした。
◇ ◇ ◇
リンドウたち五人が、カナリアを見ました。
五人とも、今にも泣きそうな、ちょっと情けない顔です。
そんな五人に向かって、カナリアは、むん、と胸を張りました。
「みんな、大事なこと忘れてるよ!」
「大事なこと?」
「そうだよ! みんなはマレと約束したでしょ!」
「約束……ですか?」
「あーもー、忘れちゃったの?」
困惑している五人に、カナリアはビシッと言いました。
「私をシオリのところへ連れて行って。マレのお願いに、任せとけ、て言ったのはみんなだよ!」
あっ、と五人は、同時に声をあげました。
そうです、カナリアの言うとおりです。リンドウたちは、マレのお願いに「任せておけ」と言ったのです。
「ピィーッ!」
いつのまに集まったのでしょうか。カナリアの周りには妖精たちがいて、「そうだそうだ」と言わんばかりに声をあげています。何を弱気になっているんだと、勇者たちを叱っているようです。
「だったら、進むしかないでしょ!」
カナリアの力強い言葉に、五人は何度もまばたきしました。
そして、お互いに顔を見合わせ、照れ臭そうに笑います。
「あはは、そうだったね」
「ええ、そうでした」
「うわー、なんかもう、こっぱずかしいー」
「まったくだ。何をくじけていたのか」
「そうだね。マレなら……あきらめはしないね」
マレは、医療用カプセルの中で眠り続けています。
「助けに来たよ」と言ってくれた仲間たちが、シオリのところへ連れて行ってくれると信じて。
その信頼を裏切ることなんて、できるはずがありません。
「行こう」
リンドウの言葉に、全員がうなずきました。
いばらの壁を越えて。
その向こうにある赤い星、そこにあるはずの「星の宮殿」へ。
例えシオリに拒まれようとも、マレとの約束を果たすために。
「総員、第一種戦闘配置!」
勇者の顔から迷いが消えたのを見て、黙っていた艦長が、凛とした声で告げました。
「おーっ!」
「ピィーッ!」
勇者と妖精が、勇ましい声をあげて配置につきます。
「これより、いばらの壁に突入する! 操艦支援機能は防御モードに設定、砲撃でいばらを焼き払いつつ、壁を突破する!」
艦長はそこで言葉を切りました。
そして、配置についた勇者たち一人一人を見てから、言葉を続けます。
「希望の光に導かれて集った、勇者たちよ」
かつて君たちが、希望の光を見て勇気を奮い立たせたように。
今度は君たちが、勇気を力に変えて、希望の光を守れ。
「そして、この壁の向こうにいる少女に、希望を届けよ!」
「了解!」
「わかりました!」
「おっけー!」
「うむ、承知した!」
「まかせな!」
さあ、行こう。シオリのところへ!
「クサナギ、発進!」
艦長の号令一下。
宇宙戦艦クサナギは、巨大ないばらの壁に突入しました。