07 約束と誓い (2)
かつてシオリが住んでいた「月の宮殿」。
その図書室の片隅で、マレはひざを抱えて泣いていました。
月の宮殿は、廃墟となっていました。
ヒントがあるだろう、悪魔がそう言っていた図書室は、徹底的に破壊されていました。たくさんあった本は全部なくなっていて、空になった本棚は倒れたまま放置されていました。
マレは必死でがれきをかきわけ、手がかりを探しました。
そして、床板の下に隠されていたお菓子の箱を見つけたのです。
その箱の中にあったのは、表紙に「日記」と書かれた、古いノートでした。
書かれていた字は、間違いなくシオリの字です。
シオリがどこにいるのか、その手がかりを求めてノートを開き──その内容のすさまじさに、マレは震えが止まらなくなりました。
とても全部は読めず、途中でノートを閉じてしまいました。
「これ……本当に、あったこと……なの?」
どうしてこんなにひどいことができるのと、マレは泣きながら思いました。
それでも元気に笑っていた、そんなシオリがかわいそうで仕方ありませんでした。
「シオリ……シオリ……」
涙でにじんだ字と、そして……血の跡がついたシオリの日記。
シオリはどんな気持ちで、この日記を書いたのでしょうか。
──いつかきっと、全部話すから。
シオリはマレにそう約束してくれました。でも、もしもシオリから直接聞いていたら、マレはどんな顔をすればよかったのでしょうか。
「ピィ……」
小さな声が聞こえ、マレは抱えたひざから顔をあげました。
ついてきてくれた黒いツナギ姿の妖精たちが、静かな目でマレを見つめていました。
「ねえ……私は……シオリを助けに行って、いいの?」
天使と一緒に行ってしまったきり、姿を見せないシオリ。
それは天使が閉じ込めているからではなく、シオリの意思ではないでしょうか。シオリは身を守るために隠れているだけで、そんなシオリを天使は守っているのではないでしょうか。
マレの問いに、妖精たちは口を真一文字に結び、まっすぐな視線を返し。
きっぱりと、首を横に振りました。
「ピィッ!」
妖精の一人がマレに近づいてきて、床に置かれたノート、シオリの「日記」を指さしました。
開け、と言っているようです。
それも、最後のページをです。
マレは恐る恐るノートを手に取り、震える手で最後のページを開きました。
「こ……れ……」
そこに書かれていたのは、シオリの望み。
たった六文字の、とても悲しい望みでした。
「だめだよ……だめだよシオリ、こんなの……」
「ピィ」
妖精の一人が、マレに向かって敬礼しました。それを見た他の妖精も、マレに向かって敬礼しました。
すがるような、必死な思いに満ちたまなざし。
どうか助けに行ってくれ、妖精はそう言っているようです。
「だけど……だけど、シオリは……」
──助けて。
不意に。
声が聞こえました。
とても小さくて、空耳と間違えてしまいそうな、小さな声でした。
でもマレには、はっきりと聞こえました。
助けを呼ぶその小さな声は、間違いなくシオリの声でした。
「シオリ……」
シオリの声を聞いて、マレは思い出しました。
そうだった。
自分は、そのために生まれたのだった、と。
行かなきゃ、と思いました。
急がなきゃ、と思いました。
シオリが、悲しい望みをかなえてしまう前に、連れ戻さなければいけません。
たとえそれが、この世界を終わらせることになるのだとしても、です。
マレは涙をぬぐうと、歯を食いしばって立ち上がりました。
がれきの間を駆け抜け、最上階へと向かいます。
最上階は図書館以上に破壊されていました。だけどきっとあるはずと、マレはがれきをかきわけて探しました。
「あった」
部屋の隅に置かれた、小さな金庫。冒険では使わない、大切なものをしまっておくために使っていたものです。
マレが金庫から取り出したのは、師匠である老魔法使いからもらった「誓いの書」でした。
魔女として成し遂げることを決めた時、それを書けば必要な力を与えてくれる。
老魔法使いはそう言っていました。今こそ「誓いの書」を使う時です。
マレは箱から取り出した羊皮紙を広げ、一緒に入っていた羽ペンを手に取りました。
命をかける覚悟で書くこと。
正しい言葉で書くこと。
師匠である老魔法使いの言葉を思い出しながら、マレは羽ペンに魔力を送ります。
命をかける覚悟なら、とうの昔にできています。
あとは正しい言葉で書くだけです。
「覚悟ができたのなら、心を鎮め、誓いの書に耳を傾けるといい。そうすれば、誓いの書が正しい言葉を教えてくれるから」
シオリを助けたい。
あんな悲しい望みは、かなえさせない。
ただそれだけを思い、心を鎮め、マレは誓いの書に耳を傾けました。
すぅっと──周りの音が、色が、気配が消えていきます。羽ペンに送り込んだ魔力が羊皮紙へ流れていき、羊皮紙がぼんやりと光り始めました。
(お願い……教えて、正しい言葉を)
大切な友達を助けたい。
神様なんかじゃない、お話を考えるのが大好きな女の子を。
私と同い年の、双子のようによく似た、あの女の子を。
(……あ)
マレの頭の中に、誓いの言葉が浮かび上がりました。
誓いの書が教えてくれた、正しい言葉です。
その言葉を、マレはありったけの魔力を込めて、羽ペンで羊皮紙に刻みます。
「魔女マレの名において、ここに誓いを立てる」
誓いを刻まれた羊皮紙が光り、その光がマレを包みました。
「闇が包む世界において、希望の光であることを。
勇気を導く、光であることを。
私のすべて、命をかけて、私は誓う!」
何があっても。
たとえ消えてしまうことになったとしても。
私は、この誓いを成し遂げる。
その決意と覚悟を胸に、マレは高らかに宣言します。
「わたしは、わたしを助けに行く!」