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学校へ行きたい子は、はーい。  作者: アイスマン
6/9

シオンとサーナのお仕事に②

校舎の屋上に来てくれたヘリコプターに乗る。セキュリティーのお姉さんが迎えに来てくれた。頭にヘッドホンを付けて、シートベルトをする。

「はい、それでは出発します」

ヘリコプターのエンジンの音が大きくなり、校舎から離れたのがわかった。

上に上がったと思ったら、そのまま左に向きを変えて海の上まで飛ぶ。あっという間だ。

ちいちゃんの顔を見た。ちょっと、不安そうだ。私はちいちゃんの手を取った。ぎゅっと握る。ちいちゃんがこちらを見た。ここで私が心配な顔をしていたらちいちゃんが不安になる。大きな口で、

「だいじょうぶ」といった。

「うん」

ちいちゃんが、うなずく。


お姉さんが外を指さして、何か言っている。

「駅、小野駅」

「えー、もう駅まで来ちゃったの」

ちいちゃんも、指さした方を見て何か言っている。でも聞こえない。

何を言っているのかわからないけど、

「うん、うん」

と、うなずいた。

どのくらいの高さを飛んでいるのかはわからない。海を越えて、線路を超えて、山を越えて、小さな車を追い越して、ヘリコプターは進む。


海や山の景色から、家の屋根がたくさん出てきた。

「目の前に空港が見えてきます。あと五分くらいで空港に着きます」

パイロットのおじさんが言った。ヘッドホンの中で聞こえた。

「えー、もう着くの」

三人は、顔を見合わせた。ちいちゃんも驚いている顔だ。顔色が少しだけ白い気がした。

握っている手を、もう一度ぎゅっとした。

前を見る。飛行機が見えてきた。ちいちゃんの顔を見ながら、前を指さす。

「飛行機」

大きな口でいってみた。

「うん、うん」

ちいちゃんが、大きくうなずいてくれた。

海や山の上を飛んでいた時から比べれば、ずいぶん低いところを飛んでいる。

「はーい、着陸しますよ。お疲れさまでした」

あっという間だった。ちいちゃんの調子が悪くなる前に到着出来ちゃったと思う。

「着陸しても、少し待っていてください。空港の中ですから、外へ出て何かあったら大変ですから。空港の方が迎えに来てくれるまで待ちましょう。シートベルト、ヘッドホン、外しても良いですよ」

「あー、緊張した」

三人でヘッドホンを外した。

「あっという間ね、何だかくせになりそうだわ。もう少し乗っていたかったな」

「私は、もういい」

マナちゃんが小さな声で言った。

「ちいちゃんは、調子はどう」

「うん、緊張した。でも大丈夫。みいちゃんが手を握っていてくれたから」

私は、ちょっとうれしかった。

少し離れたところに立っていたおじさんと制服を着たお姉さんが、こちらに歩いてくる。

「ちょっと、待っていてね」

横に座っていたお姉さんが、ヘリコプターのドアを開けて先に出る。何か話をしている。

ヘリコプターのプロペラは止まっているが、何を言っているのかは聞こえない。

「はい、次は飛行機でーす。どうぞ、付いてきてください」

三人はヘリコプターを出た。

「あー」

緊張から解放されて、背伸びをした。


ヘリコプターから少し離れた大きな体育館みたいな建物の近くに、飛行機が止まっている。

真っ白な飛行機に赤い線が横にある、プロペラが付いた飛行機だ。

「ここから入りましょう。頭に気を付けてくださいね」

マナちゃんから先に階段を上がって飛行機に入った。次にちいちゃん。次に私。最後がお姉さんだ。席は二十席くらい。課外授業で乗った飛行機とはちょっと違う。背も低く観光バスに近い感じがした。ヘリコプターから案内してくれたおじさんとお姉さんが飛行機に入って、ドアを閉める。

「シートベルトをお願いします。今からだいたい二時間で、沖縄那覇空港に到着する予定です。六時到着を予定しています。何か欲しいものがあったら言ってくださいね」

緊張して声は出ない。ただうなずくだけだった。

プロペラが動き出す。ブルンブルン。音がだんだん大きくなっていく。 

一瞬ガクンと揺れて、飛行機が動き出した。小さな窓から見える景色が動き出す。

「ほんとにアッという間ね。良かった。ちいちゃん、調子はどう」

「うん、少しの間、目をつむっていても良い」

「うん、じゃあ、掛けるものをもらいましょうか。目をつむって調子がもどるなら、静かにしているから。すみません、何か掛けるものはありますか」

「はい、もう少ししたら席を移って、椅子を倒したらどうですか。その方がリラックスできますよ」

制服を着たお姉さんが、やさしく答えてくれた。

「みいちゃん、隣に座っていてくれる。手をつないでいてほしいの。みいちゃんからの元気を感じていないと、怖いの」

「いいわよ、もう少ししたら、うしろに移動しましょう。お姉さん、移動しても良くなったら教えてください。二人で移動しますから」

「はい、じゃあ、シートを倒して用意しておきますね」

「お願いします」

「ちいちゃん、大丈夫」

マナちゃんが、心配そうにちいちゃんをのぞきこんだ。

「うん、ちょっとだけ後ろで休んでくるから、待っていて」

マナちゃんが、うなずいた。

「マナちゃん、いつもみたいにシンガポールにいたころのお話をしてくれない。お返事はできないけど、目をつむって聞いていたいの。声を聞いていたいの、いつも通りに」

「わかったわ。じゃあ、今までにお話したことのない、ママとお買い物に行った時のお話をするわ。日本のお買い物とはちょっと違うから」

「うん、ありがとう」

「マナちゃんは、シンガポールにいたことがあるの」

制服のお姉さんが、聞いた。

「はい、お父さんの仕事で、ずっとシンガポールに住んでいました」

「そー、私も仕事で何度か行ったことがあるから、いっしょにお話聞いても良い」

「オーチャードロードのデパートは、行ったことがありますか」

「ええ、何度かお買い物に行ったことがあるわ」

「そーですか、一緒にお話ししてください」


飛行機は雲の中を過ぎて、安定した飛び方に変わったような気がする。まっすぐ飛んでいるときは、遠くの雲しか見えない。右や左に傾くと、海が見えたり陸が見えたりする。

「席を移っても良いですよ。席を倒しておきましたからリラックスしてください」

「ありがとうございます」

一つ後ろの窓側の席にちいちゃんが移った。私もちいちゃんが席に着いてから隣に移った。

毛布を掛けて目をつむっている。毛布から出ている手を握った。

「ありがとう」

ちいちゃんが小さな声で言った。


「わたしの住んでいたところは、オーチャードの駅から歩いて十分くらいの背の高いアパートだったの。お買い物は、モノレールで行ったり、タクシーで行ったり、天気の良い日は歩いて行ったり、スーパーマーケットというよりデパートに近いかなあ。

私のうちには、メイドさんていうお手伝いさんがいたから、私たちがお買い物に行くって、お肉や野菜を買いに行くって、あまりしたことがなかった。ママに連れられて、ケーキや果物を買いに行くぐらいかなあ。

シンガポールのスーパーはね、日本で売っているものは何でもあるの。お菓子や洗剤、お味噌もしょうゆも。その横にはね、英語やフランス語、中国語や韓国語で書かれたものも売っていたわ。いろんな国の人が集まった国だからって、後から聞いたわ」

「マナちゃんのおうちってお金持ちなの」

「うん、今思い出すと、そうだったのかもしれないわ。でも、わたし、それが当たり前だったの。お金持ちなんて考えたことがなかった」

「そうよね、そういう生活しか知らないんだものね」

「でね、メイドさんについてお買い物に行ったことがあるの。もう学校に行けてないころだから、三年生くらいだと思うけど。スーパーマーケットに入ると、大きな台車を持ってね、とってもきれいなカラフルなお野菜から、抱えて持つほど大きいお肉から、大きなおやかんほどもある牛乳やヨーグルト、大きなかごがいっぱいになるほど買い物をしたわ。最後にレジを通るんだけど、現金は使えないの。だからカードを出して、ピッてして終わり」

「そんなにたくさん、どうやって持って帰るの」

「うん、それがね、台車を曳いたまま出ていくとね、タクシー乗り場へ行ってお荷物だけを運んでもらうの。私たちは歩いて帰るのよ、荷物なしで」

「へー、それってガクリのスーパーと同じじゃない。タクシーと船の違いはあるけど」

「そーなの。初めてガクリのスーパーでお買い物をしたとき、シンガポールと同じだと思ったわ。お姉さんはオーチャードへ何を買いに行ったんですか」

「うーん、最初のころはお土産を買ったり、自分の化粧品やブランド物を買ったり、でもね、日本のデパートがたくさん進出していて、結局そこが安心なのね。」

「そうですよね、日本に来て私も思いました。やっぱり日本食だなって、日本のものが安心だって」


そんな話を、ちいちゃんは目をつむって聞いている。手は握ったままだ。顔色は普通だと思う。白かった顔は、いつものピンクに戻っていた。


「ちいちゃんも、目をつむったまま聞いてね」

マナちゃんの話が終わって、みんなが静かになったとき、学校から一緒に来ているセキュリティーの佐藤お姉さんがお話を始めた。

「今度は、私の話を聞いてくれますか、とっても大事な話ですから」

三人で、うなずいた。

「もうすぐ沖縄に着きますね。空港には車を待たしてありますから、飛行機を降りたらそのまま乗り換えてください。シオン君とサーナさんが宿泊しているホテルまで移動します。空港から一時間くらいの予定です。通勤時間帯だからもう少しかかるかもしれません。

おトイレはどうですか、行きたい人は、できればここで済ましておいてくれると、予定通り進めます。

それから、車に乗ったらお洋服を着替えてください。三人分それぞれご用意してあります。チョット高級なホテルなので、ドレスコードをいわれていて、体操服で中に入ることはできないみたいです」

「お洋服は、事前に送ってあったんですか、いつも着ている自分のお洋服ですよね」

「えーと、違うと思いますよ、シオン君とサーナさんが来てから、急遽用意されたものだと聞いています。サイズが合うかどうか。でも、明日以降は、好きなものを買いに行けば良いので、今日だけ我慢してください」

「着がえた体操服は」

「きょうは、そのまま車に置いておきましょう。沖縄での移動は、ずっとこの後乗り換える車ですから、袋を用意して後から下ろしましょう。運動靴も置いていきましょう」


ちいちゃんが、目を開けた。いつものちいちゃんだ。

「私、おトイレに行きたいんですけど」

「はいはい、そうでしたね、行きたい人は順番に行きましょう」


そろそろ沖縄に到着なのか、窓の外に見える太陽が、横に下りてきて、とってもまぶしい。

飛行機がグーンと右に回る。窓から見える景色が、海から陸に変わっていた。

「少しづつ高度を下げていますから、シートベルトをして座っていてください」

みんなで順番におトイレを済ませて、最初に座った席に戻っている。今もちいちゃんと手をつないでいる。

「飛行機の前に、空港が見えてきましたよ。着陸しますから座ったままでお願いします」

どんどん陸が近くなる。

ガタガタ、着陸だ。沖縄に着いた。急にブレーキがかかって、スピードが遅くなる。

「アー、着いた。沖縄に着いたわ。お姉さん、今何時ですか」

「えーと、六時五分ですね。だいたい予定していた時間です」

沖縄に着いたとたん、とてもワクワクしてきた。

飛行機が、ゆっくりと建物に近づいていく。赤い棒を持った人が合図をしている。

ゆっくり、ゆっくり、飛行機が止まった。少し待っていると、エンジンの音が止まった。

「はー」

「はい、お疲れさまでした。沖縄那覇空港に到着です」

学校を出て三時間あまり、予定通り沖縄に着いた。自分は意識していなかったが緊張から解放された気分になった。

「はー、疲れた。ずっと座っていただけなのに。ちいちゃんは、マナちゃんは」

「私も、あー、疲れた」

「緊張するって、疲れるのね」

ちいちゃんが言った。

「さー、降りましょう。シオン君、サーナさんが待っているわ」


飛行機を降りて、用意されていた車に乗り換えた。十人くらいが乗れる四角い車だ。中には、着替えの服が用意されていた。

「はい、これがマナちゃん、これがちいちゃん、これがみいちゃんの服ね」

「えーと、ワンピースですね、こんなにきれいなお洋服、もったなくないですか、たった三日間のために、これって、持って帰って良いですか」

「良いと思いますよ、三人のために用意した服ですから」

「着てみてください。あと、靴下と、靴はサイズが小さいとはけないと思って大きめだと聞いています。あわなくても今日だけは我慢してください」

三人は、体操服を脱いで用意されていた服を着てみた。チョット長かったり短かったりしているが、良い感じだ。履いていた靴下を履き替えて、新しい厚底の靴を履いてみる。チョット大きめ。でも大丈夫そうだ。

お着替えをしている間に、車は海沿いの道に出ていた。太陽が海に隠れて少しだけ暗くなっていた。

「混んではいませんね。スイスイと行けそうですね」

「ホテルに、シオンとサーナは戻っているんですか」

「どうでしょう、わかりません。戻っていると良いんですけど。ホテルに電話してみましょうか」

お姉さんが、スマホを出して電話をする。

「もしもし、もうすぐホテルに着きます。・・・はい。シオン君とサーナさんはホテルに戻られているのですか。・・・はい。・・・ハイ、そうですか。伝えます。では、後ほど」

電話を切った。

「えーと、戻ってはいるみたいです。でも、夕日をバックに、ホテルのビーチに出て撮影の途中だそうです。みんなが来るから、どうしても今日中にお仕事を終わらせたいって、頑張っているみたいです」

「そうですか。お仕事の邪魔だけはしないようにって、きつく言われてますから、ちょっとだけ遠回りして、お仕事が終わったあとにホテルに着けましょう」

運転手さんにお願いをした。

「今の時間なら、衣料品のお店はやっていませんか、明日からのお洋服を買ってしまうってどうですか」

「そーね、それじゃあお店を探しましょうか」

運転手さんが、海沿いの道から明るい方に向きを変えた。


少し走るとショッピングセンターが見えてきた。何時までだろう。

「ここで良いですか、えーと、八時までですね」

「はい、入りましょう。おばあが言ってた通りだわ。何にも持って行かんでも良いって。ほしけりゃあ、買えば良いって」

玄関前に車を止めて、お姉さんと四人だけ車から降りる。

「終わったら連絡します」

運転手さんがオーケーの合図を出して、駐車場の方へ走っていった。

「さあ、あまり時間をかけないでくださいね、シャツとズボン、靴を買いましょう」

お店の中は、とても涼しかった。食料品も売っているらしく、買い物籠を待った人がたくさん出入りしている。

「えーと、かわいらしいお店はどこかしら。上から下まで一緒のお店で買えればラクチンなんだけど」

「えーと、あそこ、ジーンズショップでどうですか。シャツ、パンツ、靴、帽子、カバン、全部そろいそうですけど」

「あー、良いじゃない。気に入ったものがあったらサイズだけチェックして手に取ってください」

「えーと、パジャマになりそうな服も買っちゃいましょう」


三人は、ティーシャツにジーパン、靴下に帽子、迷うことなくお姉さんが持っているかごに入れていく。

「そろそろどうですか、ズボンの丈を合わせてもらいますから試着室に入ってください」

流れ作業のように、次、はい次と、丈をあわせてお店にお願いした。

みんなの荷物をまとめて袋に入れてもらって、お金の支払いまで終えた。

「はい、足らないものがあれば、また買いにこれば良いから。行きましょう」

「はーい」

いよいよホテルだ。シオンとサーナが待っている。


道路から少し入った、海沿いの大きなホテルに着いた。

「わー、なに、大きなホテルね、ちょっと緊張しちゃうなあ」

玄関の前に男の人が立っている。シャキッとした服を着て、真っ白い手袋をつけている。

玄関の前に車を止めると、運転手さんが車を降りて、私たちが降りるドアを開けてくれた。

「いらっしゃいませ、お待ちしておりました。マナちゃん、ちいちゃん、みいちゃんですね」

「こんにちは」

玄関の回転扉から人が出てきた。シオンだ。

「おーい、シオン」

車の中から手を振る、

アッ、サーナも回転扉から出てきた。

「おーい、サーナ」

車から降りて、みんなが代わる代わるハグしあった。

「元気だった、お仕事はどう」

「オー、ゲンキ、ゲンキ。フィニッシュシタヨ。オールフィニッシュ」

「まー、みんな兄弟みたいね。家族じゃないの」

お姉さんが、みんなを見ていった。

「お仕事、終わったの、明日からフリータイム」

「オー、イエス、オールフィニッシュ。アシタカラフリータイム」

「まあ、まあ、中に入りましょう。ちょっと落ち着いて静かにしましょうね」

「ハーイ」


回転扉をぬけてホテルに入ると、目の前にエレベーターが上がっていくのが見えた。カプセルがゆっくり上がっていく。そのまま上を見ると、きれいなガラスの天井が見える。外は暗くなってしまったが、大きな照明がきれいなガラスに反射して、キラキラと輝いていた。

「チェックインの手続きをするから、そこに座って待っててくれる」

私たちを迎えに来てくれた佐藤お姉さんと、シオン、サーナについていた加藤お姉さんが、カウンターに向かった。

「こっちに来てから、お天気はどうだったの。レインはないの」

「オー、グッドウェザー、ベリーホット、エブリデイ」

「じゃあ、ノートラブル、スケジュールは、オールフィニッシュなの」

「オー、イエス。フォーテゥマロー フリータイム」

「やったー、海、キレイだった、泳いだ」

「ギラギラサンシャインねー、プール&プライベートビーチ、ベリーグッド」

「チイチャン、コンディション、グッド」

サーナが、ちいちゃんに聞いた。

「ノープロブレム、アイムハッピー、ベリーハッピーよ」

五人は、たった二日離れていただけなのに、お互いに話をしたくてしたくて、会話が途切れなかった。


「お待ちどうさま、三人のチェックインが終わりましたから部屋に入りましょう。五人同じ部屋みたいだから、シオン、サーナに案内してもらいましょう」

「ハイ、ハイ、レッツゴー」

シオンとサーナが立ち上がってエレベーターに向かう。

三人とおねえさんが、後に付いて行く。

「私、お腹がすいた」

マナちゃんが言った。

「そうねー、お部屋に入ってちょっと休んでから、ご飯にしましょう。レストランも案内してね」

「オー、イエス」


ホテルの最上階までエレベーターで上がる。ふかふかの絨毯が敷かれている静かな廊下を歩いて、大きな扉の前に着いた。、お姉さんが、扉にカードを近づけてカギを開ける。

カチャ。

重たそうな扉を開けてくれた。

「エー、広っ。何、このお部屋」

十人も座れそうなソファが並んでいる部屋。隣にはベッドが並んでいる部屋。反対側には食事をするためなのか、大人が会議をするためなのか、大きなテーブルにいすが並んでいる。おトイレにお風呂場、とっても広い洗面所、それから、ソファが並んでいる部屋からは、ベランダに出られそうだ。おしゃれないすとテーブルが並んでいる。

「この広いお部屋、二人で使っていたの、ディスルーム、シオン、サーナ、オンリー」

二人がうなずく。

「昼間は撮影でいなかったんでしょ、帰ってきて寝るだけだったんでしょ」

「イエス」

「まー」

「とにかく、いったん座って落ち着きましょう。お着替えしたい人は、買った服にどうぞ」

お姉さんが言った。

三人が顔を見合わせ、

「今日はこのままで。せっかく用意してもらったし、あとはごはん食べたらまた戻ってきますよね」

「はい、そのつもりですよ」

「じゃあ、そうしましょう」

「ちいちゃんの体調、良さそうね、良かった」

「はい、飛行機の中でみいちゃんから元気をもらって、マナちゃんにいつも通りに戻してもらって、今は普通です。いつも通りです」

「それは良かったわ。ホテルにお医者様をいつでも呼んでいただけるように手配してありますから、安心してください。調子が悪くなりそうだと思ったら、遠慮なくいってくださいね」

「はい、ありがとうございます」

「それでは、食事に行きましょうか。おトイレは良いですか」

「あー、おなかがすいた。早く、行きましょう」


ホテルのレストランに入った。私たち七人は個室でご飯を食べるみたいだ。

「シオン、サーナ、あなたたちのマネージャーさんはどうしたの」

「カエッタヨ、オールフィニッシュで、あとはプライベート。セキュリティーのオネエサンオンリー」

「ふーん」

「お姉さんたちのお部屋は何階ですか」

「えーと、五階です。用事があれば、お部屋の電話から番号を押して呼んでください。みんながお泊りするお部屋は最上階で、専用のエレベーターになっています。いろいろ普通のエレベーターとは違いますから、何かあっても私たちがお部屋に着くまで待っていてください」

「ところで、明日の予定はどうしましょうか。時間とか行先とか。何か計画しているものはありますか」

五人は、顔を見合った。

「きれいな海も行きたいですけど、水族館には行きたいねってお話をしていました。大きなサメがいる水族館」

「あー、美ら海水族館ですね。明日行きますか、あさってでも良いですけど。私たちが滞在する間のお天気は、ずっと良いみたいですから」

「シオン、サーナは」

「アクアリウム」

二人の声がそろった。

「じゃあ、水族館にしましょう。あとで、運転手さんにどのくらいかかるか聞いてみますから。途中に観光地があればお願いしてみましょう」

「イエーイ」


楽しいお話をしながら、次々に運ばれてくるご飯を食べる。

「これって何ですか」

見ても、食べても何かわからないお料理もあったが、全部おいしい。お腹がいっぱいになっても、まだまだ運ばれてくる。マナちゃんは、途中から食べられなかった。

最後に、果物とアイスクリームのデザートが出た。

「デザートは別腹なの」

と言いながら、デザートはしっかり食べた。

「あー、おいしかった。でも、明日からはもう少し量を減らしてもらえるようにお願いできませんか」

「そーね、係の人に言っておきますね」


デザートを食べ終えてお話をしていると、急にマナちゃんが泣き出した。

「マナちゃん、どうしたの、食べ過ぎてお腹が痛くなった」

お姉さんが聞いた。

「ううん、とってもうれしくて、涙が出ちゃった。私って小さいころからお友達ができなくて、日本に帰ってきてからも独りぼっちだった。今ここにみんなできて、お話しできていることが夢の中にいるみたいなの。青波に転校してきて、縦割りの班でみんなといっしょになっていなかったら、・・・ずっと独りぼっちのままだったなって。シオンとサーナが転校してきて、お友達ができて、英語で普通に会話ができて、本当に、本当によかったなって」

「・・・沖縄に誘ってくれて、ありがとう」

お部屋の中が静かになった。

「マナちゃん、私もおんなじよ。青波に転校してくる前は、お友達もできなかったし、学校に行くのがとっても嫌いだった。お勉強もついていけない。体育の授業は、遠くからみんなを見ているだけだった。授業が終わって、一人で歩いて帰って、カギを開けてうちに入ると、アー、行きたくない、イヤだって、毎日考えてた」

シオンとサーナも、静かに聞いている。

「でね、青波に転校してきておじいとおばあの家にお世話になって、すぐに言われたの。おじいがね、私の目の前でパチンて手をたたいてね、今、みいちゃんの今までの生活から新しい生活に切り替わりました。今までの生活や思い出は、今までの場所に置いてきてください。切り替わった場所に、今までの生活を持ってくることはできませんって」

「・・・・・」

「お母さんとの楽しい思い出も、学校生活の嫌な思い出も、全部、前に生活していた場所に置いてきてくださいって。切り替わった新しい場所は青波島です。これから一つづつ新しい思い出を作っていってください、って」

「ふーん、で、みいちゃんは前の場所の思い出は、全部置いてこられたの」

「うん、お母さんとの楽しい思い出だけ、持ってきたかったけど、置いてきた」

「そー、強いなあ。うらやましいわ」

「ううん、ぜんぜん強くないわ。お母さんのことを思い出して、布団に入って泣いてた」

「・・・・・」

「時間がね、お母さんとの思い出をね、置きに行ってくれたの。気がつかないうちに」

「ふーん」

「・・・・・」

「さー、お部屋に帰りましょうか。おなか一杯になったから、眠たくなっちゃうわね」


お姉さんが開けてくれた部屋に入った。お姉さんたちがいろんな場所をチェックしてから、「じゃあ、私たちは部屋にいるから、用事があれば連絡して。アッ、そうそう、水族館まで遠くないって。途中に果物公園があるみたいだから、寄り道しながら行ってみましょう。そーねー、七時半にお電話するから、お支度してから朝ごはんにしましょう」

「はーい」

「それからね、このお部屋の鍵、私たちが持っているけど、予備キーを渡しておくわ、緊急の時のために。使わないまま過ごせたら良いけど」

「私たちが来たときは、ピンポンを三回鳴らします。三回ピンポンを押してから、ドアを開けますね」

お姉さんたちが部屋から出て行った。みんな、大きなソファーに座って一休みだ。


「ちいちゃん、体調は、いつも通りになった」

「うん、いつも通りよ」

「良かった」

「サーナ、こっちに来てからのお洋服はどうしたの、わたしたちね、このホテルに来る前、ショッピングセンターでお買い物してきちゃった。せっかくきれいなお洋服を用意してもらったけど、明日からは、いつもみたいにティーシャツにジーパン」

「オー、グー。シャツ&パンツ、ミーテゥー。アンド、キャップ、サンダル」

「良かった。同じね」

「ベッドは、どのベッドで寝ていたの、私たちはどこで寝ればよいの」

「オー、ドコデモオーケーねー」

「うーん、そうなんだけど、・・・じゃあ、シオン、サーナ、マナちゃんは、こっちのベッドで、ちいちゃんと私は、隣のお部屋のこっちにするけど、良い」

「ハーイ、オーケー」

「マナちゃんは、良い」

「わたしは良いけど、みいちゃんとちいちゃんは良いの」

「ノープロブレム。オーケーよ」

「また明日になったら、好きな場所で寝ればよいから、ね」

「うん」


「あー、疲れた。シャワールームは二つあったわよね。サーナ、お先にどうぞ、マナちゃんもどうぞ」

「・・・・・」

「マナちゃん、良いのよ。そんなところで気を使っていたら疲れちゃうわよ、さっ、入って、入って」

「うん、じゃー先に」


きょうは、つい何時間前まで青波の学校にいた。学校から、ひとっ飛びでここに着いた。なんだかとっても不思議な感覚だ。

「ちいちゃん、明日の朝、この窓から見える景色がとっても楽しみじゃない」

「そーね、こんなぜいたくできるのって、一生に一度きりじゃないかなあ。サーナとシオンに感謝しなきゃ」

「うん、そうやって考えると、お金があるってすごいことね。ないよりあった方がよい程度にしか考えてなかったけど、・・・」


シオンとサーナは、暑い中での撮影を終えて、一度はシャワーを浴びていたみたいだった。髪もぬらさずに、とっても短い時間で出てきたので、歯磨きと着替えだけをしたのかもしれない。

「ちいちゃん、次、どうぞ」

「うん、先にいいの」

「いいわよ、あしたは先に入らしてもらうから」

「うん、じゃー今日は先に行くね」


みんな、お風呂から出てそれぞれのベッドに寝転んだ。

「ちいちゃん、体調悪くならなくてよかったね。マナちゃんのシンガポールのお話がいつも通りに戻してくれたのね」

「そうよ、沖縄に移動していることを忘れて聞いていたの。タクシーでお荷物を運んでもらうって聞いて、青波と一緒だって」

ベッドに寝転んで話をしていると、隣の部屋からマナちゃんが来た。

「どうしたの」

「サーナもシオンも眠っちゃったみたいなの。暑い中でお仕事して疲れちゃったみたい」

「そー、私のベッドに寝転んでもいいわよ。お話しましょ」

「うん」

マナちゃんが私のベッドにあがって座った。ベッドの上は、二人いてもまだまだ余裕がある。

「シャワーをしてのどが渇いちゃったけど、飲み物はないのかなあ」

「冷蔵庫とか、ないのかな。シオンとサーナをおこすのはかわいそうだから、お姉さんに電話して聞いてみましょうか」

ベッドの横にある電話でお姉さんたちの番号を押す。プルルル・・プルルル・・・カチャ

「アッ、お姉さん、この部屋にお飲みものはありませんか、のどが渇いちゃって」

「はい、・・・はい、・・・じゃ、待ってます。はーい。アッ、サーナとシオン、もう寝てるから、ピンポンなしで、ドアをノックしてください。小窓から顔だけ見ますから。じゃあ、待ってまーす」

ちいちゃんが電話を切る。

「今から、お姉さんが来て見てくれるって。少し待っててだって」

「多分、冷蔵庫にミネラルウォーターとかフルーツジュースが入っていると思うけどって、見に来てくれるって」

「おこしちゃいけないから、静かにしないと」


結局、マナちゃんと私と同じベッドに寝た。しばらくお話をして、ちいちゃんのあくびを見て、寝ることにした。何時に寝たのかはわからない。電気を消して、ひつじを数えることもなく、眠りについていた。夜、おトイレにおきることもなかった。



目が覚めた。お部屋の中は真っ暗のままだ。時計を見ると、六時半。いつも起きる時間だ。

マナちゃんが横で寝ている。

隣のベッドにちいちゃんがいる。私がごそごそと動いたのを見て、こっちを向いた。もう起きていた。

「おはよう、もうおきていたの」

「うん、少し前。一度目が覚めたら、もうねられない」

「体調は、いつも通り」

「うん」

「カーテンを開けてみたいけど、マナちゃんがおきるまで待つわ。どんな景色が待っているのか、とっても楽しみ」

アッ、隣の部屋からサーナが顔を出した。

「おはよう」

鼻の先に人差し指を近づけて、シーの合図をした。

サーナがうなずく。

ちいちゃんが、自分のベッドを指さして、サーナを誘導する。

サーナがベッドに上がって、ちいちゃんの横にもぐりこんだ。まだ、眠たいのかもしれない。私たちの声が聞こえて、おきてしまったのかもしれない。


今日から三日間、どんな日になるんだろう。とっても楽しみだ。


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