04 助けに来たよ (3)
ハクトの言葉に、マレは息を呑みました。
そんなマレに「にひひひ」と意地悪な笑みを浮かべ、ハクトはアカネたちを指差します。
「アカネくんは、竜騎士・アンジェのお供。
ルリくんは、大泥棒・シルフィの姉。
ヒスイくんは、エンジニア・リンドウの幼なじみ。
君は、われわれ四人の名前を、少なくともこの物語が始まる前は知らなかった、そうだろう?」
ハクトの言う通りです。
マレはこの四人、アカネ、ルリ、ヒスイ、ハクトの名前を知りませんでした。
なぜなら。
「なにせ私たち四人は、お話のサブキャラクター。めんどくさがりの作者様が、名前を決めるのを後回しにしていた、そんな存在だからね」
「どう……して……」
知っているの?
驚きのあまり言葉を失ったマレに、ハクトは背中に隠していたものを見せました。
見せられたのは、分厚い本です。
タイトルは、「世界の書(写)」。
そのタイトルを見て、マレは「うそ……」とつぶやきます。
「それ……どこ……で?」
「悪魔が貸してくれたのだよ」
「あ……悪魔!?」
「君が悪魔に会う少し前に、私も悪魔に呼ばれていてね。世界の謎を解けと命じられ、この本を貸してもらったのだよ」
「……読んだ、の?」
「もちろん、隅々までね。実に興味深い内容だった。特に興味深かったのは『泣き虫魔女と宮殿の少女』という題のお話だよ」
今度こそ、マレは絶句しました。
『泣き虫魔女と宮殿の少女』
誰あろう、マレとシオリ、二人のお話です。そして、天使にも悪魔にも読めない──いいえ、シオリが「読ませない」と決めたお話です。
そのお話を、ハクトは読んだと言います。
読んだということは、ハクトは、シオリやマレの正体を、そしてこの世界の秘密を知ったということです。
「臆病で泣き虫な魔女・マレが、修行の旅で訪れた街で出会った女の子、シオリ。彼女が書いたお話の世界で繰り広げられた冒険。実に楽しいお話で、ワクワクしながら読ませてもらったよ」
「ハ……クト……わた、しは……」
「おっと、口をはさむのはもう少し後にしてくれたまえ」
口を開きかけたマレに、ハクトはびしっと指をさしました。
「今は名探偵・ハクト様の謎解きタイムだからね!」
『ハクト、オ早メニ、オ願イシマス』
突然、天井のマイクから声が聞こえてきました。機械で発したその声、ひょっとして目次にあった、アンドロイド・シルバーでしょうか。
『デュランダルガ、ゴーレムヲ撃破シ、コチラニ向カッテキマス。天使様ノアンドロイドモ、増援ガ到着シツツアリマス』
「なんと、これからが見せ場だというのに。せわしないことだねぇ」
ハクトは残念そうにつぶやくと、「では急ぐとしよう」とマレに微笑みます。
「さて、推理を披露する前に、マレくんに確認したいことが……三つある。正直に答えてもらえると助かるのだがね」
「……なに?」
「まず一つ目。『世界の書』に、天使と悪魔が主人公のお話はない。この二人は、『世界の書』が書かれる前から存在していた。正しいかね?」
嘘をついても、見やぶられる。
マレはそう感じ、素直にうなずきました。
ハクトの言う通り、シオリが書いたお話の中に、天使と悪魔が主人公のお話はありません。シオリがお話を書かなくても、天使と悪魔はいたのです。
「では二つ目。この『世界の書(写)』に似たもの、つまり『世界の書』の内容がわかるものを、マレくんと天使も持っている。どうかね?」
マレはまたうなずきました。
ハクトの言う通り、マレは『世界の書(抄)』という本を、天使は『世界の書(補)』という本を、持っています。
「けっこう。では三つ目、これで最後だ」
ハクトの目が、ひたりとマレを見据えました。
「マレくん、君が一人で戦い、我々に力を貸してと頼まないのは……シオリくんを助けるためには、我々が消えねばならないから、だね?」
ハクトの言葉に、マレはビクッと震えました。
「あ……う……」
マレの喉が凍り付きました。
ハクトは、実に正確に謎を解いています。どうすればシオリが助かるのか、そのためには何が犠牲にならなければならないのか、すべて推理済みのようです。
恐る恐る他の四人を見上げましたが、四人が驚いている様子はありません。きっともう、ハクトから聞いていたのでしょう。
どうしよう、どう答えよう、と震えるマレを見て、ハクトは大きくうなずきました。
「うむ、ありがとう。いや、無理に答えなくていい、君の様子を見ていれば答えは明白だ」
よっこらしょ、と。
わざとらしい声を上げて、ハクトが立ち上がりました。
「以上、質問は終わりだ。うむ、私の推理は間違っていなさそうだ。さて諸君、私が得た結論を、ここで発表しようじゃないか!」
「もー時間ないんだからさー、もったいぶらないでよー」
難しい話が苦手なヒスイが、あきれた顔でぼやきます。アカネやルリも同じような顔です。
「いやいや、見せ場なんだから、ちょっとは派手にやらせてくれたまえ」
「いーから早くしな。コハクが来るよ」
「ううむ、副団長様のご指示とあれば仕方ない。では推理を披露しよう」
ハクトは一つ、せき払いをしました。
「まず、『世界の書』とは何なのか。悪魔は、この世界のすべてが書かれていると言っていた。ならばこう言えるだろう、『世界の書』とは、この世界そのものなのだと」
さらに、悪魔はこうも言っていました。
世界を作れるやつなんて、神様以外にいるかよ、と。
「では、『世界の書』を書いたのは誰だろうか? いや、もったいぶる必要はないな。そう、シオリくんだ。『世界の書』を書き、この世界そのものを作り出した創造主、悪魔が言うところの神様。それがシオリくんなのだよ」
「世界の書」に書かれた、たくさんのお話。そのすべてがシオリの手によるものです。そしてシオリが書いたお話が、この世界を形作っているのです。
そう、ハクトが言う通りです。
シオリは、この世界の創造主なのです。
「だが、『泣き虫魔女と宮殿の少女』のお話の中で、シオリくんははっきりと言っている。自分は神様じゃない、お話を考えるのが大好きな、ただの空想好きの女の子なのだとね」
そうだろう?
ハクトに問われ、マレはうなずきました。
そうです、シオリは神様なんかじゃありません。想像力が豊かなだけの、ただの女の子です。
「だとすると、だ。この世界は、神様ではない、空想好きの女の子が作り出した世界であり、我々はその登場人物ということになる。そのことから導き出される、この世界の正体とは」
一呼吸置き、ハクトは告げます。
「シオリくんの空想の世界、あるいは……シオリくんが見ている、夢だ」
反論はあるかい?
そんな目で、ハクトがマレを見ました。マレはハクトの視線を受け止め……でも、何も言えませんでした。
「さて、そうなると」
マレが何も言わないのを見て、ハクトが言葉を続けます。
「そのシオリくんとともに、『世界の書』のお話作りに関わったマレくんは、何者だろうか?」
みんなの視線が、マレに集まりました。
「マレくんは我々と同じ、シオリくんが書いたお話の登場人物。しかし我々と違って、マレくんはシオリくんと同じ立場で、お話の世界を見て、考えることすらできるのだ。これは、とんでもないことではないかな?」
ドクン、とマレの心臓が跳ねました。
間違いありません、ハクトは、マレの正体に気づいています。「世界の書」には何のヒントも書かれていないはずなのに、どうやって気づいたのでしょうか。
「クサナギで宇宙に飛び出し、そこで見た光景がきっかけで君の正体に気づいたが……さすがの私も、突拍子なさすぎる気がしたよ。だが、これが正解だと思う」
ハクトは言葉を切り、再びマレを見つめると。
「マレくん」
静かに、しかしきっぱりと、マレに向かって告げました。
「君は、シオリという女の子の中に生まれた、四番目の人格だね?」