08 六文字の望み
約束が交わされました。
誓いが立てられました。
相反する二つの思いは、いったいどちらが勝つのでしょうか。
「ピィ!」
妖精の声が聞こえ、カナリアはゆっくりと目を開けました。
赤、青、緑、白、橙、紫。
六色のツナギ姿の妖精たちが一人ずつ、じっとカナリアを見つめていました。声をかけてきたのは、橙色の妖精でしょうか。
「黄色の妖精も、いたらよかったのにね」
カナリアは柔らかい笑顔を浮かべました。
悲しげで、少し大人びたその笑顔、いつものカナリアではありません。
「あなたたちは……私が誰か、気づいてるのかな?」
カナリアが静かな声で問いかけました。
しかし、妖精は何も言わず、じっとカナリアを見つめています。
「ふふ……みんな、こわいよ」
カナリアは小さく笑い、窓の外に目を向けました。
虹色の星が、すぐそこに見えます。
勇者と、魔女。
天使と、悪魔。
そして、神様。
全員が集まりました。いよいよ、決着の時が来たのです。
「あ、もう一人いたね」
艦長。
「星渡る船」を指揮する、白い軍服姿の大人の女性。
その登場は、カナリアも予想外でした。
「びっくりしちゃった。大人がいるんだもん」
「ピィ……」
「ううん、怒ってないよ。うん……そうだよね、ずっと待ってたんだよね」
そう、待っていました。
本当は、待っていました。
いらないと、信じられないと、ずっとそう思っていたけれど、本当は来てくれるのを待っていたのです。
「みんなのおかげだね」
妖精は何も言いません。ただじっと、カナリアを見つめているだけです。
その瞳に宿る想いを感じ取り──カナリアは静かに告げました。
「……書くよ、望みを」
その言葉に、妖精たちが姿勢を正しました。一斉に敬礼をし、力強くうなずきます。
その一言を、待っていた。
そんな目で見つめられ、カナリアは笑みを返します。
「希望は……まだ、消えていないもの、ね」
カナリアはそうつぶやくと、静かに目を閉じ、眠りに落ちていきました。
※ ※ ※
──物語をつづる手が止まりました。
どうしたのでしょうか。
続きが思いつかず、悩んでいるのでしょうか。
しばらく待ちましたが、続きが書かれることはありませんでした。それどころか、持っていた鉛筆を置き、ノートを閉じてしまいます。
(もう……書かないの?)
物語は終わっていません。いよいよ最後の戦いが始まろうとしているところです。あんなに一生懸命書いていたのに、どうしてやめてしまうのでしょうか。
不思議に思っていると、閉じたノートがひっくり返されました。
ドクン、と心臓が脈打ちました。
薄汚れた裏表紙が開かれ、ノートの最後のページが見えました。
そこに書かれていたのは、たった六文字です。
ドクン、ドクンと心臓が脈打ち、お腹をギュッとつかまれたような気がしました。
もういい、と。
もうやめる、と。
そう決めた時に──あきらめた時に、最後に書いた六文字の望み。
『わたし』が書いたその望みを、『誰か』がじっと見て。
一度置いた鉛筆を手にしました。
書かれていた六文字から少し離れた場所に、新たな六文字が書かれました。
その六文字を見て『わたし』は息を呑みました。
(なんで、そんなひどいことを書くの?)
「だって、そう思っちゃったんだもん」
『わたし』の思いに、初めて『誰か』が答えました。
『わたし』の望みを完全に否定する、新しい六文字。
両立しない、二つの望み。
(いや……そんなこと、書かないで)
いやなの。
もういやなの。
痛いのも、苦しいのも、悲しいのも。
もういやなの。
だから、そんな望み、『わたし』はいらない。
「もう、書いちゃったもん」
『誰か』はノートを閉じ、今度こそ鉛筆を置きました。
「じゃ、行こうか」
(……どこに?)
「みんなのところ」
『誰か』が目を閉じました。
光が消え、『わたし』は闇に包まれます。
「二つの望みのどちらがかなうのか……本当の望みはどちらなのか、みんなに教えてもらいに行こう」
物語の結末は、『わたし』だけのものじゃない。『誰か』だけのものでもない。
だからこの先は、もう一人では書けない。
『誰か』はそう言うと、『わたし』の手を引いて歩き出しました。
何も見えない暗闇の中、はるか遠くに虹色の星が見えました。
その星の明かりに照らされて、『わたし』と『誰か』の姿が、ぼんやりと浮かび上がります。
「さあ」
『誰か』が振り向き、手をぐいっと引っ張りました。
「行くよ、『わたし』」
そう言って笑った、お団子頭の女の子と一緒に。
『わたし』は、虹色の星へと落ちていきました。
──「世界の書」の最後のページ。
そこに書かれた二つの望み。
もう死にたい
と
死にたくない
どちらの望みがかなうのか──『わたし』は『わたしの物語』に、結末をゆだねることにしました。
第5章 おわり