06 クサナギ、発進 (2)
湖を飛び立ったクサナギは、空を超え星を飛び出し、「世界のはざま」へと進みました。
「星が……崩れていきます」
ルリの悲しそうな声に、全員がパネルを見上げました。
青く、美しく輝いていた惑星が、闇に飲まれて光を失っていきます。そして、白い粉となって砂のように崩れ落ち、「世界のはざま」に散っていきました。
アンドロイドを食い止めるために残った妖精たちも、ともに消えてしまったことでしょう。
それを思うと、みんなの心が痛みました。
艦長が立ち上がり、帽子を取って静かに敬礼しました。勇者や妖精も、クサナギを守り見送った仲間たちに敬礼を送りました。
「ハクト」
再び帽子をかぶり、席に着いた艦長がハクトを呼びました。
「ほいさ、艦長」
「さっそくだが、君に決めてもらいたいことがある。この船は、どこへ行けばよい?」
「私が決めるのかね?」
驚くハクトに、艦長は優しい笑みを浮かべます。
「君の役目だと、聞いているよ」
艦長の言葉に、妖精たちが「ピィ!」と声を上げました。
「ふむ」
妖精たちに見つめられ、ハクトは「なるほどねえ」と独りごちます。
「それが私の役目かね……では、知恵を絞るとしよう」
ハクトは腕を組んで正面のパネルを見上げました。
パネルには、何もない世界が映っています。
「……マレは、月へ向かって飛んで行った。天使も、デュランダルとともに空の彼方へ消えた」
同じように飛び立ったクサナギは、この何もない「世界のはざま」へ来てしまいました。
マレや天使とは、違う場所へ来てしまったのでしょうか。
「ん?」
ハクトはあることに気づきました。
この世界、暗闇ではありません。どこからか光がさしています。その光は、どこからくるのでしょうか。
「シルバーくん、この光が来る方に、カメラを切り替えてくれたまえ」
「リョウカイ」
シルバーが操作しパネルが切り替わりました。
すると、はるか遠くに、光を放つ星が見えました。
「拡大してくれたまえ」
パッ、パッ、パッと何度かパネルが切り替わり、はるか遠くの星が映し出されました。
それは、三つの星でした。
手前には、同じぐらいの大きさの、金色の星と青白い星があります。その奥に、一回り大きい赤い星が見えます。どうやら連星となっているようです。
「ふうむ……三連星……世界を照らす……光? ……おや?」
ふと、三連星の前を、何かが横切ったような気がしました。
「シルバーくん、今、何かが横切ったかね?」
「確認シマス……ハイ、小サナ惑星ラシキモノガ、横切リマシタ」
「映してくれたまえ」
「リョウカイ」
シルバーが再びパネルを操作しました。
すると、三連星の前を横切った、虹色に輝く惑星が映し出されました。
「惑星が、光を放っている? はて?」
世界のはざま。
三連星と、虹色に光る惑星。
他は何もない世界。
そんな世界を見つめているうちに、ハクトはふと思いました。
ここで見える光景が、何かを表しているとしたら?
「ふむ……」
天使とともに海賊コハクが去り、その惑星が消えました。
だとしたら、惑星はお話の世界を表しているのでしょう。
では、惑星が浮かぶこの空間──宇宙は、何?
「お話……惑星……いくつものお話……」
神様が作った世界。
生み出された、たくさんのお話。
そのすべてが書かれていた「世界の書」。
「ひょっとしてこの光景が表しているのは……『世界の書』?」
ふうむ、とハクトは腕を組みました。
『海賊コハクの航海日誌』、その世界を表していた青い惑星。
では、その惑星を照らす星──あの三連星は何?
惑星でありながら、自ら光るあの虹色の星は何?
「ん? そういえば……」
ふと気づいたことがあり、ハクトは艦長に問いかけます。
「艦長。あなたは確か、アゾットもデュランダルも、伝説の剣の名前だと言いましたね?」
「ええ。クサナギは、それにならいました」
賢者の石を作ったと言われている、錬金術師パラケルススが持っていた剣、アゾット。
英雄・ローランが持っていた、岩を真っ二つにしたと言われる聖剣、デュランダル。
艦長の説明は、ハクトが知っていることと全く同じでした。
「アカネくん。クサナギという剣を知っているかい?」
「もちろん。神話に出てくる草薙剣だよね?」
「他のみんなも、知っていたかい?」
ハクトが問うと、全員がうなずきました。
「……なるほど」
「あれ?」
ヒスイが、不思議そうな顔をしました。
「僕たち、違う世界から集められたんじゃなかったっけ? 同じ伝説を知っているって、変じゃない?」
竜はいるけど飛行機のない世界から来た、アカネ。
魔法使いはいるけど竜はいない世界から来た、ルリ。
竜なんておとぎ話にしかいないという世界から来た、ヒスイ。
そして、竜も魔法使いも飛行機もない世界から来た、カナリア。
「そう言えば、そんな話をしたね」
「でも私たち、シオリと一緒に冒険してましたよね?」
「それじゃ僕たち、同じ世界にいた、てこと?」
困惑する三人の声を聞きながら、ハクトは考え続けました。
「世界の書……神様が書いた本……一人で書いた本?」
この世界のすべてが書かれている、「世界の書」。
神様だけが書ける本。神様が一人で、すべてのお話を書いた本。
「まてよ?」
ハクトは急ぎ、「世界の書(写)」を開き、大急ぎでページをめくりました。
思った通りです。
天使と悪魔が主人公のお話は、書かれていません。
さらに言えば。
『泣き虫魔女と宮殿の少女』の主人公はマレ。シオリは重要人物ではありますが、主人公ではありません。
つまり、シオリが主人公のお話もないのです。
「偶然……ではないだろうね……」
ハクトは三連星を見ながら、うなります。
主人公としてのお話がないのに存在する、シオリ、天使、悪魔の三人。
多くの主人公の中で、唯一「世界の書」にかかわったマレ。
「共通点は……『世界の書』?」
悪魔は言っていました。この本は、俺「も」借りているものだ、と。それはつまり、悪魔の他にも借りている人がいるということ──つまり、天使も持っているということではないでしょうか。
「この四人……ひょっとして……」
三つの恒星と、虹色に光る惑星。
「世界の書」という名の宇宙を照らす、四つの光。
「そうか、そう考えれば……うむ、つじつまは合う!」
パチンと音を立てて、パズルのピースがはまりました。
「わかったぞ! この世界、そういうことか!」
世界の謎を解け。
悪魔に与えられた命題が、今まさに解けたのです。
「おっといけない。まだ検証が済んでいない。うむ……みんな、後で色々と話し合いたい! 協力してくれたまえ!」
了解、という仲間たちの声にうなずくと、ハクトは「世界の書(写)」を閉じ、艦長に敬礼しました。
「お待たせしました、艦長。行き先が決まりました!」
「どこへ向かえばいいですか?」
「あの星へ!」
ハクトはパネルに映る、虹色の惑星を指差しました。
「最後に残った、魔女・マレのお話の世界へ!」
「了解」
ハクトが指差す惑星を見て、艦長はうなずきました。
「進路変更! 目的地、虹色の惑星、魔女・マレの世界!」
「承ったー!」
ヒスイが舵を切り、クサナギが大きく方向を転換しました。
目指すは、虹色に輝く惑星。
世界のはざまに唯一残った、魔女のお話の世界です。
「さぁて……副団長殿、ここまでいいところなしの勇者チームだが」
『ああ、そうだね』
ハクトの言葉に、リンドウはパネルの向こうでニヤリと笑いました。
『だけど、このまま終わるわけにはいかない、よね?』
アカネ、ルリ、ヒスイ、ハクト、シルバー。
そして、カナリア。
みんながリンドウに、力強くうなずき返します。
『行くよ、みんな! 勇者チーム、反撃開始だ!』
「おーっ!!!!!!」