03 魔女 vs 海賊 (1)
ぐにゃり、という不思議な感覚に包まれながら、マレは全速力で飛び続けました。
この感じ、どこかで──と考え、思い出します。
南の街で、宮殿に初めて飛び込んだとき。
宮殿の窓から、コハクの世界へ移動したとき。
シオリを助けるために、月の宮殿へと戻ったとき。
それらの時と、同じ感覚です。
(これ……シオリの居場所とお話の世界の、境界を超える感覚なんだ)
気を抜けば押し返される、そんな感覚に逆らって、マレは不思議な空間を飛びました。
(見えた!)
やがて、空間の先に光が見えてきました。
出口です。
マレは光を目指してさらにスピードを上げ、そのまま光の中に飛び込みました。
「くっ……」
ねばり気のある壁のようなものが、マレを行かせまいとします。少しでも気を抜くと、押し返されてしまいそうです。
「このっ!」
マレは歯を食いしばって、押し返そうとする壁の中を進みました。全力の上に、さらに力を振りしぼります。
負けない。
絶対に、シオリのところへ行くんだ。
その気持ちが、マレの魔力をさらに強くします。
「ピ……ピピィ……」
ほうきの後ろにいた妖精が、マレの体にしがみつきながら前に出てきました。
肩に、大砲を担いでいます。マレが作った「魔法の弾丸」を込め、正面に向かって撃ちました。
ドンッ、という衝撃と共に、ねばり気のある壁が吹き飛びます。
マレはすかさずそこへ飛び込み、ついに壁を突破しました。
「ここは……」
壁を突破し、マレが飛び出したのは、なんと宇宙でした。
「月の扉」と同じように、「星の扉」をくぐれば「星の宮殿」に着くと思っていたのですが、違ったようです。
(魔力が足りなかった? それとも……)
「月の扉」はシオリが──神様であるシオリが作り、何度も通っています。だから宮殿につながっていたのでしょう。
でも「星の扉」は、マレが無理矢理こじ開けたものです。それが原因で、「星の宮殿」とは違うところへつながったのかもしれません。
(ここ……本当の宇宙じゃない)
呼吸ができます。本当の宇宙ならできないはずです。きっとここも、シオリが作り出した宇宙なのでしょう。
いえ、この世界に、シオリが作っていないものなんてありません。なにもかもが、シオリが想像した通りにしかできないのです。
はるか先に、赤い星が見えました。
振り返ると金色の星と青白い星があり、そのずっと向こうに虹色に光る小さな星もありました。
「きっと……あの赤い星、だ」
たくさん持っていたリボンの中で、赤いリボンは特にシオリが気に入っていたもの。
星の色は、その色と同じです。シオリは、きっとあの星にいるはずです。
「行くよ、妖精さん!」
「ピィッ!」
マレは、赤い星に向かって全速力で飛び始めました。
ぐんぐん、ぐんぐん、スピードを上げていき、飛行機よりも、ロケットよりも、もっともっと速いスピードで飛びました。
「ピピッ!」
ほうきの前に座る妖精が、忙しくパソコンを叩きます。
何もないように見えて、宇宙にはたくさんのものが飛んでいます。妖精はそれをレーダーでとらえ、大きなものはよけるよう、マレに指示をしているのです。
その指示に従い、マレは、右へ、左へとほうきを操ります。
「ピーッ!」
でも、全部をよけることはできません。よけきれない時には、もう一人の妖精が大砲で撃ち落としてくれます。ですが五人の妖精でやろうとしていたことを二人でやっているのですから、どうしても無理があります。
「このっ……」
ゴンッ、ゴンッ、と、マレを守る魔法の壁に、宇宙を漂う岩石があたりました。ものすごいスピードで飛んでいるので、小さなかけらでも大砲の弾が当たるような威力です。
岩石が当たるたびに、魔法の壁にひびが入りました。直しても直して、また岩石がぶつかってひびが入りました。魔法の壁を直すたびに、マレの魔力はどんどん減っていきました。
(まだ、あんなに遠いのに……)
行けるのだろうかと、不安な気持ちになります。でも、マレは頭を振って不安を追い払うと、ギュッとほうきを握って赤い星を見つめました。
行く。
絶対に、あそこへ行く。
シオリがいる「星の宮殿」へ、絶対に行く。
「私は……シオリを助けるって、誓ったんだから!」
「ピィーッ!」
パソコンを操作していた妖精が、大声を上げました。
「なに?」
「ピッ!」
見せられたパソコンの画面を見て、マレは息を呑みます。
前方に、小惑星帯が広がっていました。岩石のかけらなんて比較にならない大きさの石──小惑星がたくさんある場所です。
ぶつかれば、魔法の壁が壊れるだけでは済まないでしょう。マレもただでは済みません。
でも、止まるわけにはいきません。
ここを超えないと、シオリのところには行けないのです。
「サポート……お願いね!」
マレは杖を取り出し、構えました。
「行くよ!」
「ピピッ!」
マレは小惑星帯に突入しました。
右へ左へ、上へ下へ、マレは巧みなほうきさばきで、小惑星の間をぬうように飛んでいきます。
「魔法の矢!」
よけきれないものは魔法で破壊、あるいは、軌道を変えて、なんとかくぐり抜けていきます。
「この……このおっ!」
マレと妖精は必死でかわし、撃ち落とし、魔法の壁で弾き飛ばしましたが、進めば進むほど多くなっていきます。ものすごいスピードで飛んでいるのに、進んでも進んでも小惑星帯を抜けられません。
まるでシオリが、マレが来ることを拒んでいるような、そんな気がしてきます。
(そんなこと……ないっ!)
マレは慌てて、嫌な考えを振り払いました。
(きっと、天使が邪魔してるから、だ)
シオリは呼んでるはずだ。
助けて、て思っているはずだ。
そう思うマレですが、不安が消えません。
──全ての世界が、たった一人の魔女によって滅ぼされようとしていました。
新しく始まった『勇者と魔女と星渡る船』のお話。
あらすじに書かれていた最初の一行が、マレの脳裏に浮かびます。
そう、マレは世界を滅ぼすのです。
シオリを助けるため、大切な仲間とともに、シオリが作り出した世界を滅ぼすのです。
そうしないと、シオリが消えてしまうのです。
それに、シオリは気づいている。
だからこうして、マレが来るのを邪魔しているのではないか──そんなふうに、思ってしまいました。
(シオリ……ねえ、シオリ……)
来るな、と。
来ないで、と。
まるでシオリがそう言っているような、小惑星帯。
それを必死でくぐり抜けながら、マレはうっすらと涙を浮かべました。
(ひょっとして……シオリは、このまま消えちゃいたい、の?)
「ピィーッ!!!」
妖精が、これまでにない大声を出しました。
何事かとマレが妖精を見ると、緊張した顔で前方を指差しています。
「うそ……」
信じられない、信じたくない、そんな光景にマレはうめきました。
小惑星帯を出たところ、はるか遠くに光る、赤い星を背後に。
金色のアンドロイドを従えた海賊船デュランダルが、マレを待ち構えているのが見えました。