04 世界を滅ぼす魔女 (2)
アンドロイドが何度も通信で呼びかけましたが、応える船はありませんでした。
「カミナリ、デ、ツウシン、ガ、ボウガイ、サレテ、イマス」
巨大な光が落ちたあたりに、いくつもの稲妻が走っているのが見えます。雷で通信ができないだけか、それとも他の船はみんな沈んでしまったのか。どちらなのかわからず、さすがの医者も腕を組んで考え込んでしまいました。
「僕、様子見てこようかー?」
考え込んでいる医者を見て、飛行士が言いました。
「ううむ、お願いしたいところだが……」
医者は空を見上げてうなりました。さっきまで雲ひとつない青空だったのに、黒い雲がものすごい勢いで広がり、風も強くなってきています。
「嵐が来るかもしれない。危険ではないかね?」
「でも、状況がわからないのも、危険だよー」
「確かにそうだが……アンドロイドくん、魔女がいる島までの距離は?」
「ヤク、ゴジュッカイリ、デス」
「……五十海里って、どれぐらい?」
「えーとねー、百キロメートルぐらいだねー。アゾット号ならひとっ飛びだよー」
剣士の質問に答えた後、飛行士は医者を見て「どうするー?」と首をかしげました。のんびりとした口調は変わりませんが、緊張した顔をしています。飛行士も危険なことはわかっているのでしょう。
「……お願いしたい。いったい何が起こったのか、見てきてくれないか」
「承った!」
飛行士は親指を立ててウィンクすると、アゾット号に乗り込みました。
「風の王、その気高き魂に乞い願う。この者の翼を守りたまえ!」
巫女がアゾット号の前で祈りを捧げ、風の精霊に加護を祈りました。これで少しぐらい強い風が吹いても、アゾット号は平気で空を飛べるでしょう。
巫女が祈っている間に、パティシエは保存食と水をリュックに入れて飛行機に積み込みました。医者の指示です。万が一を考え準備は万全にする、それが戦いで生き残るために必要なことなのです。
「無理はしないでくれたまえ! 危険ならすぐ引き返すよう!」
「あいあいさー!」
飛行士は親指を立て、アゾット号のエンジンを始動させました。
ブルン、とエンジンが動き、飛行機のプロペラが回り出します。スルスルと動き出したアゾット号は、あっという間にスピードを上げ、軽やかに空へ舞い上がりました。
「さて、我々も準備だ」
アゾット号の若草色の機体が見えなくなると、船に残った五人も戦いに備えて準備を始めました。
医者の指示で、非常用の食料や水が入った鞄が配られました。
鞄を身に着けると、巫女が全員に守りの魔法をかけ、それぞれの配置につきます。
剣士と巫女が甲板中央に、医者は状況がわかるまではアンドロイドと一緒に見張り台に立ちます。パティシエは、医者の代わりに海賊の補佐となりました。
「びびって泣くんじゃねえぞ」
「な、泣かないもん! 私だって勇者だからね!」
「その意気だ。気持ちで負けんなよ」
海賊に励まされて、パティシエも勇気が湧いてきます。みんなと一緒ならきっと戦える、魔女め来るなら来い、と拳を握りしめて気持ちを奮い立たせました。
天気はどんどん悪くなっていき、波も高くなってきました。
やがて雨も降り出し、本格的な嵐となります。
「この天気、おかしいぞ」
空をにらんでいた海賊が言いました。
天気が変わる時には、それがどんなに急であっても、前触れのようなものがあります。生まれてからずっと海で生きてきた海賊は、それを肌で感じることができました。
ですがその前触れが、今回はまったくありません。
「魔女の仕業かな?」
「だろうな。さすがは世界を滅ぼす魔女さまだ。天気まで操るのかよ」
「飛行士さん、大丈夫かな?」
飛行士がアゾット号で飛び立って三十分以上が過ぎています。様子を見て帰るだけなら、もう帰ってきてもいい頃です。
しかし、アゾット号の若草色の機体は見えません。
「あいつ、魔女と戦ってる、てことはねえだろうな?」
「一人で? 大丈夫なの? 助けに行ったほうがいいのかな?」
「さあて……どうかな。この嵐の中じゃ、デュランダルが行っても邪魔になるかもしれねえぞ」
海賊は勇敢ですが、無謀ではありません。いくらデュランダルが強い船でも、こんな大嵐の中でまともに戦えるとは思っていませんでした。
「こいつは……かなりヤバイんじゃねえか?」
海賊がポツリとそう言った時。
デュランダルの行く手の海面が、ゆっくりと盛り上がり始めました。