04 世界を滅ぼす魔女 (3)
「海が盛り上がっているぞ!」
見張り台で医者が声を上げ、デュランダルに乗る全員が身構えた時。
ドンッ、とものすごい衝撃とともに、海から空へ向かって巨大な水柱が立ち上がりました。
「うぉわっ!?」
「きゃっ!」
いきなり出現した巨大な水柱に、甲板の中央にいた剣士と巫女が悲鳴を上げ、パティシエも驚いて固まってしまいました。デュランダルが大きく揺れ、医者は見張り台から落ちないようしがみつくので精一杯です。
「びびってんじゃねえーっ!」
海賊が大声でみんなを怒鳴りつけ、舵輪を思い切り左へ回しました。水柱を避けるべく、デュランダルが大きく傾き左へと向きを変えます。
「おら医者! ちゃんと指示しやがれ! 作戦担当だろうが!」
「す、すまない! 巫女くん、守りの壁を!」
「はい!」
医者が大声で指示を出しました。巫女が祈りを捧げて光の壁を作り、降り注ぐ海水を防ぎます。その間にデュランダルはスピードを上げ、降り注ぐ大量の海水をかいくぐって水柱から遠ざかりました。
ですが、水柱は一つだけではありませんでした。
ドンッ、ドンッ、ドンッ、とさらに三本の水柱が、デュランダルに襲いかかってきます。巫女が必死で祈りを捧げ、降り注ぐ海水を防ぎ続けました。
「パティシエッ、何かにつかまってろ! 海に落ちるぞ!」
「う、うんっ!」
パティシエは、壁の手すりに必死でしがみつきました。
海賊が右へ左へと舵を切り、デュランダルは大きく揺れながら、なんとか水柱を避け切りました。
ですが、それで終わりではありませんでした。
「渦だ! 吸い込まれるぞ!」
医者が海を指差し、声をあげました。最初の水柱ができたところに、ぽっかりと黒い穴が空いてます。海水がその黒い穴に吸い込まれていき、巨大な渦となってデュランダルを飲み込もうとしていました。
「こんのぉっ!」
海賊は渦から逃れるべく、デュランダルのエンジンを全開にしました。デュランダルはうなりをあげて流れを突っ切り、なんとか渦に吸い込まれるのを逃れました。
「渦中央! 人影!」
「……おでましか」
医者の叫び声に続いて、海賊がうめくようにつぶやきました。
海の上にできた巨大な渦。
その中心に、夜の闇より深い、地獄の底へ続いているような不気味な闇の穴ができています。
その穴の中から。
空飛ぶほうきに腰掛けた魔女が、ゆっくりと浮かび上がって来るのが見えました。
◇ ◇ ◇
黒いワンピースに、大きなつばのとんがり帽子。
長い黒髪を結わえもせず風にたなびかせ、顔には何の模様もない、灰色の仮面をかぶっています。
世界を滅ぼす、最強の魔女。
その魔女が、ほうきに乗ってふわりふわりと宙を漂い、デュランダルを静かに見下ろしました。
「ふうん……まだ沈んでいないから、どんな強い勇者が乗っているのかと思ったら」
魔女が口を開きました。離れているというのによく聞こえます。魔法でしょうか。
パティシエは、その声に驚きました。
最強の魔女というから、なんとなく大人の魔女を想像していたのですが、その声はとても若く、十代の女の子のようでした。
そして不思議なことに──その声に聞き覚えがあるのです。いったい、どこで聞いたのでしょうか。
「かわいい女の子ばかりなのね」
「恐縮だね。そちらもかわいい魔女さんのようだが?」
「あら、顔も見えないのに、かわいいと言ってくれるの?」
医者の言葉に、魔女がくすくすと笑います。
「でも、かわいいからと言って、弱いとは思わないでね」
「それは我々も同じ。なにせ勇者だからね」
「口は達者ね。あなたは……白衣を着ているから、お医者さんかな?」
魔女は右から左へと顔を動かしました。
「他の子は、剣士に、巫女に……ふうん、海賊も勇者なのね」
魔女は静かに笑うと、最後にパティシエを見つめました。
「それで、エプロンをつけたあなたは、コック?」
「ぱ、パティシエだよ!」
「そう。まあ、どっちでもいいんだけどね」
魔女がほうきを縦に持ち、空中で立ち上がりました。
「あなたたちで最後。他の船は、全部沈んだよ」
「アンドロイドッ!」
海賊が叫ぶと同時にアンドロイドが見張り台を飛び降り、ビヨン、と足音を立てて着地しました。
「ホウゲキ、カイシ」
アンドロイドが踊るように手を動かすと、デュランダルの側面にある大砲の扉が一斉に開き、魔女に向かって撃ち始めました。同時にエンジンがうなりをあげ、デュランダルが動き出します。
「剣士くん、巫女くんを守ってくれたまえ! パティシエくんは海賊くんをサポート!」
「たのむぜ、パティシエ!」
「うん!」
パティシエは立ち上がると、武器代わりに持ってきたフライパンを握り締め、構えました。
何十発という大砲が、次々と魔女に向かって撃たれます。至近距離からの砲撃で、さすがの魔女も避ける暇がありませんでした。
「ゼンダン、メイチュウ」
アンドロイドの報告に、パティシエたちは「よし」とガッツポーズになりました。
「不意打ちっぽくて、卑怯な感じだけどな」
「いやいや剣士くん、戦いは勝ってこそだよ」
「油断するんじゃねえよ! 相手は世界を滅ぼす魔女だぞ! これで勝てるなら、勇者の船団壊滅してねえよ!」
軽口をたたく剣士と医者に、海賊が怒鳴り散らしました。
すると。
「うん、海賊の言う通り」
魔女の静かな声が降ってきました。
「私には、一発も届いてないからね」