02 星の扉 (1)
暗い暗い、闇の底へ。
沈んだら二度と戻れない、そんな闇の底へ引きずり込まれていく──その感覚に、カナリアは怖くなって飛び起きました。
「びっくり……した……」
心臓がドキドキしています。まるで全速力で走ったばかりのように、息が上がっていました。
「……あれ?」
ポロリと涙がこぼれました。
なぜでしょうか、怖くてたまらないのと同じくらい、胸が張り裂けそうな悲しみを感じるのです。
「なん……だろ……?」
どうしてこんなに悲しいのか、よくわかりませんでした。
(助け……て?)
勇気を振り絞り、何度も叫んだ気がします。
でも返事すらなくて、それでも必死に叫んで、とうとう誰も来てくれなくて。
悲しくて、つらくて、泣き続けて……やがてすべてが絶望に変わった、そんな気がするのです。
ぶるりと、カナリアの体が震えました。
みんなとはぐれ、一人でさまよっていた時のことを思い出してしまいました。
きっとまたみんなに会える、そう信じて歩き続けて。
でも、どこまで歩いても会えなくて。
とうとう「あきらめないぞ」とつぶやく気力すらなくなってしまった、あのときの気持ち。
(リンドウが来てくれなかったら……私……)
ぐすん、と鼻を鳴らし、こぼれた涙をぬぐうと、カナリアはベッドを降りました。
お昼ご飯の片付けを終え、夕ご飯の準備まで時間があるからと、お昼寝をしていたところでした。まだ時間はありますが、こんな気持ちでは、お昼寝を続ける気になれません。
カナリアは洗面所に行き、顔を洗いました。
水の冷たさにちょっと気持ちが落ち着いて、ふう、と息をつきます。
(そういえば……)
夢の中で、カナリアは「誰か」になっていたような気がしました。
いったい「誰」になっていたのでしょうか。カナリアであって、カナリアではなかったような、そんな不思議な感覚があります。
(私……誰なんだろう?)
鏡を見ていたら、そんなことを思い──天使とともに行ってしまった、コハクの言葉を思い出しました。
──俺が知ってるカナリアはな、海育ちなんだよ!
海沿いの小さな村で生まれ育ち、そこでお菓子屋をしている女の子。
それが俺の知っているカナリアだと、コハクは言っていました。
「カナリアくんは、確かに海育ちと言っていたね」
ハクトも、コハクと同じことを言いました。アカネも、ルリも、ヒスイも、リンドウも、みんなカナリアは海育ちだと言いました。
でもカナリアは、山育ちです。
山奥の小さな村で生まれ、名パティシエのおじいさんに育てられ、パティシエとして鍛えられた、そんな女の子です。
ハクトが悪魔から借りたという「世界の書(写)」にも、カナリアは山奥の小さな村で生まれたと書いてあります。
「私は、みんなが知ってるカナリアとは……別人、なのかな……」
鏡に映る自分の顔。
お団子頭の、十歳の女の子。
それをじっと見ていたら──髪の長い、少し年上の女の子の姿が、うっすらと重なって見えてきました。
(え?)
慌てて目をこすりましたが、髪の長い女の子は消えません。目をこらしてよく見ると、その女の子はパジャマ姿で、頭に包帯を巻き、右目に眼帯をしています。
(誰?)
つい最近、その女の子に会ったような気がしました。
暗闇の中、その子の手を引いて歩き、そして虹色の星へ一緒に落ちていったような──そんな気がします。
(ひょっとして……シオリ?)
シオリ。
コハクとともに、仲間を集めて海賊団を作った女の子。「世界を滅ぼす魔女」となったマレの大親友で、その正体は「世界の書」を書き、世界の全てを作り出したという「神様」。
そして、勇者のみんなが助けに行こうとしている、大切な仲間です。
(あなたが、シオリなの?)
カナリアは、シオリのことをまったく覚えていませんでした。
シオリはよくお菓子やココアをねだりに行っていたから、カナリアとは仲がよかったと、みんなに言われました。でも、どれだけがんばっても、シオリの顔すら思い出せませんでした。
そのシオリが。
鏡ごしに、カナリアに会いに来たのでしょうか。
(助けて、て言ってたの……あなたなの?)
弱々しく笑う女の子に触れようと、カナリアが鏡に手を伸ばした時でした。
ビーッ、ビーッ、ビーッ!
「うわっ!?」
けたたましい警報音が鳴り響き、カナリアは我に返りました。
「な、なに、どうしたの?」
『緊急警報!』
警報音に続いて、ルリの声が聞こえてきます。
『大きな魔力反応をとらえました! 総員、第二種戦闘配置! 勇者はただちに艦橋に集合してください!』