シオンとサーナのお仕事に①
私が青波の学校に転校して半年以上が過ぎ、毎日楽しい学校生活を過ごしている。生活のリズムにも慣れ、行きたいとか行けないとか、考えることすら忘れている。
この家にシオンが来て数か月がたち、言葉の壁を感じる機会も減ってきた。最初はどうなることかと心配したけど、私が英語を覚え、シオンが日本語を覚え、何となく会話できている。身振り手振りのジェスチャーをすることも少なくなった。サーナやマナちゃんが遊びに来て、ちいちゃんと五人でお話をする時も、それほど困ることはなくなった。
一度、ちいちゃんの家のお庭でバーベキューパーティーをやった。日本語と英語がごちゃ混ぜの会話だったが、困ったことはなかった。
学校では、学力に合わせたクラスで授業を受けている。自分のクラスを離れて授業を受ける科目は少なくなった。シオンとサーナも、国語以外は自分のクラスで授業を受けている。まだ、授業中の言葉の壁はあるみたいで、補助の先生が付いている。
青波小学校に通うみんな、学校にいけないなんて考えている人はいないと思う。
だって、楽しいから。
だって、うれしいから。
今日も、いつも通り学校に行って、お勉強をして、みんなと遊んで、うちに帰ってきた。シオンといっしょに宿題をやって、あしたの準備をして、おじいを迎えに行って来た。手洗いうがいをしてから、テーブルについた。
「はい、いただきましょうか」
「いただきまーす」
今日のおかずは、トマトサラダ、お刺身、クリームコロッケ、かぼちゃのお味噌汁。
おばあが作ってくれたおかずは、いつでもとってもおいしい。シオンがこの家に来たばかりのころは、苦手な野菜があったみたいだったが、今はないみたいだ。小さく刻んだり、お肉に巻いたり、全然心配ないみたいだ。
「おじい、きょうの釣果はどうだった」
「ノーグッド」
「そう」
「今は、潮目が悪い。えさも食わん」
「そう」
「そういえば、シオン、ママからメールが入っていたわよ、お仕事だって。後から連絡してみなさい」
シオンは、ご飯をほおばりながらうなずいている。
「サーナにも同じメールが届いていると思うけど」
「ここにきて髪の毛を切ってないでしょ。ママにどうすれば良いか聞いてみなさい」
シオンは、ごはんが優先みたいだ。ただ、うなずいている。
おじいとおばあはお茶を飲んでいるが、ご飯は終わった
私とシオンは、いつも通り自分が使った食器を流し台まで運ぶ。
「冷蔵庫にブドウがあるわよ。食べる人は出して」
「うーん、お風呂を出てからにする」
「そー、じゃーシオンもそうしなさい。お風呂のあと」
シオンは、食器を片付けてパソコンに向かっている。マウスを操作してママからのメールを開こうとしている。
私も横に行ってメールを見たが、英語が並んでいることしかわからない。
「なんて書いてあるの」
「アー、フォーネクストサマー シャツ&スイムスーツモデル」
「ふーん」
「オキナワ フォーデイズ」
「えー、いいなー、沖縄なの、私も行きたいなー」
「オー、グー、レッツゴー、ウィズミー」
「こら、遊びに行くんじゃありませんよ、お仕事」
「うーん、行きたいなー。いつからなの」
「ネクストウェンズデイ、スタート。サタデー、フィニッシュ」
「いいなー」
「シオン、ママにつないでみて。少し早いけど、出てくれるでしょう。私も沖縄に行きたいです、行けますかって聞いてみて」
「ハーイ」
ママのパソコンにアクセスしてみる。やり方はワンクリックだ。シオンがこの家に来てからすぐ、役場から人が来て設定をしてくれた。ワンクリックするだけで、ママのパソコンにつながるようになっている。おばあが、ちいちゃんの家に連絡を取っている。サーナにも同じメールが届いているか聞くのだろう。
「アッ、ママ」
つながった。顔を見ながら会話ができる。いつも通りきれいなママだ
英語で会話が始まった。聞き取れるところと、わからないところと、半々くらいだ。
女性用ファッション雑誌の仕事みたいで、シオンとサーナを指名してきたみたいだ。離れたところにいるからと、ママが一度は断ったみたいだが、どうしてもお願いしたいと再び依頼があったようだ。
シオンとママの会話の中に、私やみいちゃんの名前が出てきた。いっしょに行けないかを聞いてくれているみたいだ。
ママから、
・お仕事には、同行しないこと。
・おばあ、おじいの許可を得ること。
・今日中に決めること。
という条件で、お許しが出たみたいだ。
回線を切った。シオンとおばあの話が始まった。
「プリーズ、パーミット、(許す)、プリーズ」
「また急な話ねえ、うーん、水曜日から土曜日まで学校を休まなきゃならないのでしょ、シオンとサーナはお仕事で行くのよ。遊びじゃないの」
シオンが、おばあへ交渉を始めた。
・お仕事はしっかりやります。
・交通費・宿泊費・食事はママにお願いします。
・自分とサーナ二人だけ先に行って、お仕事を終えます。
・後から行く私の付き添いを、ママにお願いして付けてもらいます。
・お勉強は、帰ってきてからちゃんとやります。
そんな話をしていると、
「おー、行ってこい。行ってきなさい」
横で聞いていたおじいが言った。
「いま言っていたことを守りますって言うのなら、行ってこれば良い。ちいちゃんの家に相談してみなさい。一緒に行きませんか、行っても良いですかって」
いつも、おじいが決めたことに、おばあは何も言わない。
「わーい、おばあ、行っても良いの」
「おじいが、行ってきなさいって。約束を守るなら行って良いですって」
急な展開を、シオンも理解したようだ。
私とシオンは抱き着いた。
「ワーイ、おじい、ありがとう。ちいちゃんちに行ってくる。シオン、行こ」
外は真っ暗だ。でも、そんなこと言ってられない。今日中に決めてシオンのママに報告しなければならない。
草履をはいて、懐中電灯を持って、走って出た。急いでいけば、五分もかからない。
「こんばんは」
「はーい、どうしたの、こんな遅くに。今、おばあから電話があって、ママと話しているけど。なに、どーしたの」
サーナも出てきた。
「サーナ、ママからお仕事の連絡が入っていたでしょ」
「ハーイ」
「来週から沖縄だって書いてあったでしょ」
「ハーイ」
「うちでもその話を聞いて、私が付いていきたいって言ったの。そしたら、おじいが行ってきなさいって、ちいちゃんも行かないかって。一緒に行ってくれるのなら今夜中にシオンとサーナのママに連絡しなきゃならないの」
その時、ちいちゃんの表情が変わったことに気がついた。
「うーん、私も行きたいけど」
「・・・・・」
「また、病気が・・・」
「大丈夫よ、このあいだ課外授業行ったじゃない。いつも通りって、行ったじゃない」
「・・・・・」
「大丈夫よ。いつも通りって、大きな船のドクターも言ってたじゃない。途中で具合悪くなったら、帰ってこればいいじゃない」
「うーん、・・・」
ちいちゃんのママが、おばあとの電話をきって、玄関に出てきた。
「サーナ、ママにつないで。お話したいから」
サーナが部屋に入ってパソコンに向かう。うちと同じように画面をワンクリックしてママを呼ぶ。
直ぐにつながった。ママだ。
サーナがママと少しおしゃべりをしたあと、ちいちゃんのママが画面に入った。
挨拶をしていることはわかったが、あとはわからない。でも、私たちが仕事に付いていくことを許してくれるのか、それから、ちいちゃんの病気を説明しているみたいだった。
お話は、しばらく続いた。
お話を終えて、ママが玄関に出てきた。いつもの優しそうなママではなかった。
「サーナのママがね、サーナとシオンのために行ってくれませんかっていうの。サーナとシオンのお仕事を終わってから、日をずらしてって。みいちゃんのおばあからも、行かしてあげたいって、連絡があったわ。私も行かしてあげたいと思っている。でもね、みんなも知っている通り、ちいの病気はいつでるかわからないの。もしもを考えると、はいどうぞとは答えられない」
ママが、シオンとサーナに英語で説明をした。
みんな、考えた。どうしたら良いか、みんな考えた。今回は我慢するか、何か良い方法を見つけ出して、沖縄に行けないか。
「・・・・・」
「アー、〇▼×??△・・・・・・」
サーナが、英語で話す。いっぱい話す。ちいちゃんのママに向かって話す。
「あのね、サーナがね、沖縄まで最短時間で行けるようにママにお願いするって。出発する時からベッドに乗って、横になったまま行けば良いって。ヘリコプターでも飛行機でもなんでもママにお願いするって」
「オー、グッドアイデア、ベッドインスタート」
「えー、いやよ、病気でもないのに病気になったみたいで」
ちいちゃんが言った。
「そうね、それは大げさだけど、ちいの気持ち次第ね」
「うーん、・・・・・」
「そうね、自分でコントロールできれば良いんだけど、・・・。でも、前に住んでいたころに比べれば、とっても成長できているわ。毎日学校にも行けているし、この間は課外授業にも最後まで行けたでしょ。最初はどうなるのかと思ったけど、周りのお友達に助けられてみんなといっしょに行動できたでしょ。一年前では考えられなかったわ。挑戦ね、ダメなときは帰ってこれば良いから、行ってみる、挑戦してみる」
「うーん」
「ちいちゃん、行ってみよ、マナちゃんも誘ってみて、この間の課外授業みたいに、いつも通りって、いってみよ」
「ちい、その気持ちよ、もしかしたら出るかもしれない、どうしようって考えるから。ダメならその時考える。やってみよう、行ってみようって、明るく前向きに考えなきゃあ」
「ママは、行く」
「ううん、行かない。ここで待ってる。ただいまって帰ってくるのを待ってる」
「出たらどうするの、もし出たら」
「救急車を呼びなさい。助けてくれるわ。お友達が周りにいるから助けてくれるわ。この間、病院の先生が言っていたでしょ、転校してからグングン良くなっていますねって。もう少し頑張りましょうねって。ちいちゃんの気持ち次第ですよってね」
「うーん」
「ママが行かなきゃ、、おじいが付いていくか」
中からちいちゃんのおじいが出てきた。
「駄目よ、おじいが足手まといになっちゃうでしょ」
ちいちゃんが、くすくすっと笑った。
「どうする、挑戦する」
「うん、行ってみようかな。少しだけ頑張ってみようかな」
「はい、決まり。サーナ、ママに連絡をしてみて」
「ハーイ」
サーナが、再びパソコンを開いてママを呼んだ。
サーナが、私とちいちゃん。もしかしたら、マナちゃんも沖縄に行くかもしれないということを伝えると、お許しが出た。
ちいちゃんのママがサーナとシオンのママとお話をして、最後に、何度も何度もパソコンに向かってお辞儀をしていた。
サーナとシオンのママとの通信を切って、今日はお家に帰る。
「ちいちゃん、サーナ、またあした。おやすみなさい」
「シオン、帰ろう」
ちいちゃんの家を出て走って帰ると、おじいがうちの前に出ていた。
「おじい、ただいま。いろいろ話をしていて遅くなっちゃった。シオンのママにお許しをもらって、行けることになった」
「そーか。そりゃあ良かった。おばあが待ってるで、何があったのか話をしなさい」
「うん」
うちに入ると、おばあが電話をしていた。ちいちゃんのママと話をしているのかな。
「今、帰ってきました。では、おやすみなさい」
電話を切る。
「おかえりなさい。長かったわねー」
「うん、いろいろあったから。でも、シオンのママにお許しをもらって、行けることになったから」
「そう、それは良かった。ちいちゃんのママがマナちゃんのお家に電話をして、あした、もう少しお話をすることになったみたいよ」
「そう、私たちも明日学校でマナちゃんとお話しするわ」
「そーね」
いつものように四人で学校に行くと、マナちゃんが私たちのクラス近くで待っていた。
「マナちゃん、おはよう」
「きのう、ちいちゃんのママから電話があったって。シオンとサーナのお仕事に付いて行くって、私も行けるの」
マナちゃんが、ヒソヒソ声で言った。
「うん、シオンとサーナのママには伝えてある。マナちゃんのおばさんは何て」
「もう少し、ちいちゃんのママからお話を聞いて、それからって言われてるわ」
「そーね、そんな簡単に決められないわよね」
マナちゃんが、シオンとサーナに英語で話しかけた。私には、ところどころしかわからない。どうも、私も行きたいという話をしているようだ。
キーンコーン カーンコーン。朝のチャイムが鳴った。
「マナちゃん、放課後に話しましょう」
「うん、じゃ、あとで」
マナちゃんが、自分のクラスに帰っていく。
きょうの午後は、ちいちゃんのママがシオンとサーナの付き添いをする当番になっている。授業が終わってから、お話ができる。楽しみだ。
きょうの授業が終わった。ちいちゃんのママが職員室から出てくるのを校門の前で待った。
いつもならすぐ出で来るが、今日は少し時間がかかった。
アッ、出てきた。
「お待たせ、みんなでマナちゃんの家にいきましょう。昨日の話をもう少し詳しくお話して、それからね」
「はーい」
マナちゃんの家は私たちの家からは反対側だ。でも、そんなに遠くない。歩いて十分くらいだ。
マナちゃんの家が見えてきた。
マナちゃんが家に入って、おばさんを呼びに行く。
「ばっちゃん、ただいま。ちいちゃんのお母さんといっしょだよ。私も行きたい」
うちの奥でお話ししているのが聞こえる。
「はーい、すみません、わざわざ来ていただいて。あら、みんないっしょなのね。いつも一緒に遊んでくれてありがとう。今回もお誘いしてくれて、ありがとう。一緒に行っておじゃまじゃない」
「ぜーんぜん。一緒に行けますか」
「ちょっと、待ってね。ちいちゃんのママからお話を聞いてからね」
マナちゃんとは、課外授業が同じ班になってから、一緒に遊ぶことがよくある。私の家にもちいちゃんの家にも遊びに来る。私たちもマナちゃんの家には何度かきた。
マナちゃんのおばさんは、一緒に行ってお邪魔ではないのか。ちいちゃんのママは、ちいちゃんの身体のことを説明しながら、学校にも話をしてあるから問題はありませんというような話をしばらくした。
シオンとサーナは飽きてしまったのか、マナちゃんの家に入ってマナちゃんと英語がでお話をしている。
「それじゃあ、サーナとシオンは火曜日の放課後出発します。三人は木曜日の放課後に出発しますから、よろしくお願いします」
話は決まった。
「わーい、みんなで行けるのね」
「やったー」
マナちゃんたちも家から出てきた。
「細かな話は追ってご連絡しますから」
「よろしくお願いします」
「さあ、帰りましょう。おじいとおばあが待っているわよ」
「ハーイ。マナちゃん、またあした」
ママが言っていた細かな話が何を指すのかよくわからないが、とにかく行けるみたいだ。
学校の横を抜けて、うちに帰る。
「ちいちゃん、サーナ、バイバイ、またあした」
「バイバイ」
ちいちゃんと別れてからは、走って帰った。
「おばあ、ただいま」
「おかえりなさい、手洗いうがいをしなさい。今日はいつもより遅いから、宿題をやっちゃいなさい。終わったらごはんにするから」
「はーい」
いつもなら、宿題が終わるとお菓子や果物が待っているけど、きょうはなしだ。おじいも海から直ぐ帰ってきた。
計算ドリル、プリント、国語の本読みをして、宿題は終わった。明日の準備をしてカバンを玄関まで持って行ったら終わりだ。
いつもより、一時間くらい遅くなった。食卓に着いて、四人でいただきますをした。
「どうなった」
「うん、マナちゃんも行くことになった。私たちは木曜日の放課後に出るってちいちゃんのママが言ってた」
「そーう、放課後から出ると遅くなるわね。おじいの船で行くのかしら」
「さー、細かいことは追ってお知らせしますって」
「そー」
「シオンは、いつスタート」
「チューズデイ、アフタヌーン、スタート」
「そう、火曜日でも木曜日でも、授業が終わってから出ると向こうに何時に着くのかしら。岡山に入る前に暗くなっちゃうわよ。でも、シオンとサーナは水曜日の朝からお仕事ができるから、水、木の二日間で撮影が終われるようにしたのね」
「課外授業の時と同じように、おじいの船でガクリまで行って、船を乗り換えて小野の港まで行って、電車で一時間。やっと岡山でしょ。それから電車と飛行機で行ったら、遅くなるわね。そんな遅い時間に飛行機は飛んでいるのかしら」
「シオンのママとちいちゃんのママが考えてくれるでしょ」
「そーね。それよりちいちゃんが、いつも通りって思えるように、がんばらなくちゃ」
「それもそうね」
「学校は」
「ちいちゃんのママが教頭先生と笹木先生にお話ししてくれたって。笹木先生がね、大きな声では言えないけど、私も付いていきたいって言ってたんだって」
「ふーん、そうなの」
「シオン、日曜日、ママとお話しするから、お礼を言わなきゃ」
「イエス、サンデイ、オーケー」
今日は日曜日、みんなでちいちゃんの家に集まることになっている。シオンとサーナが出発する火曜日、私たちが出発する木曜日の予定がわかってきた。
火曜日も木曜日も、課外授業の時に来てくれたセキュリティーのお姉さんが学校まで来てくれる。授業が終わったら、学校からヘリコプターに乗って岡山空港まで行くようだ。岡山空港からは、私たちだけのために飛行機が待っていて、すぐに沖縄まで行けるということになっている。ヘリコプターも飛行機もシオンとサーナのママが予約をしてくれた。セキュリティーのお姉さんたちも指名をしてお願いしてくれた。
授業が三時に終わったとして、明るい間に沖縄まで行けると聞いた。初めてのヘリコプターだ。ワクワクする。
「ちいちゃん」
「はーい、どうぞ」
「おじゃましまーす」
玄関を開けると、ちいちゃんとサーナ、マナちゃんも来ていた。
「おはよう。ちいちゃん、体調はどう。いつも通り」
「うん、いつも通りよ。自分に言い聞かせてるの。チョット行って、帰ってくるだけだって。いつも通りだって」
「そうね、その調子」
「いらっしゃい」
ちいちゃんのママだ。
「五人そろって、何の相談。ゆっくりしていって」
「はい、ありがとうございます」
いつも通り、ちいちゃんのお部屋に入る。
「あのね、わたしおばあに言われたの。いつも通りだったら、計画もたてない、お荷物も考えない、特別に何もしないのよねって」
「そうだけど、せっかく沖縄まで行くのに何も計画しないって」
「うん、私もそう言ったわ。でも、それがいつも通りってことでしょって言われて、そのとおりだなって思ったの。だから、何も考えないで行こうかなって」
「ふーん。でも、出発する日は学校からそのままヘリコプターに乗るんでしょ、着替えとかお荷物は持って行かないといけないわ」
「うん、私もそう言ったんだけど、おばあがね、何もいらないって。いつも通り授業が終わったら帰ってくるつもりで行けば良いって」
「えー、下着とかどうするの」
「私も同じことを考えたわ。どうするのっておばあに聞いたら、必要だと思ったら、向こうで買いなさいって。外国に行くわけじゃないんだから、言葉も通じるしお店だってあるし、いつも通りに学校に行きなさいって」
「へー、何だかいつも通りすぎて怖い気がするけど」
「でも、買ったらお荷物が増えるってことでしょ、持って帰ってくるってことでしょ。どうするの」
「ちいちゃんとマナちゃんと私、ずっと同じこと考えてる。私もそう思ったわ。そうしたら、課外授業の時はどうしたのっておばあが言ったの」
「ホテルからお荷物を送ったわ。行きも帰りも大きなお荷物はなかったわ」
「そうなの。何の心配もいらないって」
「ふーん」
「でね、下着だけは持って行かしてって、おばあにお願いしたわ」
「そーね」
「じゃあ、下着だけは持って行けるの」
「そー、三日分の下着だけは用意しとくって。おばあが」
「それじゃあ、ずっと体操服ってこと」
「必要だと思ったら買いなさいって。シャツにズボンにスカートに、履物」
「なんだか、すごいわね」
「最後におばあが言ったわ。いつも通りってことは、朝学校に行って、お勉強をして、給食を食べて、みんなと遊んでおしゃべりをして、帰ってくるってことよって。いつも通りの生活をしていれば、余分なことを考えることもないの。いつもと違うって考えると、どうしようって、不安なことばっかり考えちゃうの。沖縄に行くけど、いつもと違うのは寝る場所だけだって。いつもの仲良しなお友達と、ご飯を食べて海で遊んで、いつも通りって考えるの。ちいちゃんがいつも通りって思えるように、周りのみんなが揚力しなさいって」
「ありがとう。いつも通りってそういうことね」
「もしもなにかあったら、帰ってきなさいって。次の機会だってあるからって」
「うん、そうね。いつも通りにすれば頑張る必要もないわ」
「でも、せっかく沖縄までいくんだから、水族館にはいきたいなあ。大きな水槽があって、大きなサメが泳いでいるんだって。水族館だけは行きましょ」
マナちゃんが言った。
「そうね、沖縄についてからお願いしましょう。私も行きたいなあ。でも、青波にいる間はいつも通りだから」
話をしていると、ママがブドウを持って部屋に入ってきた。
「何をお話をしていたの、ちいは、沖縄に挑戦をしに行くのよね。少しだけ頑張るのよね」
「ううん、頑張らないことにしたのよ、いま。いつも通りにしていることは頑張らなくても良いってことだから。ね」
ちいちゃんが、みんなの顔を見ていった。
「そー」
いつもと変わらず、お話をして、海へ出て夕方まで過ごした。
「じゃあね、また明日。バイバーイ」
「行ってきまーす」
今日は火曜日。シオンとサーナがお仕事に出発する日だ。いつものカバンにもう一つ小さなカバンだけを持って、うちを出た。
学校には、シオンとサーナがお仕事に行くことを知っている人はいない。私たちと先生だけだと思う。普通に授業を受け、いつもと変わらない服装なので、気がつかないと思う。
今日の授業が終わった。走って教室を出る人、クラブ活動に向かう人、お友達とお話をする人、いろいろだが、シオンとサーナ、私とちいちゃんは職員室に行くことになっている。
笹木先生のところへ行って、四日間お休みすることを説明する。
「ハイ、気を付けて、お仕事頑張ってね。もうすぐ、ヘリコプターが屋上に着くことになっているから、上がりましょうか」
「イエス」
廊下に出ると、ヘリコプターの音が聞こえてきた。階段を上がって、屋上に出る扉を開けると、すごい風が吹いていた。
「オー、ノー」
屋上にヘリコプターが着陸することは、年に何度かある。ドクターヘリで島民を迎えに来る。生徒の中には、運動場から上を見上げてヘリコプターを見ている人もいるが、まさか、シオンとサーナが今から沖縄に行くとは思っていないだろう。
「じゃあね、木曜日に行くから」
ヘリコプターから、課外授業の時に一緒だったお姉さんが降りてきた。
「久しぶりね、元気だった。また、よろしくね」
ご挨拶だけして、シオンとサーナの手を取って、ヘリコプターに連れて行った。
三人が、ヘリコプターの中から手を振っている。
「じゃあね、バイバイ」
ヘリコプターは校舎から離れて、岡山空港に向けて飛んで行った。
「アー、すごい。行っちゃった。さあ、帰ろう。いつも通り帰ろう」
「うん。笹木先生、さようなら」
二人は、シオンとサーナのカバンを持って学校を出る。いつもと変わった行動をしない。いつもと同じように、お話をしながら帰った。
「おばあ、ただいまー。シオン、行っちゃったよ」
「そーみたいね、ヘリコプターが飛んで行ったのが見えたわ」
「いつも通りって大変ね、ちいちゃんのために頑張るけど、ついつい木曜日からのことを話題にしてお話ししたくなっちゃうんだけど、我慢するの」
「もう少し、ちいちゃんのために我慢しなさい」
「はーい」
「手洗いうがいをして、いつも通りに宿題ね。終わったら、おじいを迎えに言ってきて」
「はーい」
「おじい、帰るよ。シオン、行っちゃった」
「おー、そうか。ちいちゃんはどうだ」
「うん、普通よ。いつもとおんなじだから」
「そうか、それじゃー帰るか」
「ねーおじい、いつも通りってとっても大変。もうすぐ飛行機に乗ってお出かけするのに、その話をしないってとっても大変なの。ちいちゃんのためだけど、いろいろなお話をしたいなあ」
「そーだなあ。大変なのはみいだけじゃないぞ、我慢しているのはミイだけじゃあないぞ。
おばあは、シオンとみいを預かっているんだから、子供だけで遠くに行かせるって、とっても心配してる。ちいちゃんのママは、本当はついていきたくて行きたくて。でも、我慢してうちで待つんだろ。マナちゃんのあばさんだって同じよ。みんなが我慢して子供らの成長を願ってるんだ。みいだけが我慢しているんじゃないぞ」
「うーん。我慢してないのは、おじいだけね」
「そーだな、ガッハッハッハ」
「おばあ、ただいま。おなかすいたー」
「パソコン開いてみて、シオンとサーナがそろそろ沖縄に到着する時間だから。向うに着いたら連絡が入ることになっているの。あなたたちが木曜日に到着するのも同じような時間になるはずだから」
「えー、本当に明るいうちに着いちゃうのね。待って、開いてみるから」
パソコンを開いて、メッセージをチェックしてみる。まだ来てないみたいだ。
「おばあ、まだ来てないよー」
「そー、六時前には着けるって聞いているんだけど」
「本当に明るいうちに着いちゃうのね」
「先にご飯にしましょ。食べ終わったらまたチェックしてみましょ」
「はーい」
「ちいちゃんは変わりない、いつも通りなの」
「うん、いつも通りよ。あさってからお出かけすることを忘れてしまっているみたいに、シオンとサーナを送り出す時も、何にも」
「そー、がんばっているわね。不安な気持ちにならないように、余分なことを考えないように、もう少し協力してあげましょうね。みんなで元気に出発するまでもう少しだから」
「うん。みんな元気じゃないとつまらないから、もう少しがんばる」
ご飯を食べ終わり、茶わんを流し台までかたずけてパソコンをチェックする。
「えーと、あー来てる来てる。十分くらい前に着きましたって、来てる」
おばあが、時計をちらっと見た。
「ちょうど六時くらいかしら。早いわね、たくさんお金もかかってると思うけど、あっという間に着いちゃうのね」
「シオンの家だと普通かもしれないけど、プライベートでヘリコプターや飛行機をチャーターするって、一生に一度もないことだな。お金持ちは違うなあ」
「まあ、今回はお金のことは考えないで甘えちゃいましょうね」
おじいとおばあが。そんな話をしていた。
いよいよ木曜日の朝が来た。
いつも通り、いつも通り。自分に言い聞かせている。荷物は、いつものカバンに着るものを少しだけ入れた小さなカバンだけだ。
「カバンにお財布を入れておいたから」
「いくら入っているの」
「五千円。何も使うところはないと思うけど、お土産はいらないから」
「水族館に行くってなったら、入場料とかどうするの」
「いらないと思うわ。後からシオンのママに話するから」
「ランドセルは、どうする」
「後でおじいが取りに行くから、学校においていきなさい」
「はーい」
「じゃあ、行ってくるね」
「はい、いってらっしゃい。気を付けて」
「いってきまーす」
いつものように、体操服を着て、運動靴を履いて、いつもの時間に家を出た。今はシオンがいないから一人だけだ。歩いていくと、いつものようにちいちゃんが家の前に出て待っている。
「おはよう」
「おはよう、みいちゃん、今日って本当に行くの。私、何も準備してないし、何も持ってないわよ」
「うん、私もこれだけ」
小さなカバンを見せた。
「私、小さなカバンもないわ。お勉強道具だけなんだけど」
「いいんじゃない。いつも通りだから」
「ふーん、そー」
いつもと変わらない、学校のお話をしながら歩く。私も、今日本当に行くのか、心配になってきた。
午前中の授業が終わった。何となくソワソワ、何となくワクワクしているけど、ちいちゃんの前では、いつも通りを演技している。
給食の時間、お昼休み、いつも通りだ。
マナちゃんが廊下に来た。
ちいちゃんと一緒に廊下へ出た。
「みいちゃん、ちょっと聞いていい」
「なに」
「今日って木曜日でしょ、出発する日だったわよね」
「そうよ」
「私も。お勉強毒具だけしか持ってきてないわ。下着だけはって言ってたけど、それもないの。いつも通り過ぎて心配になっちゃうわ」
「いいのよ。心配いらないから。普通に授業を受ければいいのよ」
「そうなの」
キーンコーン、カーンコーン
お昼休み終わりのベルが鳴った。
「じゃあ、あとでね」
マナちゃんは、何となくふに落ちない感じのまま教室に帰っていった。
私とちいちゃんは、今から体育の授業だ。体育館シューズを持って体育館に向かった。
「先生さようなら、みなさんさようなら」
今日の授業が終わった。スタートだ。ちいちゃんが来て不安そうな顔をしている。
「マナちゃんといっしょに職員室に行こう。笹木先生のところ」
「う、うん」
「何にも心配しなくてもいいわよ。目をつむっていても沖縄まで行けるから。私が連れて行ってあげるから、何の心配もしないで」
「う、うん」
職員室の前にマナちゃんがいた。
「行こ」
職員室に入る。先生方が席について何かやっている。いつもの光景だ。
「先生、行ってきます」
「はい、ちいちゃんはどう、行けそう」
「ちょっとだけ緊張してきましたけど、行きます」
「そう、良かった。お母さんからお荷物を預かっているから、どうぞ。マナちゃんのはこれ。本当は私も行きたいのよ。うらやましいわ。気を付けてね。それから、ちいちゃんに宿題を出します」
「えー、何ですか」
「はい、これ。カメラ。デジタルではないから、その場では見られないもの。いろんな場所で、沖縄らしいと思ったものを撮ってきて。私はこれで我慢するわ。楽しみにしてる」
「はい」
「そろそろ、来る時間ね。上がりましょう。ランドセルはここに置いて、家族の方が取りに来てくれるはずだから」
教頭先生が近くに来た。
「サプライズでホテルに訪問するから、楽しみに待ってて。部屋を暗くして」
「本当ですか」
「さー、上がりましょう」
出発だ。私が付いて行きたいって言ったところから始まった、沖縄旅行。学校を休んでまで行かしてくれる学校に感謝して、わがままを聞いてくれたおじいやおばあにも感謝して、楽しんでこようと思う。
「じゃあ、行ってきまーす」