07 勇者 vs 天使 (2)
三つに分かれて進み始めた天使たちを確認し、ハクトは素早く指示を出しました。
「左舷、右舷の通路にアンドロイドが向かった! 各々約四十体! 隔壁を閉鎖する、消火班、退避してくれたまえ!」
『ピィッ!』
通信機越しに妖精たちが応えました。
「リンドウくん、天使のアンドロイドが機関室を目指している。隔壁で足止めする間に、迎撃準備を!」
『あいよっ!』
「天使は中央通路を直進中! 目的はここ医務室と思われる! 戦闘可能な者は迎撃を! アカネくんが到着するまで、時間を稼いでくれたまえ!」
天使は約二十体のアンドロイドを従え、まっすぐに医務室を目指してきます。隔壁で足止めしようとしましたが、天使が槍をふるうと一撃で破壊されてしまいます。
「さすがに別格か」
妖精たちが、魔法銃を手に中央通路へと駆け付け、天使を迎え撃ちました。
ですが、アンドロイド相手なら互角以上に戦う妖精たちも、天使の槍には対抗できないようです。
槍先がかすっただけで、妖精は光となって消えてしまいます。捨て身の戦いでなんとか天使を足止めしようとしてくれますが、犠牲がどんどん増えていきます。
「これは、まずいか?」
ハクトは思わず振り返り、医療用カプセルに取り付けられたモニターを見ました。
HP 138/600
MP 285/979
「いや……まだ無理だ」
天使はマレと同じ、シオリの副人格。正面切って戦えるのはマレだけかもしれません。
ですが、マレはまだ眠っています。瀕死の状態は脱したとはいえ、まだ回復に時間がかかるでしょう。
「ええい、弱気になるな、私! 勇者だろう!」
パネルに映る妖精たちは、決死の覚悟で天使と戦っています。サポート役のハクトが弱気になってどうするというのでしょうか。
「中央第十六、十七ブロック、なんでもいい、バリケードを築いて道をふさいでくれたまえ!」
『ピィッ!』
「……アカネくん、急いでくれたまえよ」
◇ ◇ ◇
どうすればいいの、どっちへ行けばいいの?
カナリアは消火器を持ったまま、妖精たちとともに走り始めました。
退避命令が出た。
妖精が身振り手振りでそう伝えてくれたのです。船の後方へと、妖精について走り出したカナリアですが、どこへ行って何をすればいいのかわかりません。
「あ、そうだ」
カナリアはようやく、エプロンの胸ポケットに入れておいた通信機のことを思い出しました。
お料理の時に邪魔だったので、外してポケットに入れたままでした。緊急時には必ずつけておくようにと言われていたのに、すっかり忘れていたのです。
『中央第十五ブロック、天使進入! アカネくん、いまどこだ!』
『右舷の二十ブロック! アンドロイドと出くわした!』
通信機をつけた途端、ハクトとアカネの緊迫した会話が聞こえてきました。
『アンドロイドは妖精に任せて、中央第十八ブロックまで急いでくれたまえ! 今、天使と戦えそうなのは、アカネくんだけだ!』
『わかってるけど! ああもう、邪魔っ!』
『妖精くんたち、天使の槍に気を付けて! 君たちは触れただけでアウトのようだ!』
アウト? アウトってどういうこと?
ごくり、とカナリアは息を呑みました。
ひょっとしたら、今は大ピンチなのでしょうか。
『もう少し! もう少しだけ、持ちこたえて! 必ず行くから!』
アカネの必死な声が聞こえてきました。
カナリアは通路の壁を見ました。
左、十八。
中央十八ブロックは、この隣です。カナリアなら、すぐに行ける場所です。
「医務室は確か……中央、二十ブロック……だよね」
ひょっとして天使は、医務室を目指しているのでしょうか。
その医務室にいるのは、ハクト。そして今は眠っているはずの、魔女のマレです。
「マレを……やっつける気なの?」
瀕死の状態だと言っていたマレ。たとえ起きていたとしても、天使相手に戦う力なんて残っていないはずです。
──おねがい。
涙を流しながら、マレは言っていました。
──シオリのところへ、連れて行って。
マレの願いに、「任せておけ」と答えたのです。艦橋から見ていただけですが、カナリアだってみんなと同じ気持ちです。
パティシエのカナリアは、戦い方なんて知りません。
だけど、今戦わなくて、どうして勇者と言えるでしょうか。
「……よし」
怖いけど。
足が震えて仕方ないけれど。
「行くよ、みんな!」
カナリアは黒いツナギ姿の妖精に声をかけると、中央十八ブロックに向かって走り始めました。
◇ ◇ ◇
行く手を阻む壁に穴をあけ、天使が進もうとしたときでした。
「ピィッ!」
突然声が響いたかと思うと、穴の開いた壁の向こうから射撃音が響きました。
天使は慌てて槍をふるい、飛んできた攻撃を叩き落としました。
「くっ……何者だ?」
壁の陰に隠れながら、連携して攻撃してくる小さな影。その姿を見て、天使は驚きます。
「ツナギ姿の……小人?」
そういえばと、天使は海賊・コハクの言葉を思い出します。
──妖精たちと一緒に、何を企んでやがる!
逃げたリンドウやカナリアを追うのに気を取られ、確認するのを忘れていました。
妖精。
「世界の書」の、どのお話にも登場しない架空の存在。それが目の前にいる、ツナギ姿の小人たちなのでしょうか。
「おのれっ!」
「ピィーッ!」
天使が槍を構えても、妖精たちはひるみません。
むしろ、「ここから先は行かせない」とばかりに、猛攻撃をしてきます。
「邪魔ですっ!」
ぶんっ、と天使が槍を一振りしました。
妖精たちは慌てて槍を避けましたが、何人かの妖精に槍の切っ先がかすめました。
「……ほう?」
妖精は、それだけで消えてしまいました。アンドロイドとは互角以上に戦っているようですが、天使の槍には触れることすらできないようです。
「なるほど。威勢がいいのは認めますが、私の敵ではない、ということですね!」