02 星の扉 (2)
カナリアが大急ぎで艦橋へ行くと、他のみんなはもう来ていました。
リンドウ、ハクト、アカネ、ルリ、ヒスイ、シルバー、そして艦長。
みんなは円になって、作戦会議用の机を囲んでいました。
その机の上には、一冊の分厚い本が置いてあります。ハクトが悪魔から借りた「世界の書(写)」です。
「ごめんなさい、遅くなって」
「いやいや、十分早かったよ」
「コチラヘ、ドウゾ」
シルバーが一歩下がり、カナリアのために場所を空けてくれました。
カナリアは「ありがとう」と言って、シルバーの前に立ちます。リンドウに体を直してもらったシルバーは、勇者の中で一番背が高いので、前にカナリアが立っても平気なのです。
「さて、全員集まったね。あまりのんびりしていられないので、手短に行くとしよう」
「大きな魔力をとらえたって? どこだい?」
「予想はついているんだろう?」
ハクトはリンドウに答えながら、手元のキーを素早く叩きました。
すると、机の上のモニターに、どこかの島が映し出されました。
「ここから北へ五百キロ、北極点からは二千五百キロほど南にある、この島の上空だね」
「あ、この島ってさー」
「うむ。マレが、魔女の修行をしていた島だ」
ヒスイの言葉に、ハクトがうなずきました。
マレとシオリが住んでいた、南の街にある宮殿。そこにマレはいませんでした。ならば修行をしていた島にいるのではと、勇者たちは大急ぎで移動しようとしていたところです。
「やはりここでしたね」
「とらえた魔力は、マレのもの?」
「おそらくね。おっとその前に、一つ重要な報告を」
アカネの問いに答えたのち、ハクトは、こほん、とせき払いをしました。
「悪魔から借りた、この『世界の書(写)』だがね。開かなくなってしまったよ」
えっ、とみんなが驚きました。
「いったい何が起こったんでしょうか?」
「さて、わからないが……いい知らせではなさそうだね」
ルリの問いに、ハクトは首を横に振ります。
みんなが机の上に置かれた「世界の書(写)」を見ました。
「この本は、悪魔自身も借りたものだと言っていた。本当の持ち主は、おそらく神様だ」
「では……」
ルリが何かを言いかけて、やめました。
言葉にするのが怖い、そんな顔でみんなを見ています。
「シオリに、何かあったのかな?」
その沈黙を、カナリアが破りました。
「……ふむ。なぜそう思ったのかね?」
「え……と……」
お昼寝をしていた時に感じた、闇の底へ引きずり込まれていく感じ。そして、胸が張り裂けそうな悲しみ。起きた後に見た、鏡に映った髪の長い女の子。
あれが何だったのか、カナリアにはわかりません。でも「世界の書」が開かなくなったことと、無関係とは思えません。
でもみんなに、どう説明すればよいのでしょうか?
「その……『世界の書』を書いたのは、シオリなんだよね?」
「うむ、そうだと思う」
「だったら……」
そのシオリに何かが起こって、原本である「世界の書」に異変が起きた。だから、写しである「世界の書(写)」も開かなくなった。
「なのかな、て……」
「うむ……そうだね、私もそう思うよ」
ハクトは硬い声でうなずきました。
「シオリに何かが起こり、『世界の書』が閉じられた。それに気づいたマレが動き出し、魔法を使ったのだろう」
マレは、シオリの唯一無二の親友です。
それだけではありません。「世界の書」に書かれていた『泣き虫魔女と宮殿の少女』のお話によれば、「世界の書」に書かれているいお話のいくつかは、シオリとマレが一緒に考えているのです。
そんなマレが、「世界の書」の異変に気付かないわけがありません。
「ハクト。マレが何をしようとしているか、わかるか?」
ずっと黙っていた艦長が、ハクトに問いかけました。
ハクトは「ふむ」と腕を組み、しばらく考えます。
「おそらく……扉を開けようとしているのだろうね」
かつてシオリが住んでいた宮殿は「月の宮殿」。そこへ通じるのが「月の扉」でした。
そして。
今、シオリがいるのは「星の宮殿」。「世界の書(写)」に書かれていたことから、そこまではわかっています。
だとしたら、「星の宮殿」へ通じる扉──「星の扉」があるのではないでしょうか。
マレは、それを開けようとしているのではないでしょうか。
「あの子、また一人で行く気だね」
まったくもうと、リンドウがイライラした様子で頭をかきました。
「リンドウくん、マレは妖精と一緒なのだろう? 妖精と連絡は取れないのかね?」
「何度かやってみたけど、返事はなかったね」
マレを探しに行かせた五人の妖精には、通信機を持たせています。しかし、リンドウの呼びかけには応答がありませんでした。
「身を隠すために、電波その他もろもろ遮断してるとしたら、こっちの呼びかけは届かないだろうね」
「マレ、そんなことできるの?」
「できちゃいそうな気がしますね」
「やっぱり、天使を警戒してるのかなー?」
「だろうね。ううむ、マレが天才魔女だということを、こんな形で痛感するとは……」
腕組みをしたハクトが、大きなため息をつきます。気が弱くて泣き虫なマレですが、魔法の才能は本当にすごいのです。
「マレが、妖精の導きに気づいてくれればいいけど。でも、妖精はヒントは出せるけど、答えは教えられないからね」
「ほう、なぜかね?」
「さてね。何か制約があるみたいだね」
妖精が出すヒントに気づくか否か、それは受け取る者次第です。
マレは、天使の襲撃をとても警戒しているはずです。妖精の導きに気づいたとしても、素直に従うかどうかはわかりません。
「マレくん、追い詰められて、視野がせまくなっていなければよいが……」
「ハクト」
考え込むハクトに、シルバーが声をかけました。
「魔力ハ、増大シ続ケテイマス。早急ニ、行動スベキカト」
「おっと、そうだった」
ハクトは組んでいた腕をほどき、艦長に視線を向けました。
「今すぐ出発すべきだね。マレが『星の扉』を開けて行ってしまっては、追跡すら難しくなってしまう」
「わかった」
艦長はハクトにうなずくと、全員に告げました。
「これより、魔女マレを捕らえるため、行動を開始する!」
了解、と全員が元気よく答え、それぞれの席へ急ぎます。
「シルバーくん、『月の扉』を開けたときの悪魔の力、記録しているかね?」
「ハイ、記録シテオリマス」
「さすがだね。ではそのデータをもとに、『星の扉』を開けるために必要な魔力量と、それに達するまでの時間を推測できるかね?」
「可能デス」
「では急いで計算してくれたまえ」
「了解シマシタ」
「ヒスイくん、時間との勝負になる。大急ぎで行こう!」
「おっけー! 全速力で行くよー!」
ヒスイが元気よく返事をし、操縦桿を握りました。
ゴオッ、と大きな音がして、クサナギの船体が揺れます。発進準備が整いました。
「クサナギ、発進!」
艦長の力強い号令とともに。
宇宙戦艦クサナギは、北の島を目指して、全速力で動き始めました。