07 勇者 vs 天使 (5)
ふぅーっ、と大きく息をつくと。
アカネは静かに剣を構えました。
「ここから先は、行かせないよ」
「愚か者め。私に勝てると思っているのですか」
「勝てるかどうかじゃない……勝つ!」
──さあ、名乗りを上げろ!
師であり相棒であった、竜騎士アンジェの声が聞こえた気がしました。
敵は強大、アカネが全力をもってしても、勝てる保証なんてありません。
でも、だからこそ。
今こそ、堂々と名乗りを上げるときなのです。
「我こそは剣士アカネ! 竜騎士アンジェ、ただ一人の相棒! そして……」
ゴウッ、と構えた剣が炎をまといます。
それを見た天使も、静かに槍を構えます。
「お前が神様と呼ぶ、シオリの友達だ!」
ダンッ、とアカネが地を蹴り、一気に天使のふところに飛び込みました。
「焔ぁっ!」
「こざかしい!」
アカネの炎の剣を、天使は槍で受け止め、いなします。
「槍を相手に剣で戦う、その愚かさを知らないのですか!」
間合いの長い槍を相手に剣で戦うには、相手の三倍の力量がいる、一般的にはそう言われています。
「知ってるさ!」
もちろんアカネは、そのことを知っています。なぜなら。
「私の師匠、竜騎士アンジェは、槍の達人だよ!」
「ぬうっ!」
間合いを取らせるな。
懐に飛び込め。
速さと小回りで勝負しろ。
剣の修行を始めてから、散々に叩き込まれた戦い方です。
槍の達人であるアンジェと互角に戦えるようになるまで、いったいどれだけ叩きのめされたでしょう。自分には才能がないのかと、何度本気で落ち込んだでしょう。
だけど、それを乗り越えたからこそ、こうして天使と戦えるのです。
「私の剣が小ぶりなのも、それが理由だよ!」
「おのれ!」
距離を取ろうとする天使に、ピタリと張り付き離れないアカネ。
いらだった天使は、大きく振りかぶって上から槍を叩きつけようとしましたが。
「ぬうっ!?」
ガツン、と槍先が天井に当たり、思うように槍をふるえません。
「焔っ!」
すかさずアカネが炎を生み出し、天使に強烈な一撃をお見舞いします。天使はかろうじて炎の一撃をかわしましたが、次々と繰り出されるアカネの剣に押されます。
「ばかな……ばかな、たかがお話の登場人物が、なぜ私と戦える!?」
天使は、シオリの副人格です。
シオリが生み出したとはいえ、お話の登場人物が、いわば空想でしかない存在が、なぜ天使と互角に戦えるのでしょうか。
「さあね、シオリに聞いてみな!」
「くっ!」
いなしきれず、ついに天使は後退しました。逃がしてたまるかと、アカネは後退する天使を追撃します。
「天使、お前はここで、私が倒す!」
「この……痴れ者がぁっ!」
天使の全身が光ります。ですが、アカネはひるまずに天使のふところで剣をふるいます。
「この私を、なめるなぁっ!」
「そっちこそ、勇者、なめるなぁっ!」
金色の光と、紅蓮の炎がぶつかり合い。
中央十八ブロックで生じた爆発は、クサナギ全体を揺らすものとなりました。
◇ ◇ ◇
アカネと天使が激突して生じた爆発の衝撃で、ハクトは椅子から転がり落ちてしまいました。
「いたたた……いやはや、まいったね」
ハクトは慌てて椅子に戻ると、通信機のスイッチを入れます。
「アカネくん、船内だということを忘れないでくれたまえ!」
大声で叫びましたが、アカネからの返事はありません。天使との戦いに全神経を集中しているのでしょう。
「まあ、手加減して勝てる相手ではないだろうがね」
互角どころか、天使を押しているアカネ。予想以上の善戦です。このまま勝負をつけてほしいところですが、天使はそんなに甘い相手ではありません。
「しかし……ふむ、天使の言ったことは気になるな」
──たかがお話の登場人物が、なぜ私と戦える!?
天使の言う通りです。
マレならばともかく、なぜアカネが天使と互角以上に戦えているのでしょうか。正直なところ、アカネはもっと苦戦すると思い、次の手を考えていたぐらいです。
「何かの力が、我々を守っている……のか?」
ハクトは医療用カプセルで眠るマレを見ました。
そんなことができるとしたら、マレぐらいでしょう。ですがマレは深く眠っています。勇者を援護することなどできないはずです。
「それとも、天使の力が落ちている? ……いや、今はよそう」
クサナギの外にも内にも敵。ゆっくりと考えている時間なんてありません。とにかく、天使を倒すか、最低でもクサナギから追い出すのが先です。
『ハクト、こちら機関室、リンドウ! カナリアが合流したよ!』
「おっと……こちらハクト、了解した! リンドウくん、カナリアくんはそっちでコキ使ってくれたまえ!」
『あいよ!』
「えーっ!」というカナリアの声が後ろから聞こえてきます。どうやらケガもなく、機関室に到着したようです。
『ほら、文句言ってないで準備! アンドロイドが来るよ!』
『あ、そうだった! じゃ、私あっちね!』
リンドウとカナリアの会話を聞きながら、やれやれとハクトは頭をかきます。
どうしてあんな所にいたのかはわかりませんが、カナリアは本当に危ないところでした。副団長であるリンドウの目の届くところにいれば、安心でしょう。
「さあて、とにかく天使だ。あれを倒さないことには、何も解決しないからね」
ハクトは気持ちを切り替え、アカネをサポートすべく機器を操作し始めました。
ですが、そこに。
シルバーの緊迫した報告が飛び込んできました。
『艦後方ヨリ接近スル船アリ! デュランダル、デス!』