04 世界を滅ぼす魔女 (5)
「この……ばかが!」
甲板の上を、津波のように海水が押し寄せてきます。悲鳴をあげることもできず固まっているパティシエに、海賊が舵輪から手を離して飛びつきました。
「うわっぷ……」
「このおっ!」
海賊はパティシエの体をしっかりと抱き締め、足を手すりにひっかけました。ザザザァッ、とものすごい勢いで海水が流れていき、甲板のものを押し流していきます。
グラリ、とデュランダルが大きく傾きました。
「うわっ、うわわわわっ!」
「は、離すんじゃねえっ! うがっ!」
海賊は必死でパティシエを抱き締めました。
ですが、このままではデュランダルが転覆してしまいます。
さすがの海賊も「もうだめか」と思いましたが、剣士が全速力で走ってきて、海賊とパティシエを助けてくれました。
「このっ……」
海賊はパティシエを剣士に預けると、足を引きずりながら舵輪に飛びつき、止まりかけていたエンジンを全開にしました。
ドンッ、と叩きつけるような衝撃と共に、デュランダルが姿勢を取り戻します。ずぶ濡れになった巫女が必死で祈りを捧げ、ついに守りの壁を作り出しました。
「ふふ、これで沈まないんだ。すごい船ね。ほしくなっちゃった」
ほうきにまたがって見下ろしていた魔女が、再び急降下してきました。まっすぐに、パティシエ目指して飛んで来ます。
「せやぁっ!」
剣士がタイミングを見計らい、とびかかって魔女に切りかかりました。魔女は剣士の剣が届くギリギリのところで急停止し、杖を振るって剣士を弾き飛ばしてしまいます。
そして、壁にもたれてへたり込んでいるパティシエに近づくと、パティシエの顔をずいっとのぞき込みました。
「この船なら、どんな荒波も越えてどこまでも行ける。そう思わない?」
「あ……う……」
なんの模様もない灰色の仮面。その仮面をすぐ目の前にして、パティシエは怖くて震えが止まらなくなりました。
「ねえ、この船、私にちょうだい。そうだ、あなたたち、私の仲間になればいいのよ!」
「ふざ……けんなっ! これは俺の船だ! お前の仲間にもならねえっ!」
「あら、残念」
「てめ……パティシエから……離れろ……」
海賊が腰の短剣を抜きました。苦しそうなその声に、パティシエはハッとなって海賊を見ました。
「無茶したらダメよ。足、ケガしたんでしょ?」
魔女が言う通りでした。流されそうになったパティシエを助けた時、海賊は右足をケガしていました。とても痛そうな顔をして、あぶら汗を流しています。
「魔法で治してあげようか? もちろん、降参してくれたらだけど」
「だ、れ、が、降参なんか、するか!」
海賊は魔女に短剣を投げつけると同時に、転がるように魔女に体当たりしました。
ですが魔女はふわりと空高く舞い上がり、海賊の攻撃をかわしてしまいます。
「ざーんねん♪」
「ち、くしょぉ……」
「海賊!」
怖くて震えていたパティシエですが、ケガをしてもなお戦おうとする海賊を見て勇気が湧いてきました。「しっかりしなきゃ、私の方がお姉ちゃんなんだから!」と心の中で叫び、転んだ海賊に駆け寄って助け起こします。
「剣士……巫女を守りに行ってくれ……」
「わかった!」
もしも今、巫女の祈りが止められたら、あっという間に渦に引き込まれてしまいます。剣士は海賊にうなずくと、甲板の中央で祈りを捧げる巫女のところへ大急ぎで走っていきました。
「パティシエ……舵輪、握れ……」
「え? でも……」
「早く! 俺が言う通りに動かせばいい! このままじゃ渦に飲み込まれるんだよ!」
海賊に叱り飛ばされて、パティシエは慌てて舵輪にしがみつきました。
右へ、左へ。激しい波にあおられるデュランダルを立て直そうと、海賊の指示に従い舵輪を回しました。
「海賊くん!」
パティシエが必死で舵輪を操っていると、医者が駆けつけてきました。急いで海賊のブーツを脱がし、痛めた右足を診て顔をしかめます。
「折れてはいないが……ひどく捻っているね」
「湿布しときゃ治らぁっ! おらパティシエ、右だ!」
「は、はいぃぃっ!」
デュランダルの揺れが小さくなり、少しずつですが渦に逆らって進み出しました。
「ふふ、しぶといなあ。でも私、まだ全力じゃないからね」
ほうきにまたがって見物していた魔女が、笑いながら杖を構えました。
「ダラダラ相手するのも面倒だし。しょうがない、デュランダルは、あなたたちをやっつけた後でもらうことにするね」
「こ……のやろぉ……」
「じゃあね、かわいい勇者さん。『名もなき勇者』に負けるほど、私は弱くないのよ」