02 星の扉 (4)
「距離千五百、正面に強力な防御結界が発生しました!」
「海面ニ、多数ノ魔力反応! 攻撃、キマス!」
「こなくそー!」
海水が大きな水柱となって、クサナギに襲いかかってきました。間一髪でかわしたクサナギですが、行く手を強力な結界がはばんでいます。
「艦前面に、防御壁集中展開!」
艦長の指示に、ハクトとルリが素早く機器を操作しました。
クサナギの艦首を青い光が包みます。その直後、クサナギはマレが作った防御結界に衝突しました。
「うわわわっ!」
ドォン、という衝撃ののち、クサナギが大きく揺れました。結界は破れることなく、クサナギの行く手をはばみ続けます。
「クサナギの質量を押し返すのかね!? いやはや、さすがは世界一の天才魔女!」
「ヒスイ、エンジン最大出力、押し負けるな! アカネ、主砲全門、前方の結界に集中砲火!」
「おっしゃー!」
「主砲一番から四番、発射用意! 目標至近!」
「海面ヨリ、攻撃、キマス!」
「私が防ぎます!」
ルリが、机にはめ込まれた水晶球に手をかざしました。
この水晶球を通じて、ルリの祈りの力を増幅して艦全体に伝わるよう、リンドウが改造してくれたのです。おかげでルリは、クサナギ全体を長い時間守れるようになりました。
「光よ壁となれ、我らに守りを!」
「主砲、撃てぇっ!」
弾丸となって飛んできた海水を、ルリの守りの壁が阻みました。
行く手をさえぎる結界の壁は、主砲の集中砲火で粉砕しました。
「クサナギ、全速力ー!」
ゴォォォッ、とエンジン音を轟かせて、クサナギが結界を突破します。
「ハクトさん、レーダーを魔力探知モードにしてください!」
「ほいさぁ!」
ハクトがキーを叩くと、ルリの机にあるレーダーの画像が変わりました。
「距離七万、島北東部の上空に、強力な魔力反応です! 正面パネル出します!」
正面パネルの映像が切り替わりました。
パネル中央に赤い光があり、地上からいくつもの光を吸い上げています。そして、赤い光が吸い上げて増幅させた魔力が、島上空で巨大な白い光となっています。
「あの光が、魔力です! 密度が濃くて、可視光線を歪めているみたいです!」
「同位置ニ、光学カメラ、最大望遠。映像補正シマス」
魔力の映像に、カメラの映像が重ねられ、ようやく姿が見えました。
マレがほうきにまたがり、空に向かって杖をかかげていました。
そして杖が向けられた先の空間が歪んでいるのか、星の光が渦を巻いているようです。
「魔法ノ儀式、アト五分デ完了ト思ワレマス!」
「本艦の予想到着時間は?」
「七分後デス!」
「三分はかせいだか」
でも、まだ間に合いません。
艦長は素早く決断します。
「アカネ、最大射程で主砲発射! あと二分、なんとしてもかせげ!」
「了解!」
「マレくんが主砲の砲撃に驚いて、儀式を中断してくれたらもうけもの、なんだがね」
天才と言われているくせに、臆病で泣き虫だったマレ。
それを知っているからこその、ハクトのつぶやきでしたが。
「さて、それはどうかな?」
ハクトのつぶやきに、艦長は小さく笑います。
「それでくじけるようなら、ここまで戦い抜いてはいない。私はそう思うよ」
◇ ◇ ◇
防御結界が突破されました。
迎撃結界も足止めすることはできませんでした。
「何なの? 何が来るの?」
南の空からやってくるもの、それはマレが知っているどんなものよりも強い力でした。
「ピィーッ!」
帽子の上にいた妖精が、警戒の声をあげました。
「なに!?」
南の空を振り返って、マレは目を見張りました。
光です。白い十二本の光が、マレを目指して空を貫いて飛んで来るのです。
(あれは!?)
おぼろげな記憶がよみがえります。
「世界を滅ぼす魔女」として、デュランダルと戦っている最中。魔法の大渦を粉砕し、マレ自身も危うく焼かれてしまうところだった白い光。
そう、飛んでくるのは、あの光です。
「きゃぁぁぁぁーっ!」
白い光は、マレの上下左右、ギリギリのところをかすめていきました。マレは悲鳴をあげ、その爆風で吹き飛ばされないよう、ほうきにしがみついてこらえます。
白い光が過ぎ去ると、今度は、ゴォォォッ、という轟音が聞こえてきました。
恐る恐るマレが顔を上げると、南の空から、白銀に光る巨大な何かが飛んできます。
「な、なに、あれ……?」
「ピィッ!」
妖精が声をあげ、持っていたパソコンの画面をマレに見せました。
画面を見て、マレは目を丸くします。
※ ※ ※
宇宙戦艦クサナギ
・星間航行可能な、宇宙戦艦
・大気圏内、水中、水上航行も可能。
・動力
光子エンジン:1基
魔導エンジン:2基
ディーゼルエンジン:1基
・武装
主砲:4基12門
副砲:2基 4門
機銃:3連装71基(213門)
単装28基
魚雷:12門
艦載機:200機
魚雷以外はエネルギー砲が基本。
物理弾への切り替えも可。
※ ※ ※
「な……なんなの、これ……」
めちゃくちゃだ、と思いました。
こんな性能の宇宙船、それも戦艦なんて、作れるはずがありません。こんな突拍子もない性能、誰が考えたのでしょうか。
「あれが……そうなの?」
間近に迫る、白銀の船。
あれが、「宇宙戦艦クサナギ」なのでしょうか。
「ピィッ」
妖精が、じっとマレを見上げています。
どうするのかと、問いかけているようです。
ひょっとして妖精は、あの船にマレを乗せたいのでしょうか。
だとしたらあの船は、味方──リンドウたち、勇者が乗る船でしょうか。
でも、それならどうして撃ってきたのでしょうか。危うくマレは、消し飛んでしまうところだったのです。
ジジッ、と音が聞こえ、マレは我に返りました。
魔法の儀式が中断し、せっかく集めた魔力が消えてしまいそうです。
マレは慌てて体を起こし、杖を空に向けて儀式を再開します。
「……時間が、ないの」
空を見上げたまま、マレは妖精に告げました。
「あの船が、敵でも、味方でも……もうぐずぐずしている時間はないの!」
「星の扉」を開くには、莫大な魔力が必要です。「誓いの書」で力が強くなったマレが、リンドウが改造してくれた杖を使っても、何時間もかかる儀式なのです。
一度やめたら、儀式は始めからやり直しです。
ですがもう、そんな時間は残されていないのです。
「これが、最初で最後の、チャンスなの!」
マレの言葉に、妖精が静かにうなずきました。
「ピィッ!」と声をあげて、帽子に乗っていた二人と、ほうきの後ろに乗っていた二人のうち一人が、マレの前に立って敬礼します。
私たちが、時間をかせぐ。
きりりとした顔で、マレを見上げる三人の妖精。背中に空を飛ぶための翼を背負い、肩に大砲を担いでいます。
さすがのマレも、ためらいました。
マレの結界を粉砕する宇宙戦艦相手に、たった三人でかなうわけがありません。
「……お願い」
でも、マレには他に方法がありませんでした。ギリッ、と音が出そうなほど歯を食いしばって、声をしぼり出しました。
「『星の扉』が開くまで……時間をかせいで!」
「ピィーッ!」
マレの頼みに、三人の妖精は力強く胸を叩くと。
「ピピピピーッ!」
勇ましい声をあげて、宇宙戦艦クサナギに向かって飛んでいきました。