08 天使と悪魔 (4)
「よう、艦長」
『……何か?』
悪魔の呼びかけに、艦長が答えます。たとえ悪魔が相手でも、艦長にひるむ様子はありません。
「天使は、俺が船の外に追い出してやる。ついでに包囲しているアンドロイドも追い払ってやるから、さっさとシオリのところへ行きな」
『……ご助力、感謝する』
「なぁに、いいってことよ」
悪魔は軽く肩をすくめ、炎にまとわりつかれてもがく天使に目をやります。
「俺もコイツとは話があってな。確実に捕まえるのに利用させてもらった。お互い様さ」
「なにを……言っているのです……」
天使は悪魔をにらみました。
「話すことなど、いまさらありませんよ!」
「あるんだよ、大事な話がな!」
悪魔は天使に突進しました。炎にまとわりつかれて身動きできない天使は、あっさりと悪魔に捕まってしまいます。
「くそっ……離しなさい!」
「断る」
悪魔の全身が炎となり、天使を包み込むと、そのまま猛スピードで天使を連れて行きます。
「おの……れぇぇぇっ!」
「さぁて、とりあえず船の外に出てもらうぜ!」
医務室の前から、クサナギ中央ブロックの通路を通り抜け、天使が開けた穴から外へ。
あっという間に、悪魔は天使を抱えてクサナギの外へ飛び出しました。
「ほらよっ!」
元の姿に戻り、天使を蹴り飛ばすと、悪魔はギロリと目をむきます。
「お前らも邪魔だ! 勇者に道を開けやがれ!」
悪魔の炎が、一気に大きくなると。
クサナギを包囲していた金色のアンドロイドが、あっという間に炎に包まれ、消えてしまいました。
◇ ◇ ◇
「艦長、申シ訳アリマセン。戻ルコトハ、デキマセン」
帰艦せよ。
艦長からの命令を、シルバーは拒否しました。
アンドロイドが消えた今、クサナギは十分にデュランダルと戦えます。シルバーが危険を冒して足止めすることはないのです。
ですがシルバーは、クサナギに戻ろうとはしませんでした。
「私ニハ、ヤルコトガアリマス」
『やること?』
「勇者コハクヲ、説得シ、連レテ行キマス」
アンドロイド軍団は焼き払われました。
天使は悪魔が相手をしています。
今なら一対一です。
誰にも邪魔されず、コハクに近づいて説得する絶好のチャンスなのです。
「最後ノ勇者ハ、全員、ソロッテイナケレバ、ナラナイノデス」
一人でも欠けたら、私の望みはかなわない。
だからコハクを連れ戻してほしい。
シルバーは彼女にそう頼まれました。しかし、彼女のことは、今はみんなに明かせません。
彼女にとっても、これはギリギリの戦い。
万に一つの失敗も許されず、慎重に行動するしかないのです。
「命令違反ノ罰ハ、甘ンジテ、オ受ケシマス」
しばしの沈黙ののち、艦長は答えました。
『……了解した。シルバー、君の役目を果たせ』
「アリガトウゴザイマス。コハクトトモニ、必ズ追イツキマス、艦長」
『シルバーくん、無茶はしないでくれたまえよ!』
艦長に続き、ハクトの声が届きました。
「イエイエ、ココデ無茶シナクテ、イツスルンデス」
『シルバーくん!?』
「ゴ安心ヲ。ココデ終ワル気ハ、アリマセン。サア、行ッテクダサイ!」
デュランダルが目の前に迫ってきます。
シルバーと艦載機に気づいたのでしょう、デュランダルの全砲門が開き、攻撃態勢を取りました。
「フフ、ナンダカ、悪役ニナッタ気分デスネ」
シルバーは、操る艦載機を上下左右に展開させ、デュランダルの行く手をさえぎる壁となります。
「勇者コハク! ココカラ先ヘハ、通シマセンヨ!」
◇ ◇ ◇
クサナギがスピードを上げ、赤い星に向かって進み始めました。
その後方では、艦載機を従えた銀色のアンドロイド・シルバーが、海賊船デュランダルの行く手をはばんでいます。
「ふん、あいつは残るのか」
悪魔は小さく笑います。
アンドロイド・シルバーは、このお話で、どんな役割を与えられているのでしょうか。
「まったく、手の込んだことをしやがって」
さて、と。
悪魔は、くやしがる天使を振り返ります。
「おのれ、おのれぇ! あと一歩というところだったのに!」
天使は羽を広げて悪魔の炎を振り払いました。そして、憎々しげに悪魔をにらみ、槍を構えます。
「許さぬぞ、悪魔! 今度こそ、わが槍で滅ぼしてくれる!」
「まったく、いい加減にしろよな」
怒り狂う天使とは対照的に、悪魔は落ち着いていました。槍を構えた天使を見ても、ため息をついて腕を組んでいるだけです。
「いいから落ち着け。お前とは話があるんだよ」
「そんなもの、私にはない!」
「あーもう。このバカが。いつまで天使やってるんだよ!」
「なに……?」
悪魔の言葉に、天使が眉をひそめます。
「違うだろ。お前も、俺も」
「なに……が、だ?」
「天使と悪魔。俺たちは、そんなものじゃないだろ?」
何を言っているのか、わからない。
そんな顔をして、天使の動きが止まりました。やれやれ、と肩をすくめ、悪魔役の彼女が笑います。
「ま、人のことは言えないがな。俺だって我に返ったのは、ハクトが魔女の正体を明かした時だ」
「魔女の……正体?」
「そ。あの魔女……マレは、俺やお前と同じだよ」
天使はさらに困惑します。本当に、悪魔が何を言っているのかわからないのです。
「お前はアイツの近くにいたからなぁ。影響も一番大きいか。閉じ込められてた分、俺はマシだったんだな」
「影響……?」
「いいか、よく聞け」
悪魔は自分の胸を指しました。
「シオリの中に生まれた二番目の人格、スピン。それが俺。そして」
悪魔の指が、今度は天使役の彼女を指さします。
「三番目の人格、こより。それがお前だ」
「こよ……り?」
「そうだ。俺たちは、天使や悪魔じゃねえんだよ」
悪魔の言葉に、「何をたわごとを」と言い返そうとした天使ですが。
頭の中で鳴り響いていた神様の命令が消え、意識が真っ白になってしまいました。