08 天使と悪魔 (2)
天使を相手に、互角、いいえ、むしろ押していたアカネですが、デュランダルが接近しているという報告が聞こえ、あせりが生まれました。
戦いの場で、あせりは禁物です。
早く倒そうとして余計な力が入り、リズムが崩れます。ほんのわずかなものですが、それを見逃すような天使ではありません。
ばさり、と。
わずかなすきを見て取り、天使の羽が、横殴りにアカネに襲いかかります。
「くっ……焔っ!」
「甘いですよ」
天使の羽に対し剣を繰り出したとき、逆方向から槍を叩きつけられました。
「ぐっ……」
鎧を身につけていなければ、その一撃で終わりでした。
そんな強力な一撃を受けて、アカネが吹っ飛びます。壁に激突し、気を失いかけたアカネですが、歯を食いしばって意識をつなぎとめました。
「ピーッ!」
妖精の叫び声が聞こえ、アカネはとっさに横っ跳びに逃げました。
すぐ横を、天使の槍がかすめていきます。危ないところでした。
「急に動きが硬くなりましたね。何が……おや?」
クサナギが減速しました。
それに気づいた天使は、じっと耳をすませて様子をうかがいます。
「このっ!」
天使が見せたそのすきに、アカネは力を振り絞って斬りかかりました。
ですが、天使は守りに徹し、アカネの攻撃を寄せ付けません。
「くそっ!」
「ずいぶんとあせっていますね……そうか、デュランダルが来たのですね?」
爆発音が響き、クサナギが揺れました。
「ふふふ、そうですか。この船もいよいよ沈む時が来ましたね!」
天使が笑い、翼を羽ばたかせます。翼にあおられてアカネや妖精たちは吹き飛んでしまいます。
『こちらリンドウ! アカネ、気をつけて! またアンドロイドが侵入したよ!』
「わかっ……た!」
ガチャガチャと、金属の足音が近づいてきました。新たに侵入したアンドロイドがやってきたのです。
その数、三十体。天使と同時に相手にするには、多すぎる数です。
「ご苦労、お前たち。さあ、勇者を名乗る剣士・アカネを、消してしまいなさい!」
「ギョイ」
天使に命じられ、アンドロイドが一斉に攻撃してきました。
「このっ! 焔っ!」
「ピィーッ!」
アンドロイドを押し返そうと、アカネと妖精たちは反撃します。アンドロイドが相手なら、アカネと妖精たちは決して負けません。
ですが。
「なっ……!?」
光が走ったかと思うと、アカネが生み出した炎がかき消されました。アンドロイドと戦っていた妖精も消えてしまいます。
「天使!」
天使が槍を振るったのです。
「私としたことが、少々頭に血が上っていたようです。お前ごときに、私が直接戦う必要などありません」
「くそっ、卑怯だぞ!」
「なんとでも」
アカネの叫びに冷たい笑顔を浮かべ、天使は槍を構えます。
「では、私は先へ進ませていただきましょう!」
さようなら。
アンドロイドと戦うアカネにそう告げて、天使は奥へ続く扉を槍で破壊しました。
「さあ、冒険ごっこは終わりです! 魔女よ、今度こそ消してあげましょう!」
「ま、待てぇ!」
アカネの声に振り向きもせず、天使は全速力で通路を飛んで行きます。
妖精が行く手を阻もうとしますが、天使の敵ではありません。
通路をふさぐ分厚い扉も、槍の一撃で粉砕してしまいます。
「ここですね」
医務室。
そんなプレートが付けられた、分厚い扉の前に天使は着地しました。
扉の中から、魔女の気配と──悪魔の力も伝わってきます。
「やはり魔女は悪魔の手下でしたか」
天使は静かに槍を構えました。
「てこずらせてくれましたね。さあ、とどめをさしてあげましょう!」
天使が槍を振るうと、ドゴォンッ、という大きな音とともに、医務室の扉が破られました。
「ほいさぁっ!」
すると、中で大きな声がし、続いてブシューッと何かが噴き出す音がしました。
医務室の中にいた、白衣でツインテールの少女──ハクトが、重たそうなボンベを抱え、ホースの先を天使に向けているのが見えました。
「くっ、また消火剤ですか!?」
「いやいや、液体窒素さ!」
「お前は……医者の……」
「はっはっは、マッドドクター・ハクト様だ! お帰り願おう、天使どの!」
噴き出したガスを浴びた天使の手が、みるみる冷えて凍っていきました。
これはいけないと、天使は翼を動かし、ハクトが吹きかけてくるガスを吹き飛ばします。
「ピィーッ!」
すると今度は、ハクトの後ろに隠れていた妖精が、一斉に魔法銃を撃ちました。
天使はとっさに後ろに飛んでかわすと、ボンベを抱えているハクトをにらみました。
「こざかしい、お前ごときに……」
そう言いかけて、天使は驚いて口を閉ざしました。
目の前にいるハクトから、悪魔の力を感じたのです。
いったい、どういうことでしょうか。
悪魔の力を感じるのは、ここに魔女がいるから。天使はそう思っていたのですが、悪魔の力は魔女ではなく、医者のハクトから感じます。
まさか、と天使はがく然としました。
魔女ではなく、医者が悪魔の手下だったのでしょうか。
そうと気づかず、医者を『勇者の船団』に招き入れてしまったのでしょうか。
「おのれぇ……」
天使は悔しさのあまり、歯ぎしりしました。
「悪魔め。大人しく捕らえられているふりをして、私をだましていたのか!?」
怒りがこみ上げてきました。
その怒りのままに、天使は乱暴に槍を振るい、周囲のものを吹き飛ばします。
「うわっ!」
「ピィッ!」
天使の力にあおられて、ハクトが床に転がりました。妖精は、槍が触れただけで光となって消えてしまいます。
ですが、ハクトも妖精も、今の天使の眼中にはありません。
どこかに潜んでほくそ笑んでいるであろう悪魔を思うと、天使は悔しくてならないのです。
「許さぬ。もう許さぬぞ、悪魔よ!」
天使は、ぎろりと目をむきました。
床に転がるハクトの向こうに見えたのは、医療用カプセルの中で眠る、魔女のマレ。何度叩きのめしてもしぶとく生き残り戦いを挑んできた、いまいましい魔女です。
「ちょうどいい」
天使が槍を構えました。
狙うは、床に転がるハクトと眠っているマレ。ここで一網打尽にすれば、悪魔の企みは失敗に終わるはずです。
「まとめて消えるがいい! 悪魔よ、お前の企みはここまでだ!」