07 約束と誓い (1)
光に包まれ、天使とともに海を飛び立ったデュランダルは、空を超え、宇宙へと飛び出し、そのままものすごいスピードで飛び続けました。
やがて──到着したと言われ、コハクはデュランダルの甲板に出ました。
「……ここ、どこなんだよ?」
「神様の住む星ですよ」
コハクは正面に立つ建物を見上げました。
星の宮殿。
中央に丸い屋根の大きな建物があり、四方に先がとがった塔が建っている、立派な宮殿でした。
太陽も月もない空には、埋めつくさんばかりの星が輝いていて、「星の宮殿」という名にふさわしい光景です。
しかし、地面には草一本すら生えておらず、生き物の姿もありません。見渡す限り岩と砂ばかりで、まるで死者の国のようでした。
「こちらへ」
ふわりと浮いた天使の後を、コハクは「ふん」と鼻を鳴らしてついていきました。
ケガをしていた足は天使が治療してくれ、もう痛くありません。手をかざすだけで治してしまうなんて、さすがは天使です。
「だからって、気を許したわけじゃねえからな」
コハクのつぶやきが聞こえているはずなのに、天使は振り返りもしませんでした。舌打ちしたい気分をこらえつつ、コハクは天使についていきます。
コハクが案内されたのは、丸い屋根の大きな建物の二階でした。
「あの部屋にいらっしゃいます」
一番奥の部屋、その手前にある長い渡り廊下のところで、天使は立ち止まりました。
「ここから先、私は入るなと言われていますので。コハク、あなただけで行ってください」
「……お前、信頼されていないんじゃないか?」
「そうかもしれませんね」
コハクの嫌味に顔色一つ変えず、天使は一礼して立ち去りました。
コハクは渡り廊下へと進みました。気がつけば小走りとなり、渡り廊下駆け抜け、奥の部屋の入口に立ちました。
(会える……シオリに、会える!)
扉を開けようとして、「あっといけない」とコハクは頭の三角帽子を取りました。
(ああもう、落ち着けよ、オレ)
ただ友達に会いに来ただけじゃないかと、コハクは大きく深呼吸しました。
「シオリ」
ノックをしましたが、返事はありませんでした。どうしようと思いましたが、ここで引き返すわけにもいきません。
「シオリ……入るぞ?」
コハクは声をかけてから、そっと扉を開けました。
入ってすぐ、扉の横にある棚の上に置かれた小さなランプ。明かりはそれだけでした。とても広い部屋で、奥には天蓋付きの立派なベッドが見えました。
そのベッドの上で、何かが動きました。
「……シオリ?」
コハクが呼びかけると、横たわっていた影が、ゆっくりと起き上がりました。
「コ……ハク?」
「シオリか? シオリなんだな!」
かすかに聞こえてきた声に、コハクは声が上ずりました。
シオリの声でした。聞き間違えるはずがありません。天使に連れ去られ、行方不明になっていたシオリが、すぐそこにいるのです。
「シオリ!」
うれしさのあまり、コハクはベッドに駆け寄りました。
「探したんだぞ、俺、ずっと探してたんだぞ! シオリ……」
ですが、ベッドのそばに来て、シオリの姿を見たとき、コハクは言葉を失いました。
つややかに輝いていた長い髪は、ボサボサで乾いていました。
いつもつけていた大きなリボンはなく、代わりに、頭に包帯が巻かれていました。
水色のエプロンドレスではなく、血のにじんだ、くたびれたパジャマを着ていました。
そして……いつも楽しそうだった顔に笑顔はなく、やつれて、悲しそうな目をしていました。しかも右目はケガしているのか、眼帯をつけています。
「コハクだ……コハクだぁ……」
ぼう然としているコハクを見て、シオリは目から涙をあふれさせました。
その涙を見て、コハクの怒りが爆発します。
「だ……誰だ、誰にやられたんだ! 天使か!」
頭に血が上り、怒鳴ってしまったコハク。ですが、シオリは首を振ります。
「違う……よ。天使じゃ、ないよ……」
「じゃあ、悪魔か!? それとも……マレか!?」
「違うよ……違うよ。悪魔でも、マレでもないよ」
シオリの腕が伸びてきて、コハクを抱きしめました。
「コハクだ……コハクだぁ……髪の毛、もふもふ……きもちいい……」
「オ、オレは……猫や、犬じゃ……ねぇ……」
なんだよ、どうしてこんなことになってるんだよ。
コハクは、傷ついてボロボロのシオリを、できるだけ優しく抱きしめました。
「会いたかった……会いたかったよ、コハク……」
「俺もだよ。なあ、何があったんだよ。何でお前……」
問いかけたコハクを、シオリがぎゅっと抱きしめました。
「いいの、もういいの。コハクが来てくれたから……もう、いいの」
「よく……ねえ、よ……」
「ううん、もういいの……どうにも、ならないから」
気がつけばコハクも泣いていました。
大好きなシオリが傷ついていることが悲しくて、傷つけたやつが許せなくて、それなのに「もういい」と言うシオリが悲しくて仕方なかったのです。
「コハク、ずっとここにいて……ずっと……私のそばにいて……」
「当たり前だ……ずっと、いるよ。オレがずっと、守ってやるよ」
「約束、だよ」
「ああ、約束だ。絶対に……絶対に守るからな。誰であっても、お前をここから連れ出させはしないからな」
◇ ◇ ◇
天使は、星の宮殿の最上階にある展望台へと向かいました。
どこか、おぼつかない足取りです。
まるで何かに操られているような、そんな感じです。
展望台に着いた天使は、空を見上げました。
はるか遠くに、青く輝く惑星が見えます。
「……」
その星を、しばらく無言で見つめていた天使ですが。
おもむろに「世界の書(補)」を取り出し、物語が書かれた最後のページを開きました。
※ ※ ※
悪魔が開いた「月の扉」を目指す魔女。
その前に、海賊・コハクが乗るデュランダルが立ちふさがりました。
魔女は、ためらうことなくデュランダルを攻撃してきます。
海賊・コハクは、とても驚きました。何か理由があって一人で行動しているのだろう、そう考えて信じていたのに、魔女は仲間のはずの船に攻撃してきたのです。
「世界を滅ぼす魔女。あれは、お前で間違いないんだな?」
海賊・コハクの問いに魔女はうなずきました。
どうしてなのか……それを聞こうとした時、悪魔の声が響きます。
──どうした魔女。
──早く行け、閉じちまうぜ?
悪魔が語りかけているのは、魔女でした。
その声を聞いて、海賊・コハクはとても悲しくなりました。
信じていた魔女は、悪魔の手先だったのです。
そしてそんな魔女を、エンジニア・リンドウとパティシエ・カナリアは、助けようとしているようです。
天使の言う通り、この二人も魔女の手下なのでしょうか。
「カナリアっ、お前は誰だ! リンドウっ、何を企んでやがる!」
海賊・コハクが問い詰めると、二人は逃げるようにして海に飛び込みました。
裏切られた悲しみに、海賊・コハクは必死で涙をこらえました。
そんな海賊・コハクに、天使が声をかけます。
「勇者・コハク。では参りましょう。神様のいる、『星の宮殿』へ」
最後に残った勇者、コハク。
天使は海賊船デュランダルとともに、コハクを、神様のいる星の宮殿へと連れていきました。
※ ※ ※
天使は、右の余白ページにペンを走らせました。
『星の宮殿へと向かった海賊・コハクは、そこで大切な友達と再会できました』
『海賊・コハクの大切な友達を探す冒険は、ここに終わりを迎えたのでした』
インクが光り、本にしみ込んでいきます。
それを確認した天使は、空を見上げました。
星の宮殿。
その名の由来でもある満天の星が、すうっ、と消えていきます。
そして、先ほどまで見つめていた、青く、美しく輝いていた惑星も、闇に飲み込まれて光を失い、砂のように崩れて消えてしまいました。
「終わり……ましたね」
天使はうなずき、視線を転じます。
星が消え、闇に塗りつぶされた空。そこに一つだけ浮かぶ小さな星。
「あと……一つ」
虹色に輝く星。
「世界のはざま」に最初に生まれ、最後まで残った、魔女・マレのお話の世界。
「すべては……神様の、御心のままに」
そうつぶやき、「世界の書(補)」をパタリと閉じると。
本は、炎に包まれ、灰となって消えてしまいました。