06 クサナギ、発進 (1)
爆煙を吹き払い、クサナギが湖へと姿を現しました。
白銀に輝く船体には、傷一つついていません。船を包む青い光が、アンドロイドの攻撃を防いだのです。
『……う……おぉぉぉぉっ!!!』
その堂々たる姿に、泣き崩れていた妖精たちが、雄たけびを上げました。
「ナンダ、アレハ」
「ナゼ、シズマヌ」
空に浮かぶ金色のアンドロイドたちは、明らかにうろたえ、戸惑っています。
そんなアンドロイドをパネル越しに見ながら、ルリは、青く光るペンダントを握りしめました。
「クサナギは……沈ませません!」
そうです、持てる力すべてを使って、ルリがクサナギを守ったのです!
「ルリ、何分もたせられるか?」
「三分は、もちこたえてみせます!」
艦長の問いに、ルリは力強く答えました。
直撃すればクサナギとて無事ではなかった、そんな爆発を防いだのです。ルリの力はほとんど残っていません。でも、絶対にクサナギを守り切る、そんな決意に満ちた顔をしています。
「よし」
艦長はうなずきました。アンドロイドが戸惑って攻撃が止まっています、今がチャンスです。
「シルバー、光子エンジン状況は?」
「光子エンジン、エネルギー充填率、百パーセント。起動可能デス!」
「リンドウ! 光子エンジン起動、一分半でやれ!」
『了解!』
「魔導エンジンの全エネルギーを推進機構へ! ヒスイ、補助エンジン出力最大! 離水体勢に入れ!」
「承ったー!」
ピィ、と声をあげながら、緑色の妖精がヒスイの膝に飛び乗りました。
「わかってるよ……アゾット号」
ヒスイはうなずき、ポケットからキーを取り出します。
アゾット号の始動キー。そのキーを操縦桿にある鍵穴に差し込み、ぐるりと回すと、クサナギの最終ロックが解除されました。
ピピピピピピッ、と電子音が響き、艦橋の全パネルが光り始めました。
今まさに、クサナギの全機能が目覚めたのです。
『光子エンジン起動まで、あと一分!』
「よっしゃー! 補助エンジン、出力最大ー!」
青い光に守られたクサナギが、波を立てて動き始めました。
「トビタタ、セルナ!」
『邪魔をさせるなぁっ!』
アンドロイドが慌てて動き出し、そうはさせるかと妖精がアンドロイドに飛びかかります。
『行け、クサナギ!』
『アンドロイドは、我々に任せろ!』
妖精たちの声を受けて、クサナギがスピードをあげました。アンドロイドが全速力で追いかけてきますが、それを妖精たちが次々と叩き落としていきます。
「光子エンジン点火、カウントダウン、開始シマス」
『いくよ、ヒスイ!』
「まーかせて、リンドウ!」
リンドウが声をかけ、ヒスイが答えます。
世界を救う翼はお前が操るんだ──かつてリンドウがヒスイに告げた言葉が、今、実現するのです。
「点火、十秒前」
カウントダウンが始まりました。
光子エンジンがうなりを上げ始めます。補助エンジンが最大出力に達し、クサナギが離水体勢に入ります。
「九、八、七、六、五、四、三、二、一……エンジン、点火!」
ドゥンッ、と轟音が響き、巨大な水柱が立ちました。
その水柱に、追いすがるアンドロイドたちがはじき返されました。
「クサナギ、発進!」
艦長の力強い言葉が、艦橋に響きました。
「飛っべー!」
ヒスイがレバーを引くと、クサナギが一気に速度を上げ、水面を離れて浮き上がりました。
クサナギが、ついに飛び立ったのです!
『飛んだ……飛んだぞ!』
『よっしゃぁー!』
水しぶきをまき散らしながら、クサナギが力強く上昇していきます。
その雄姿を、妖精たちは大歓声で見送りました。
行け!
飛んで行け!
一人戦い続ける、希望の元へ!
われらの想いと、勇気を届けるために!
そして、宮殿に閉じこもってしまった、あの子を助けるために!
「オノレ」
アンドロイドたちが隊列を組み、なおもクサナギを追おうとしました。
しかし、妖精たちがその前に立ちはだかります。
『お前たちは、この先には行かせない!』
妖精たちはうなずき合い、最後の力を解き放ちました。
「……ナニ?」
妖精たちが光に包まれ、その姿を変えていきます。
変わっていく妖精たちを見て、アンドロイドはうろたえました。
それは、この世の不思議を統べる精霊たちであり。
どんな勇者も退ける、異形の怪物であり。
あるいは愛と正義を信じる、気高き戦士たちです。
「オマエ、タチ、ハ……ユウシャ!?」
そう、妖精たちは勇者でした。
かつてあった物語。
シオリが生み出し、しかし今は消えてしまった、たくさんのお話。
その消えてしまったお話の登場人物たちが、妖精だったのです。
「ナゼダ」
「知れたことよ」
司令官であった、風の精霊王がアンドロイドに答えます。
「一度生まれた物語が、そう簡単に消えるものか!」
「たとえ忘れられようと、消しゴムで消されようと!」
「心の奥底に、物語は残るのだ!」
風の精霊王が手を振ると、竜巻が起こりました。
竜巻に巻き込まれ、クサナギを追おうとしていたアンドロイドたちが吹き飛びます。
「クサナギのこと、まだ天使に知られるわけにはいかぬ!」
「人形たちよ! ここから先へは、行かせはせぬぞ!」
──あとは頼んだよ。最後の勇者たち。
アカネ、ルリ、ヒスイ、ハクト、シルバー、リンドウ。
クサナギに乗り飛び立っていった勇者たちが、そしてカナリアが、きっとシオリを助け出すと信じて。
勇者であった妖精たちは、笑顔を浮かべ、最後の戦いを始めました。