05 クサナギ vs デュランダル (4)
無事包囲網を突破し、小惑星を後にしたところで、ハクトは、ふう、と息をつきました。
「第一関門、突破だね」
「……うん」
マレもホッとした顔をしています。ですが、コハクのことが気がかりなのでしょう、モニターの隅に映るデュランダルを見て、心配そうな顔をしています。
「大丈夫、コハクくんは誰よりも勇敢で強い子だ。この程度でやられたりしないさ」
「うん、そうだね」
「それよりも、君だよ、マレくん」
ハクトはマレを指差しました。
「え、私?」
「医者の私の目はごまかせないよ。君、いったいどれだけ無茶したんだい?」
マレはとても疲れた顔をしていました。帽子も服も汚れてボロボロです。当たり前です、ここまでずっと一人で戦い続けてきたのですから。
「だ、大丈夫だよ。ちょっと休憩すれば、私……」
「ほう、医者の私に意見するかね。はっはっは、私もナメられたものだね」
ハクトはにこりと笑いました。
ですが、その目はちっとも笑っていません。
「疲労困憊の状態で、決戦に挑む気かね?」
「え……その……」
「いいからそこに入りたまえ」
「え?」
ハクトが指差した先には、お湯が張られたお風呂のようなものがありました。
「これ、なに?」
「私が作った、医療用カプセルだ。患者の健康診断をすると同時に、治療もできる超スグレモノなのだよ!」
「へぇ……」
すごいね、と言いかけて、マレは眉をひそめました。
「……ねえハクト。これ、今まで何人ぐらいが使ったの?」
「喜びたまえ、君が記念すべき最初の利用者だ!」
えぇー、という顔になったマレですが、ハクトはまったく気にしていません。
「さあ、入りたまえ!」
「あの、これひょっとして……服、脱いで入るの?」
「もちろん」
「……下着も?」
「濡れてしまうからね。裸……というわけにもいかないか。この検査着に着替えてくれたまえ」
ハクトに渡された検査着を見て、マレは目を丸くしました。体を隠すところが最低限しかないのです。
「え……えぇー……」
「何を照れているのかね。私は医者、これは医療行為だからね」
「で、でもこれ、足とかほとんど出ちゃうんじゃ……」
「ええい、つべこべ言わずに、とっとと着替えて入りたまえ!」
「わぁん! 自分で、自分で着替えるから! 自分でできるからー!」
恥ずかしがるマレを捕まえて、ハクトはマレの服を脱がせました。
別にこれは、マレをからかっているわけではありません。
(ふむ……)
マレの服を脱がせながら、ハクトは素早くマレの体をチェックします。
(体中にすり傷、打ち身……大ケガはしていない、か)
マレのことです、大ケガをしているのに隠しているかもしれなかったのです。多少強引でも、服を脱がせて隅々までチェックする必要がありました。
「さあ、入った入った」
「う、うん……」
検査着に着替えたマレは、恐る恐るカプセルに入りました。少しぬるめのお湯が心地よいのか、ホッとした顔になります。
「ほれ、マスクもしてくれたまえ」
「マスク? なんで?」
「治療中に窒息してはいけないからね」
「あの……これ、本当に大丈夫? 変な実験じゃないよね?」
「失敬な。まっとうな実験に決まっているではないか」
「じ、実験、て! 今、実験、て言ったぁ!」
「はっはっは、冗談じゃないか。さ、早くマスクをつけたまえ!」
マレは恐る恐るという感じで、鼻と口をすっぽり覆うマスクをつけました。
マレがしっかりマスクをつけたのを見て、ハクトは手元のスイッチを押します。
「え?」
プシュッ、と小さな音がして、驚いたマレが数度瞬きし。
そのままクタリと眠ってしまいました。
「すまないね。君は眠らせでもしないと、おとなしくしてくれなさそうだから」
ハクトは睡眠薬で眠ってしまったマレをカプセルの中に寝かせると、いくつかの電極を付け、ふたを閉じました。
「お待たせー、飲み物もってきたよー! ……あれ、もう寝ちゃった?」
カナリアがワゴンを押して医務室にやってきたのは、その時でした。マレに飲ませたいからと、ハクトが頼んでいたのです。
「遅かったではないか、カナリアくん」
「ごめん、すっごい揺れたから、調理どころじゃなくて」
それもそうかと、ハクトはうなずきながら、手元のキーを素早く叩きました。
ピピピピッ、と電子音が響き、十秒ほどして画面にこんな数値が表示されました。
HP 13/600
MP 85/979
「これは……」
数値を見て、むう、とハクトはうめきました。
「ハクト、この数字、何?」
「カプセルに入った人の状態を、数値で表しているんだがね」
「字が赤いのはなんで?」
「ああ……瀕死、てことだよ」
「えっ!?」
「あと一撃食らっていたら、そこで終わりだったね」
全くムチャをしてと、ハクトは大きく息をつきました。
もう立っていることすら、つらかったはずです。それなのに、まだ一人で行こうとしていたなんて、怒りを通り越してあきれてしまいます。
(君は本当に、シオリくんが大切なんだね)
絶対、助けに、行くからね。
傷つくたびに、マレはその言葉を口にし、己を奮い立たせてきました。シオリが助かるのなら自分はどうなってもいい、きっとそんな風に思っているに違いありません。
「まったく。シオリくんを助けたら、君にはたっぷりお説教しなくてはいけないね」
そのためにも。
まずはマレを回復させなければなりません。
「さあて、マッド・ドクター・ハクト様の全力全開、見せてやろうじゃないか!」