08 天使と悪魔 (3)
機関室に押し寄せるアンドロイドが、数を増していました。
「うわ、増えてる! また侵入したの?」
「ピィーッ!」
魔法銃の弾込めを終えた妖精が、勇ましい声をあげ、カナリアが隠れているバリケードから飛び出していきます。
機関室に入れてなるものかと、妖精たちは奮戦していますが、次々と押し寄せるアンドロイドを相手にして、さすがに疲れているようです。
「みんな」
戦い方を知らないカナリアは、妖精たちと一緒に戦うことができません。
だからせめて、妖精たちを応援したいと思いました。
「きっとアカネが天使をやっつけてくれるから! それまで、が──」
ガチッ、と言葉が断ち切られました。
カナリアがその言葉を言おうとすると、不思議な力が口を閉じてしまうのです。
「うー……唇切ったぁ……」
いったいなぜでしょうか。
どうしてその言葉は、口にすることができないのでしょうか。
「うわっ!」
爆発音が響き、船が大きく揺れました。転がったカナリアを、妖精が慌てて受け止めてくれます。
「いたた……」
「ピィ?」
「うん、平気だよ。ありがとう」
「くそっ! まずい!」
リンドウの叫び声が聞こえました。
驚いて振り返ると、リンドウが見ているモニターに、天使とハクトが映っていました。
「え、うそっ! 天使が、医務室に着いたの!?」
天使を食い止めるべく戦っていたアカネはどうしたのでしょうか。ひょっとして、負けてしまったのでしょうか。
『お帰り願おう、天使どの!』
天使を追い返そうと、ハクトが液体窒素を発射します。天使はそれを翼で防ぐと、槍を一振りしました。
天使の槍で、ハクトが弾き飛ばされました。
マレはまだ医療用カプセルの中で眠っていて、起きる気配がありません。このままでは、天使にやられてしまいます。
「アカネーッ、医務室に急いでくれーっ!」
天使が槍を構えました。
天使が狙っているのは、マレです。
『させて、たまるか!』
倒れていたハクトが飛び起きて、マレを守ろうと天使の前に立ちふさがります。
『では、まとめて貫いてやりましょう!』
立ちふさがるハクトに冷たく言うと、天使は全力で槍を突き出しました。
やられた、と思いました。
思わずカナリアは目を閉じてしまいます。「ハクトー!」と、リンドウが悲鳴のような声をあげるのが聞こえ、怖くなってしゃがんでしまいました。
そのときです。
クサナギ全体を揺らすような、衝撃が走りました。
「うわ、わわわわっ!」
「なんだい!?」
その衝撃にカナリアもリンドウも尻もちをつきました。
艦内の電源が切れ、真っ暗になります。
「ピィッ!」
「くそっ……電源復旧、急いで!」
リンドウが妖精に指示し、すぐに電源は戻りました。
ハクトとマレはどうなったのでしょうか。
カナリアは怖くて、モニターを見ることができません。
「え……なんだ、あれ?」
リンドウの戸惑う声に、カナリアは恐る恐るモニターを見ました。
ハクトは無事でした。
突き出された天使の槍が、ハクトのすぐ目の前で止まっています。不思議な青白い炎が、盾となって天使の槍を防いでいたのです。
『クッ……クククッ……』
そして、どこからともなく笑い声が聞こえ。
ハクトの影の中から、黒い鎧姿の女の子が姿を現しました。
◇ ◇ ◇
艦内に走った衝撃で、クサナギが大きく揺れました。
「うわわっ!」
ヒスイが慌てて舵を握り、船を立て直します。
「何事か!?」
「わかりません! これは……医務室?」
艦長の問いに、ルリが急いでカメラを切り替えました。
正面メインパネルに、医務室の様子が映し出されます。
「……何者だ?」
映し出されたのは、二人の鎧姿の女の子。
金色の鎧を身にまとうのは、天使です。
ではその天使の前に立つ、黒色の鎧を身にまとう女の子は、何者でしょうか。
『お……お前、は……』
その答えを、天使が教えてくれました。
『あ……悪魔……』
◇ ◇ ◇
さすがのハクトも、頭の中が真っ白になりました。
目の前で動きを止めた、天使の槍。止めてくれたのは、黒い鎧に身を包んだ女の子。
岩山の牢獄で出会い、「世界の書(写)」を貸してくれた悪魔です。
天使と互角に戦える、唯一の存在。その悪魔が突然目の前に現れ、助けてくれた。そう理解し、ホッとした途端、ハクトの全身にどっと汗が流れました。
「よう、天使サマ」
ハクトの影から完全に抜け出ると、悪魔は天使にニヤリと笑いかけます。
「眠って抵抗できないヤツに槍を突き出すなんて、神の使いがやることか?」
「悪魔……どうやって……どうやって、ここに来た!」
「こいつに『世界の書(写)』を貸してたんでな」
悪魔はハクトを親指でさしました。
「その時に、力も分けてやった。それをたどってきたのさ」
青白い炎が阻んでいた天使の槍を、悪魔は無造作につかみました。
「くっ……触れるな!」
「おらぁっ!」
天使が槍を引こうとした瞬間、悪魔の炎が一気に燃え盛り、天使に襲いかかりました。
とっさに羽を閉じて炎を防いだ天使ですが、そこに悪魔が飛びつきます。そして、力任せに抱え上げ、天使を医務室の外へ放り投げました。
「おいハクト。もう二十秒はたったぞ。いつまで腰抜かしてやがる」
床に座ったままのハクトを見て、悪魔が笑います。
「しっかりしろよ、戦いの最中だぜ?」
「……いや、すまない」
悪魔の言うとおりです。いつまでも腰を抜かしてへたり込んでいる暇はありません。
「ククッ……」
フラフラながら立ち上がったハクトを見て、悪魔は満足そうに笑います。
「さてと。ハクト、よく世界の謎を解いたな。礼がわりに、天使の相手は俺が引き受けよう」
立ち上がろうとした天使に、悪魔の炎が襲いかかりました。天使は羽で炎を弾き飛ばそうとしましたが、その羽に、悪魔の炎がまとわりつきます。
「くっ……」
「大人しくしてろって。すぐに用をすませるから」
炎で天使を抑え込んだ悪魔は、モニターに目をやります。
そこには、艦橋で指揮をとる、艦長の姿が映っていました。