07 勇者 vs 天使 (4)
マレのこともシオリのことも、カナリアはよく覚えていません。
だけどひとつだけ、思い出したことがあるのです。
──助けに来たよ!
泣きながら手を握ってくれた、少したれ目の女の子。
シオリを助けてあげてねと、最期の望みを託した女の子。
それが夢なのか、本当にあったことなのか、カナリアにはわかりません。
でもあの女の子──魔女のマレは、傷つきながらカナリアを助けに来てくれたのです。
だったら、カナリアがやることはただ一つ。
アカネが来るまで、何が何でも、ここで天使を足止めして、マレを守ることです。
「マレのところには、行かせないからね!」
「……ふん」
ゆらり、と天使が立ち上がり、冷たい目でカナリアたちを見ます。
「私と戦うつもりですか?」
天使がすっと手を横に伸ばしました。
すると、カナリアが蹴とばした槍が、あっというまに天使の手に戻っていきます。
「ピィーッ!」
カナリアの頭に乗る黒いツナギ姿の妖精が、号令をかけました。
まだ残っていた妖精がカナリアの前に集まり、天使に向けて魔法銃を構えます。
それを見て、天使は冷たく笑います。
「まったく。身のほどを知りなさい」
「身のほどなんて、知らないけれど!」
怖い。
怖くてたまらない。
だけど絶対、逃げたりしない。
だって勇者は、勇気ある者。
なにがあっても、最後まであきらめない人のこと。
「私だって、勇者だからね! 逃げたりしないよ!」
「口先だけの、勇者が」
天使の全身が光りました。
「今度こそ、消え去るがいい!」
「ピィーッ!」
天使の槍が一閃し、光がカナリアたちに襲いかかってきました。
天使の攻撃をはねのけようと、妖精たちが一斉に魔法銃を放ちます。
バチィッ、と大きな音とともに、二つの力がぶつかりました。
まぶしくて目を開けていられず、カナリアは思わず目を閉じてしまいました。
『カナリアくん!』
「ピピピッ!」
ハクトの声が通信機から聞こえて来るのと同時に、頭の上の妖精が声を上げました。
カナリアの体が、ぐいっ、と大きくのけぞります。
「うわぁっ!」
閉じた目の、ほんの数センチ前を、何かが通り過ぎた気がしました。
カナリアはそのまま床に倒れ、間一髪で天使の攻撃をよけました。
「おのれ、ちょこまかと!」
天使が槍を翻しました。
槍が狙うのは、カナリア。それを見た妖精が、カナリアを守ろうと決死の覚悟で天使に突撃します。
「妖精さん!」
ですが、天使の槍が触れるだけで、妖精は消えてしまいます。もう一度、さらにもう一度と、天使が槍をふるうたびに、妖精はどんどん消えていってしまいます。
残るは五人の、黒いツナギ姿の妖精だけ。
「ピーッ!」
黒いツナギ姿の妖精が、カナリアの体を操りました。
ギリギリで槍をかわし、転がって逃げるカナリア。何とか逃れようとするのですが、すばやい槍の突きをかわすのが精一杯で、立ち上がることができません。
「うわ、うわわっ!」
ドン、と壁に当たりました。
カナリアの動きが止まります。右にも左にも、とっさに動くことができません。
「さあ、お前も消えてしまいなさい!」
天使の槍が、一直線にカナリアへと突き出されました。
「ピーッ!」
カナリアを守らんと、黒いツナギ姿の妖精五人が、一斉に天使に挑みかかります。
「お前たちなど、敵ではない!」
五方向からの同時の攻撃。しかし、天使は難なくそれをかわし、槍の一振りで妖精を消し去ってしまいました。
「妖精さん!?」
「悪あがきもそこまでですね」
すべての妖精を倒した天使が、カナリアの目の前に立ち、槍を構えました。
『カナリアくん! 逃げるんだ!』
ハクトの声が聞こえます。
ですが、部屋の隅に追い詰められ、右にも左にも逃げられません。
ギラリと光る、天使の槍。
もうだめだと思い、カナリアがギュッと目を閉じたとき。
「焔ぁぁっ!」
勇者・アカネの声が響き、炎の剣が天使の槍を打ち払いました。
※ ※ ※
カナリアの意識が、ほんの一瞬だけ途切れました。
──チョット、ムチャ、シチャッタ、ネ。
そんな声が、どこからか聞こえました。
誰の声でしょうか。どこかで聞いたことがあるような気がします。
──アト、スコシ。
──クサナギヲ……モノガタリヲ、マモル、ヨ。
さあ、いくよ。
誰かの声が、励ますようにそう言うと。
とん、と背中を押されて、カナリアの意識が戻りました。
※ ※ ※
「あ……」
目を開いて見えたのは、赤い鎧を身にまとう頼もしい背中。
赤髪ショートヘアの、十五歳の女の子。
「アカネ!」
「カナリアを下げて!」
カナリアのえり首がつかまれました。「ピーッ!」というかけ声とともに、カナリアは床の上を勢いよく引っ張られていきます。
「うわわわっ!」
『カナリアくん、無事かね!?』
「ハクト! うん、大丈夫!」
『肝を冷やしたよ! まったく、無茶をして』
ハクトの怒った声に、カナリアは「ごめんなさーい」と謝りました。
(さっきの声、ハクトだったのかな?)
でも、なんだか違うような気がします。あれは誰の声だったのでしょうか。
『だが……助かった。礼を言うよ、カナリアくん』
「うん」
天使から十分距離を取ったところで、カナリアを引っ張っていた妖精は止まりました。
『カナリアくん、すぐにそこを離れるんだ!』
「え、でも……」
『天使はアカネくんに任せるんだ! カナリアくんは、機関室へ応援に行ってくれたまえ!』
「うん、わかった!」
天使を相手に、一人で大丈夫かな。
カナリアは心配になりましたが、戦い方を知らないカナリアがいては、かえって足手まといです。
「ピイッ!」
「うん……そうだね、みんながいるもんね」
不安そうなカナリアに、アカネと一緒に駆け付けた、赤いツナギの妖精たちが親指を立てます。
任せとけ!
ここは俺たちが食い止める!
そう言わんばかりの妖精たちが、とても頼もしく見えました。
「わかった。じゃ、私は機関室に行くね」
カナリアは立ち上がると、天使とにらみ合っているアカネに向かって叫びました。
「アカネ! が──」
だけど、また。
口にしようとしたその言葉は、ガチッ、と、強引に断ち切られてしまいました。