07 勇者 vs 天使 (1)
クサナギが大きく揺れました。
「うわ、うわわわわっ!」
これまでとは比較にならない衝撃です。妖精たちと一緒に消化活動をしていたカナリアは、転んで尻もちをついてしまいました。
「ピィッ!」
「だ、大丈夫……はぁ、びっくりしたぁ」
心配してくれた妖精に笑顔で答え、カナリアは息をつきます。
いったい何があったんだろう、そう考えながらカナリアが立ち上がった時、艦内に警報が鳴り響き、続いてシルバーの声が聞こえてきます。
『中央、第十三ブロックニ侵入者アリ! 天使様デス!』
「て……天使?」
金色の鎧をまとう天使の姿を思い浮かべ、カナリアの背中に冷たい汗が流れました。
マレと同じ、シオリの別人格。
マレですら勝てない、強大な敵。その天使が、直接乗り込んできたというのです。
しかも。
「中央、第十三ブロックって……」
カナリアは通路に書かれた文字を見て、息を呑みました。
左・十二。
それが、今カナリアのいる場所。
天使が侵入したという中央・第十三ブロックは、すぐ隣でした。
◇ ◇ ◇
「くっそぉ、やられた!」
「クサナギのど真ん中だよー! どうすんのさー!」
天使が侵入したことに動揺する勇者たち。
そんな勇者を叱り飛ばすように、艦長が鋭い声で指示を出しました。
「うろたえるな! 中央、第十三ブロックの隔壁閉鎖! 時間を稼げ!」
「了解、第十三ブロック、隔壁閉鎖シマス!」
「ヒスイ、速度を保て! 止まるな!」
「あ、あいあいさー!」
ここで止まれば、クサナギは再びアンドロイドに包囲されてしまいます。天使の侵入を許した今、そうなっては一大事です。
「総大将自らのお出ましか」
パネルに映った天使の姿を見て、さすがの艦長も緊張しました。
槍を手に、金色の鎧と兜に身を包んだ、天使。
十万のアンドロイドで包囲して押しつぶし、クサナギを撃沈させる、そういう作戦だと思わせておいて、本当の狙いは直接乗り込んでの決着だったのでしょうか。
「艦の外と内、両方からの攻撃……正念場だな」
ですが、望むところです。
なかなか姿を見せなかった天使が、自分から飛び込んできてくれたのです。最大のピンチではありますが、千載一遇のチャンスでもあるのです。
「ここで天使を倒す!」
艦長は、弱気になっている勇者を奮い立たせるように、力強く言いました。
「戦闘班、白兵戦用意! アカネ、天使にはお前が当たれ!」
「了解!」
艦長の指示に、アカネが立ち上がりました。
「アカネ……」
「大丈夫だよ、ルリ。ちゃっちゃとやっつけてくるから。火器制御、頼むね」
「はい……気をつけて」
心配そうなルリの頭をポンと叩くと、アカネは駆け出しました。
『艦長!』
アカネが出ていくと同時に、医務室のハクトから通信が入りました。
『艦内の戦闘はこちらでサポートする、コントロールの一部を回してくれたまえ!』
「できるのか?」
マレの治療は大丈夫なのか。
心配する艦長に、ハクトは「問題ない」と答えます。
『山場は越した。それに、優秀なスタッフが見てくれているのでね。いや、物覚えがよくて助かる!』
『ピィッ!』
ハクトの声に続いて、妖精の声が聞こえました。ハクトと一緒にいる、白いツナギ姿の妖精です。
「わかった。シルバー、コントロールの一部を医務室へ」
「了解シマシタ」
『天使の狙いは二つ考えられる。一つは、クサナギの撃沈。もう一つは、マレの捕獲だ』
コントロールを受け取ると、ハクトは大急ぎでキーを叩きます。
『よって、天使の目標は機関室か、ここ医務室だ。アカネくん、中央、第十八ブロックで迎え撃つよ!』
『わかった!』
通信機からアカネの声が聞こえてきました。
いいだろうと、艦長はうなずきます。天使の相手は、アカネとハクトに任せておいて問題ないようです。
「よし。こちらは艦外のアンドロイドに専念する」
艦長は正面のパネルに目を向けました。
包囲網は崩れたとはいえ、アンドロイドはまだ半数以上が残っています。油断すれば再び包囲されてしまうでしょう。
「操艦支援機能、防御モードに切り替え! 第一、第三主砲停止、防御壁にエネルギーを回せ! これ以上の侵入を許すな!」
「了解!」
◇ ◇ ◇
天使は戸惑っていました。
全力の一撃で船を貫き、破壊する。
そのつもりで攻撃したというのに、船を貫くことができなかったのです。
「この船は、いったい……」
耳障りな警報が鳴り響き、次々と壁が現れて通路をふさいでいきます。それを見て、天使はいらだたしそうに口をゆがめます。
「この私を閉じ込めようというのか。こざかしい」
いらだちのままに、天使は全力で槍をふるいました。
槍が光となって壁に突き立てられます。ドンッ、と大きな音がして壁に穴が開きました。
ですが、それだけです。
「バカな。私の力を防いだだと?」
穴が開いたのは、目の前の壁一枚だけでした。その先にある壁には届いていません。
海をも干上がらせる全力の一撃が、たった一枚の壁しか壊せなかったのです。
「何かの力が守っている? まさか……」
天使は目を閉じると、すべての感覚を使って船を探りました。
デュランダルの倍以上はある、巨大な白銀の船。
それを動かす莫大なエネルギーを生み出す、三つのエンジン。
エンジンが生み出すエネルギーが、船全体に流れています。そのエネルギーにまぎれてわかりにくいのですが、確かに感じます。
そう──これは、悪魔の力です。
「そうか、それで破壊できなかったのか」
悪魔の力が、天使の力を打ち消したのか。そう考えて、天使は歯ぎしりします。
「悪魔め、こんな切り札を隠していたとは」
ガシャガシャガシャッ、と音を立てて、天使が開けた穴からアンドロイドが着地しました。
その数、およそ百体。
天使は振り向きもせず、アンドロイドに命じます。
「この船の最後尾に、巨大なエンジンがある。お前たちはそこを破壊しなさい」
「ギョイ」
そして、私は。
天使は槍を構え直し、その方向を見ました。
この通路をまっすぐに行ったところ、そこから、悪魔の力を強く感じます。
悪魔だけではありません。
あの魔女──マレの力も、同じところから感じるのです。
「悪魔に、魔女……もう容赦しません。私の手で、とどめを刺してあげましょう!」