04 助けに来たよ (4)
ハクトが披露した推理に、マレはうなずくしかありませんでした。
ハクトたちと同じ、シオリが書いたお話の主人公であったものが。
天使や悪魔と同格となり、シオリの四番目の人格となったもの。
それが、魔女・マレの正体です。
でも、マレ自身がそうと気づいたのは、シオリが天使に連れ去られた後でした。
「世界の書(抄)」
そんな題名が書かれた、宮殿の図書室で見つけた不思議な本。
それを手にしたとき、頭の中にたくさんの情報が流れ込んできました。
そして、その意味を理解できたとき、自分がシオリの中の別人格だと自覚したのです。
いつからそうだったのか、マレにもよくわかりません。
シオリが最初に書いたお話、『見習い魔女の修行日記』の主人公。ちょっと弱気で泣き虫な、でも魔法の天才の女の子、それがマレの「原型」でした。
(たぶん、あのとき……)
ハロウィンパーティーで、ほうきが暴走して宮殿に突っ込み、シオリと出会った夜。あのときに、マレは独立した人格になったのでしょう。
一人ぼっちで「宮殿」に閉じこもっていたシオリ。
きっと、一人でいる寂しさに耐えきれなくなり、友達を──マレを生み出したに違いありません。
「さて」
ハクトが、説明を続けます。
「私はマレくんを四番目と言った。当然、二番目と三番目もいる。それが、天使と悪魔だ」
天使と悪魔は、シオリが書いたお話からではなく、まったく別のところから生まれた存在です。
だから「世界の書」には、天使と悪魔が主人公のお話はないのです。
「かつて天使と悪魔は、世界の支配をかけて戦ったと聞いている。その戦いについては『世界の書』に記されていない。きっと、『世界の書』が書かれる前のことだろうね」
戦いが始まったきっかけはわかりませんが、何を争っていたかは推測できます。
おそらく、シオリをどちらが味方につけるか、という戦いだったのでしょう。そして天使が勝ち、悪魔は「宮殿」の奥深くに封じられたのです。
「想像上の人物でしかない我々が、現実に存在する天使にかなわないのは当然。設定を変えてしまえば、我々はその瞬間から別の人物になるし、筋書きを変えてしまえばお話は終わり、退場となるのだからね」
──僕はもう退場しちゃった身だから。
薬師ナギサはそう言っていました。そう、ナギサのお話は終わってしまい、「世界」から退場してしまったのです。
ですが、天使に負け続けてなお、マレはマレであり続け、消えもしませんでした。
それは、マレが天使と同格の──少なくとも、そう簡単には消されない、人格として独立した存在だからです。
「さて、マレくん。反論は……ないようだね」
うなだれ、黙ったままのマレ。ハクトは話を続けます。
「シオリくん、天使、悪魔。かつてこの三者の間に何があったのか、私にはわからない。だが、今何が起こっているのか、それは推測できる」
天使に連れ去られ、どこかに消えてしまったシオリ。
それきり、シオリは戻って来ませんでした。そして、「世界の書」に書かれたお話が、海賊団の仲間たちが、少しずつ消え始めたのです。
「肝心なのはここだ。なぜ『世界の書』に書かれたお話は、消えていくのだろうか?」
「天使が終わらせてるんでしょー? 違うのー?」
「終わらせる、というのと、消えていく、というのは、別物ではないかね?」
終わったからといって、消える必要はありません。残しておけば、完結したお話として楽しむことができるはずです。
「だから、私は思った。終わったから消えたのではない。消えてしまったから、終わらせるしかなかったのではないか、とね」
「原因と結果が逆、てことかい?」
「その通り」
リンドウの言葉に、ハクトはうなずきます。
「そもそも、だ。シオリくんは『世界の書』に書いたお話について、天使と悪魔が読んでいいものを決められた。その決定は絶対で、天使と悪魔は従うしかなかったようだ」
つまり、シオリの力は、それだけ強力なのです。
「シオリくんは、本来の人格、すなわち主人格。その気になれば、副人格である天使に負けはしない。天使が『世界の書』に手を出そうとしても、跳ね返されると思われる」
ハクトは、うなだれているマレに尋ねました。
「マレくん、君は『世界の書』に、自分でお話を書いたかね?」
マレは無言で首を振りました。
ハクトの言うとおりです。「世界の書」は、シオリにしか書けないのです。アイデアはたくさん出しましたが、鉛筆を手に取りノートにお話を書いたのは、シオリです。
それは天使も同じです。
補足という形でアイデアを出せますが、シオリが気に入らなければインクは流れ落ち、お話にならないのです。
「やはりね。だとしたら、お話を消しているのは──他の誰でもない、シオリくん自身、と考えられる」
ですが、その一方で。
「シオリくんはマレくんに、冒険を続けてほしいとも言っている。その言葉、お話を消すつもりはなかったと受け取れる。さて、この矛盾をどう考えればよいか。これにはずいぶん悩んだよ」
そして、ハクトは一つの結論に達しました。
「お話は、消しているのではない。消えているのだと。お話を作り、覚えておく力が、シオリくんから失われていく中で、お話が消えていったのだと」
そして。
「今、最後の力も失われつつある。そう考えるのが、妥当だ」
「……どういうことだい?」
リンドウが首をかしげます。ハクトにしては、回りくどい言い方です。
「医者らしく言えば……弱り続けたシオリくんの、脳の活動が止まりつつある、ということだ」
「それって……」
驚いて口を押さえたルリに、ハクトは静かにうなずきます。
「うむ……もったいぶらず、はっきり言おうか」
ハクトは一呼吸置き、そして、静かな口調で言いました。
「シオリくんは、死にかけているんだよ」