04 世界を滅ぼす魔女 (4)
砲撃の煙が晴れていきました。
ほうきを手にした魔女が、さきほどと変わらない様子で宙に浮いています。何十発という大砲が直撃したというのに、かすり傷一つついていないようでした。
「……無傷、かね」
「そうよ。残念だったね」
医者がうめくように言うと、魔女がおどけた感じで肩をすくめました。
そして、パチン、と指を鳴らします。
海から海水の塊がいくつも浮かび上がってきます。一つ一つが、大砲の弾と同じくらいの大きさです。
「お返しよ」
もう一度魔女が指を鳴らすと、浮かび上がった海水の塊がデュランダルめがけて飛んできました。
デュランダルも負けじと大砲を撃ち返します。海水と大砲の弾がぶつかり合い、大きな音を立てて弾け飛びました。
魔女は右へ左へと空を飛び、次々と海水の塊をぶつけてきます。海賊が巧みに船を操り、大砲のある側面を魔女に向けて撃ち続けます。
「すごいすごい。私に撃ち負けないなんて、すごい船ね!」
「このやろう、遊びやがって!」
海賊が悔しそうな顔をしました。
魔女が飛ばしてくる海水の塊を撃ち落とすのが精一杯で、魔女自身には全く攻撃できていません。剣士も巫女も、大砲で撃ち落とせなかった海水から船を守るのに必死で、とても魔女を攻撃できません。
そもそも魔女は空を飛んでいるのです。空高くへ逃げられたら、攻撃する方法がありません。
「くっ……飛行士くんを行かせたのは失敗だったか」
「飛行士?」
医者のつぶやきが聞こえたのか、魔女が首をかしげました。
「ひょっとして、若草色の小さな飛行機に乗った女の子?」
「……なぜ知っているのかね」
「だって、ここへ来る前に見たもの」
魔女がパチンを指を鳴らしました。浮いていた海水が次々と海へ落ち、魔女が見張り台の上までやってきます。
「あんな大嵐の中で飛んでるから、すごいな、て思って。でも、水の柱を叩きつけたら、墜落しちゃった」
「なっ!?」
さすがの医者も言葉を失いました。
墜落した。
大嵐で荒れた海に墜落して、無事でいられるとは思いません。剣士や巫女は「そんな」と声を上げ、海賊は「このやろお」とうめき。
パティシエは、魔女への恐怖で体が震え始めました。
「さてと。かわいい勇者さん」
魔女がふわりと舞い上がりました。
小さな杖を取り出し、杖の先をデュランダルに向けてゆっくりと回し始めます。
「私も、ひまじゃないから。これでおしまいにするね」
渦の中心にある暗闇の穴から、ゴオッ、と気味の悪い音が響きました。
渦の流れが速く、大きくなっていきます。今までとは比べ物にならない強さです。
「やべえっ!」
海賊はデュランダルのエンジンを全開にし、渦から逃れようと動き出しました。しかし、渦が大きくなるのが異常に早くて、デュランダルは激しい渦の流れにつかまってしまいました。
さらにそこへ、大きな波がデュランダルに襲い掛かかってきます。
「海の女王、命を育む慈悲深き方よ!」
巫女がデュランダルを守る壁を作ろうと祈りを捧げ始めました。
「させないよ」
いったい、いつ近づいたのでしょう。祈り始めた巫女の目の前に魔女がいました。巫女は驚いて悲鳴をあげ、祈りを中断してしまいました。
そんな巫女に、魔女が杖を向けて呪文を唱えます。
「てやぁっ!」
ダンッ、と剣士が甲板を蹴り、魔女に切りかかりました。
目にもとまらぬ速さで剣を抜き、魔女に思いきり剣を叩きつけます。魔女がとっさに杖を構え直し、ガツンッ、と剣と杖とがぶつかりました。
「うわっ、びっくりした」
「おりゃぁあっ!」
剣士はさらに踏み込み、次の一撃をたたき込みました。しかし、魔女はふわりと浮いてかわしてしまいます。
「くそっ!」
剣士は床を蹴って飛びかかりましたが、魔女はさらに高く上りました。もう剣士の剣は届きません。
「あーびっくりした。お返しよ」
魔女が杖を一振りすると、海水が大波となって押し寄せてきました。
大波がデュランダルにぶつかりました。デュランダルの甲板を乗り越えて、大量の海水が降り注いできます。
「パティシエッ、俺につかまれぇ!」
立ちすくんでいるパティシエに、海賊が大声で怒鳴りました。
しかしパティシエは、押し寄せる海水があまりに怖くて、身動きできませんでした。