青波小学校のみいちゃん
『おばぁー、ただいまー』
『おかえりぃー、遅かったねえ、どこにいたの、めずらしい』
『うん、ちぃちゃんがいっしょに宿題しようって、さそってくれたから』
『そーよかったねえ、じゃあ終わったのね、宿題』
『うん、もう少し、漢字ドリルやって、いっしょに音読して、算数ドリルやろうと思ったんだけど、お話してると計算できないの』
『じゃあ、先にやっちゃいなさい、算数ドリル。おわったら、おじいのおむかえに行ってきて、いつものとこ』
『はーい』
ここ青波島は、車で一周三十分ほどの小さな島。交差点はいくつかあるものの、信号機は、役場の前にある、たった一つだけの島だ。青い海と空に囲まれた、とってもとってもしずかな島だ。
定期的に行き来するバスや船はない。天気のよい日には、船着き場からまっすぐにとなりの島が見える。大きなスーパーがあるらしく、私が知らないうちに、ときどきおばあが買い物に行く。
『私もいっしょに行きたい』と、伝えてあるいつ行けるか、とても楽しみにしている。
かばんをあけてドリルのつづきを始めると、おばあが冷たい飲み物を出してくれた。計算ドリルをやめて、先にいっきにのんだ。
『あーおいしい』
ちいちゃんのうちでのんだ飲み物もおいしかったけど、いつものんでいるおばあの飲み物が、なんとなくにがいけど好きだ。ドリルをすませて、早くおじいをむかえに行かなくちゃ。
宿題をすませ、あしたの準備が終わった。
『おじい、むかえにいってくるー』
『はーい、おねがいね、いつもの場所にいると思うから』
『はーい』
準備をすませたかばんを、玄関横のたなにおき、お気に入りのゴムぞうりをはいて、外に出た。
私はこの時間が大好きだ。朝起きてから学校をおえて次の日の準備をすませるまでは、好きな時間でもきらいな時間でもない。今の時間、おじいをむかえに行く時間は、毎日のことだけど、とってもとってもワクワクする。自然にかけだした。
『えー、おじい』
さっきまで私がいたちいちゃんのうちにおじいがいる。お庭においてある長いいすに座ってお酒を飲んでいる。むかいあって、ちいちゃんのおじいがすわっている。テーブルにはお造りがならんでいるようだ。
私の声をきいて、ちいちゃんがうちの中から出てきた。
『あっ、ちいちゃん、またおじいここで油売ってんの』
私は、油を売ってるという意味はわからない。おばあが使っていたので、私も使っている。おじいが、ちいちゃんの家でお酒をのんでいることはめずらしいことではない。こんな日は、大きな魚が釣れた日だ。テーブルの上にあるお造りは、おじいが釣った魚だろう。お造りに煮物、とってもおいしそうだ。
『おーきたか』
『おじい、おばあが、また油を売ってるっていうよ、暗くなる前に帰らなきゃ』
『みいちゃんは、この島に来てどのくらいたった』
ちいちゃんのお父さんが、聞いた
『えーと、四月からだから、もうすぐ三か月かなあ』
『そうか、もう3か月になるか』
私は、この青波小学校に転校してきた。前までは、都会の学校にかよっていた。小さいころからからだが弱くて、保育園から小学校に、ほとんど行くことができなかった。あまりきおくがないのだが、大きな病院で手術をしたらしい。今も、大きなきずがおなかにある。入院したり退院したり、あまり学校で勉強をした思い出がない。
お母さんは、保険のしごとをしている。朝から出かけて遅くに帰ってくる毎日だったが、入院中は、暗い病室に来てくれた。お母さんとお話をするのが、とっても楽しみだったのを覚えている。
お父さんは、いない。小さいころおかあさんにきいてみたところ、遠くで働いているという返事だった。それからはきいていない。
『おーいおかあさん、むぎちゃとこっぷをふたつ持ってきて、みいちゃんとちいがいっしょに飲むから』
ちいちゃんのお父さんがいった。
『えっ、』
私とちいちゃんは何もいってない。
『わー、みいちゃんまだいてくれるの、私がむぎちゃとってくる』
ちいちゃんがうちに入っていった。
『みいちゃん、この島は気に入ったかい』
ちいちゃんのお父さんが聞いた。
『うん、とっても、ちいちゃんもいるし、おじいもおばあも好きだし、学校も先生も好きだし、海も空もきれいだし、とってもしずかだし、波の音も好き』
『そうか、そりゃあよかった』
ちいちゃんのお母さんとちいちゃんが、大きなやかんとコップを持って出てきた。ちいちゃんのお庭で、ならんですわってお話するのは初めてのことだ。ワクワクドキドキだ。
『それでは、カンパイしましょうか』
ちいちゃんのお母さんが、むぎちゃをそそぎながら笑っていった。
『おう、なににカンパイしようか』
『えーと、お天気、それから、おじいの大漁に、それから、みいちゃんとちいに』
『おー、そりゃあいー、全部にカンパイだな』
『それでは、・・・カンパーイ』
みんなでそろって、カンパイをした。
前に住んでいたうちでは、お友達の家に行ったことはない。転校して間もないのに新しいこと楽しいことばかりだ。なかなか学校に行けなかったし、お友達もできなかった。お友達のうちでカンパイするなんて、夢のような時間だ。転校してきて本当によかった。
『それでは、おとうが一曲歌いまーす』
『いつもの歌ね』
『なあに、いつものって』
『おとうが作った歌よ』
『そう、青波島をうたったんだ。こんな日には最高の歌だ』
お父さんが、器用にギターを鳴らし始めた。
『それでは、手拍子をお願いします』
どのくらい時間がすぎたのか、気が付くとみんなの影が長く伸びていた。ついさっきまでたくさん汗をかいていたのに、涼しい風が心地よい。
『みい、そろそろおばあが心配するで帰るか
』
『うーん、おばあが心配するから・・・帰ろうか』
もっともっとお話ししていたかったけど、おばあの心配する顔を思い浮かべて返事をした。
『ちいちゃん、ありがとう、じゃあ明日ね、バイバーイ』
この島は、その昔青波さんという人の島だったらしい。その島を、国の偉い人が大金で買い取ったという話を転校してすぐに聞いた。青波さんはそのお金を青波島に全部寄付して、そのお金で、道路や港、学校や役場、みんなが住む家をたくさん作ったのだ。
それから、この島には世界中どこにもない珍しい植物が生息している。名前はホシリカという。島の真ん中にたくさんのビニールハウスが並んでいて、ていねいに育てられている。校外学習の時間に見学に行った。
青波島の住人は、ホシリカをお茶のようにして飲んでいる。小さな玉ねぎのような植物で根っこの部分がプクっとふくらんでいる。色はレモンのように鮮やかな黄色。皮をむいて中から出てくる種を乾燥させて、すりつぶしてガーゼに入れて、煮出すのが一般的なホシリカ茶だ。
このホシリカを外国のセレブと呼ばれている人に知られたことで世界中から注文が来ている。青波の人にとっては普通のお茶だが、注文してくる人には魔法の植物のようだ。
このホシリカを栽培するビニールハウスから加工場、事務所や研究棟などが島の中央に並んでいる。たくさんの住民がホシリカの工場に勤めている。
この島では、青波さんの寄付金やホシリカの販売によって、普通の生活には困らない。
衣・食・住に対する支給や保証が充実しており、移住制度なども充実している。そのような環境で取り組んでいるのが、子供の受け入れ制度だ。
この島では、いろんな理由によって学校へ通えない、勉強が遅れている子供を受け入れている。私も、その一人だ。
入院することがなくなって、学校に通うことができるようになったのだが、同級生と同じ勉強はできなかった。毎日がつまらない。毎日、学校に行きたくない。毎日、お母さんが正門まで送ってくれた。そんな日々を過ごしていたところ、お母さんがこの島のことを調べてくれた。
『ねーみいちゃん、こんな学校があるんだけど、行ってみない』
『えー何、』
『ちょっと遠いんだけど、学校に行けなかった子供を、島全体でみてくれるそうよ』
『おかあさんは、』
『島に住むのは子供だけ、お世話をしてくれるのは、島に住むおじいやおばあよ』
『行かない、おかあさんも一緒じゃないといかない』
『私もみいちゃんと一緒に行きたいわ、でも、みいちゃん、毎日学校に行くの楽しくないでしょ、お勉強もみんなと一緒にできないでしょ、みいちゃんが学校から帰ってきたときのお顔を見ていられないの』
お母さんの目から涙がこぼれた。
私も泣いた。
『これをみて考えてみて、とっても良いところみたい。みいの将来を考えたら、今のままではだめ、お母さん、我慢することにしたの、みいのことを考えて少しの間がんばることにしたの』
お母さんが私の顔をじっと見た。大きな涙がいくつも流れていた。
私は、新学期から五年生になる。でも、学校ではみんなと同じ授業を受けられない。
今までと同じように別のクラスでお勉強をするのか、新しい学校でお勉強をするのか、毎日考えた。
『お母さん、ちょっとだけ行ってみようかなーと思うの、ちょっとだけよ』
『・・・そーお、考えてくれたのね』
『でも、ちょっとだけよ』
『ありがとう、わかったわ、ちょっとだけね、そう伝えてみるね』
転校して三ヶ月が過ぎた。引っ越してきたころより、太陽がギラギラまぶしく感じる。普通ならもうすぐ夏休みだが、青波の学校では夏休みは少しだけだ。学校に行けてなかった子供が、遅れている勉強を取り戻すために、学校を卒業するまでにたくさんお勉強をしなければならない。年令を考えずに、学力に合わせたお勉強を個人ですすめている。遅れを取り戻すために、夏休みをとっている場合ではないのだ。そのためにお母さんから離れて、この島に来ているのだ。
いろんな理由で転校してきているのだが、みんながわかっている。
十五才までに取り戻さないといけないことをみんなわかっている。
今日おじいが釣った魚をもって、おばあが待っているうちに着いた。
『おばあ、ただいまー』
転校して三ヶ月が過ぎた。引っ越してきたころより、太陽がギラギラまぶしく感じる。普通ならもうすぐ夏休みだが、青波の学校では夏休みは少しだけだ。学校に行けてなかった子供が、遅れている勉強を取り戻すために、学校を卒業するまでにたくさんお勉強をしなければならない。年令を考えずに、学力に合わせたお勉強を個人ですすめている。遅れを取り戻すために、夏休みをとっている場合ではないのだ。そのためにお母さんから離れて、この島に来ているのだ。
いろんな理由で転校してきているのだが、みんながわかっている。
十五才までに取り戻さないといけないことをみんなわかっている。
今日おじいが釣った魚をもって、おばあが待っているうちに着いた。
『おばあ、ただいまー』
『おかえりなさい、手を洗いなさい、ごはんにするわよ』
『はーい、お魚はどうする』
『そーねー、玄関に置いといて、外でさばくから』
『はーい』
大きな魚でも小さな魚でも、外の流しでさばいてしまう。お造りにするのか、煮物にするのかはおばあしだいだ。
『いただきまーす』
『召し上がれ、今日は大漁だったのね、明日煮物でいただきましょう』
『わーい、私おばあが作ってくれた煮物だーい好き、甘くてホクホクしていて、とってもおいしいから』
『そーなの、うれしいわ』
『八月になったら、船に乗って買い物に行くか、みいちゃんもいっしょに』
急に、おじいが言った。
『おじい、ほんと、連れて行ってくれるの』
『行くか』
『うん、いくいく、ずっと楽しみにしていたんだから』
『そーか、楽しみにしていたか、船は大丈夫か、ちょっとゆれるぞ』
『うん、酔い止めのんで、羊が一匹、羊が二匹ってかぞえていくから、百匹まで数えたら隣の島まで着くでしょ』
『そうか、じゃあ行こう』
今日は土曜日、午前中の三時間とおそうじタイムで学校は終わり。うちに帰ると、おじいの船に乗って隣の島にお買い物へ行く日だ。楽しみにしていたお買い物、今日の学校は、お勉強が手につかなかった。
おじいとお約束をしてから数日の間に、おばあとちいちゃんのお母さんがお話をして、ちいちゃんの家族も一緒にお買い物に行くことになっていた。
学校が終わって、ちいちゃんと一緒に走って帰り、お買い物に行く準備をして、今、船に乗り込んだところだ。
『ちいちゃんは、隣の島に行ったことがあるの、私は初めて』
『私も初めて、今日はどこに行くの、船に乗ってみいちゃんとお出かけするって聞いてるだけよ』
『そーなの、大きなスーパーでお買い物をするのよ』
船が隣の島に着いた。ここは何という島なのか、書いてあるのはわかるのだが、難しい字で私もちいちゃんも読めないのである。
『ねーおばあ、ここは何て名前の島なの』
『まだいってなかったわね、我久利島よ』
『ガクリ島、青波より人が多いしお店も並んでいるわ、スーパーはどこ』
『ここからバスで二十分くらいのところよ、ほら、そこにバス停があるでしょ』
『ちいちゃん、行こ』
みいちゃんが隣のみいちゃんを見ると、いつもの表情ではないちいちゃんだ。
『ちいちゃん、どうかしたの、顔色があまり良くないけど』
『ちいちゃん、ちょっと休憩しましょ、あそこの日陰に座りましょう』
『・・・・』
『ちいちゃんはね、たくさんの人を見ると緊張して、調子が悪くなっちゃうの』
ちいちゃんのお母さんが言った。
後から聞いた話だが、ちいちゃんは青波島に引っ越してくる前、大きな学校にはなじめなかったそうだ。緊張からくるドキドキが激しくなり過呼吸になったり、頭が痛くなったりして、学校に行けなくなってしまったそうだ
ちいちゃんも私と同じで、都会の学校から転校してきたそうだ。
ガクリ島で、久しぶりにたくさんの人を見て悪い病気が出てしまったようだ。
『みいちゃん、ごめんね』
『ううん全然、ちょっと休憩しましょ、まだ早いからゆっくり休んでから行こ』
『うん、・・・ごめんね』
ちいちゃんが目をつむった。
どのくらい時間が過ぎたのか、お昼の時間を超えたころか、人の流れが落ち着いてきた。ちいちゃんの顔色が普段の色に戻ってきた。
『ちいちゃん、貸自転車があるみたいだからゆっくり自転車に乗ってスーパーまで行こうか、タクシーのほうが良い』
ちいちゃんがゆっくりと起き上がった。
『自転車、乗れるかなあ、久しぶりなんだけど、自転車で行く』
『みいちゃんも自転車で行ってくれる』
『うん、狭い車より自転車が良い』
『じゃあそうしよう、ちいとみいちゃんと私は自転車でスーパーに行きます、ゆっくり行ってますから、スーパーで』
『おう、そうしよう』
ちいちゃんのお父さんが言った。
自転車を借りる手続きを終えて、ヘルメットをかぶって、さあ、出発進行。
みいちゃんもちいちゃんも久しぶりの自転車だったが、慣れれば風が心地よい。
ちいちゃんの顔色もよくなって、笑顔になっていた。ちょっと暑いけど、それより自転車で走っていることのほうが、勝っている。
『みいちゃん、ごめんね』
ちいちゃんのお母さんが言った。
『ううん、自転車気持ち良い』
『そうね』
スーパーが見えてきた。私が知っているスーパーよりは小さいみたいだが、駐車場が広くてガラス張りのきれいなスーパーだ。
『着いた、久しぶりのお買い物、何を売っているのか楽しみー』
『バスが来るまで、あそこのベンチでまちましょう』
『うん、のどが渇いたなあ』
『そうね、あそこの自動販売機で飲み物かいましょ』
『イェーイ』
缶ジュースを飲みながら、ベンチに座っていると、バスが来た。
『アッ、バスが来た、おばあ乗ってるかな』
『おむかえに行ってきて』
『はーい、行こ』
『アッ、乗ってる乗ってる』
バスからみんなが降りてきた。
『行こ、行こ』
ずっと楽しみにしていたお買い物だ。土曜日だからなのか、少しだけ混んでいる。ちいちゃんの様子を見ながらお店に入った。
『あー涼しい』
冷房が効いている。
お野菜が並んでいる。お肉、調味料、茶わんやお箸などの日用品から、飲み物やお菓子、パン、何でもそろっている。レジを越えた向こう側には、衣類やくつまで並んでいる。
台車を引きながら、おばあがゆっくりお買い物をしている。ちいちゃんのお母さんもお買い物中だ。
『ねー、ちいちゃん、お菓子見に行こ』
『うん』
ちいちゃんは、いつもの元気がない。ゆっくり歩いてお菓子のコーナーまできた。
『ちいちゃんは、何が好き』
『うーん、何かなあ』
久しぶりにたくさんのお菓子を見て、みいちゃんはうれしくなった。
『あなたたち、好きなもの一つだけ買いなさい。ひとつよ』
『わーい、わたしグミにする』
ちいちゃんはあまり表情を変えずに、お菓子コーナーを離れた。どこに行くのか着いていくことにした。さっき来た道順をもどっていく。どこに行くのだろう。
『私はこれ』
『えー何、お菓子じゃないの、ふりかけにするの、えー』
みいちゃんはとっても驚いた。
『わたし、このふりかけが大好きなの、わたしこれにする』
『はいはい、これね』
ちいちゃんのお母さんは驚くことなく、持っているかごに入れた。
みいちゃんは、グミを選んだことが恥ずかしくなった。
『さあ、もういいかな、みいちゃんもちいちゃんも、いい』
『はーい』
ちいちゃんのおかあさんと、あばあがレジに向かった。かご二つ分のお買い物、持って帰るのがたいへんそうだ。
レジを見ていると、荷物を置いたまま出てきてしまった。
『ねーおばあ、お買い物したものは持って帰らないの』
みいが聞くと、
『会員だから、明日の朝には青波の港まで届けてくれるのよ、海がしけてなければ朝のうちに港に着くから』
『へー、便利ね』
この地域には小さな島々がたくさんあるので、年会費を支払えば、荷物を運ぶことなくお買い物ができる仕組みになっているそうだ。
『じゃー私のグミは』
『あ、そうそうグミがあったわね、あしたまでがまんして』
『はーい』
『さっ、自転車に乗って帰りましょう』
コミニティーバスもすぐ来る時間だったので、自転車組三人は、来た道をゆっくり帰ることにした。
『ちいちゃん、大丈夫』
『もう、大丈夫よ、ありがとう』
『久しぶりのお買い物、楽しかった。来てよかった。また来たいなあ』
『おじいに言っておくわ』
ちいちゃんのお母さんが笑いながら言った。
次の日、日曜日はとてもおだやかないい日になった。スーパーで買ったお荷物が港に届く
いつも座るテーブルに、島から支給されているノートパソコンがある。電源を入れ港を見る画像に切り替えると、静かな船着き場とおだやかな海、さわやかな空が映った。
だいたい十時ころに荷物が届くと聞いていたが、ちいちゃんと早い時間に港へ行く約束をしている。
『おばあ、港に行ってくる。』
『まだ早いわよ、先に行っても暑いからもうちょっとガマンしなさい』
『はーい、九時になったらいーい』
『そーね、宿題は』
『もうできてるから、早起きして準備まで終わってるわ』
『まあ、しっかりしてるわね』
青波の島では、各家庭に1台のパソコンが支給されている。島の連絡はこれを通してくる仕組みだ。港や学校、役場のまわりなどにはカメラが設置されており、自宅から島内の様子がチェックできる。
故障したとき、使い方がわからないときは、役場から担当の人が来てくれる。うちでは、役場からのメールを確認するか、島内の画像を見るぐらいしか使っていないけど、とても便利だ。あと、パソコンを使って顔を見ながら電話ができる。私が転校してきた当時は、遠くにいるお母さんと長い時間お話をした。
最近は少なくなったが、最初から遠い場所に独りぼっちという感じではない。
もうすぐ九時だ。
『おばあ、いってきまーす』
『九時になったの、暑いからね、私も後から行くから』
『はーい』
走って出た。ちいちゃんの家によらなきゃ。
近くまで行くと、ちいちゃんが道路に出て待っている。
『おはよう、待った』
『ううん、ちょっとだけ』
『行こ』
着いた。船着き場に着いた。一番乗りだと思っていたが、笹木先生が先にいだ。
『えー』
『先生、おはようございます』
『あら、おはよう、早いのね、何』
『昨日学校が終わってから、ガクリ島のスーパーへお買い物に行って、その荷物を取りに来ました』
『お手伝い、えらいのね』
『先生は』
『先生はきょうお当番、新しい転校生がもうすぐ来る予定なの』
『ふーん、何年生ですか』
『十二歳だから六年生かな、ちょっとお兄さんね』
先生とお話をしているうちに、少しづつ人が出てきた。
そろそろ船が来る時間なのか、たくさんの人が出てきた。船は小さいのか大きいのか、たくさんの荷物を積んでくるのか、今はわからない。おばあも台車をもってゆっくり出てきた。
『そら、来た来た』
想像していたより小さい船を指さしておばあが言った。
『こちらまで上げてくれるから、うちの屋号を探して』
『はーい』
うちの屋号は、加鳴屋だ。段ボール箱やプラスチックケース、ドラム缶、自転車、いろいろな荷物が積まれている。船から人が降りて荷下ろしが始まった。島の人は、急いで取りに行くこともなく、降ろしてくれている作業を気長に待っているという感じだ。
荷物に集中している間に、先生はいなくなった。転校生は来たのだろうか
『今日の荷物は、たくさんないから、箱一つ分かしら、冷凍食品もあるから保温材につつまれているかも』と、言っていた。
えーと、加鳴屋の荷札はないか、あっちこっちの荷物を順番に見て回った。
『アッ、あったあった、おばあ、あったよーこっちこっち、二つ並んで加鳴屋の荷札がついているわ』
いつきたのか、おじいが二つの荷物をいっぺんに持ち、台車に積んだ。
『さー、行こう』
荷物を引いて歩き始めると、ちいちゃんも前を歩いて台車を引いていた
私が転校してきた青波島は、真ん中の高台に役場、役場前の交差点に島ゆいいつの信号機、交差点をはさんで島特産のホシリカを育てるビニールハウスが広がり、加工場や研究棟が並んでいる。
そこから少し離れたところに、点々とした住宅が道路に沿って並び、途中に学校や郵便局日用品を販売する、これまた島ゆいいつの商店がある。
商店といっても無人販売の倉庫みたいなところだ。個人が育てた野菜や果物を置いてあったり、時にはお魚、時には乾物など、いろんなものが並んでいる。そこに立ち寄ってほしいものがあったら、決められたお金を支払ってお買い物するというシステムだ。ここは島ゆいいつの憩いの場になっている。荷物を届ける人、野菜やお魚を買いに来る人、ただお話に来る人、島の多くの人がここを出入りしている。
島は、子供の受け入れをしている。私も転校生だが、学校の半分以上の生徒が他県からの転校生だと聞いた。転校してきている理由はいろいろだと思うが、学校へ行けなかった子供たちが、環境を変えて学校に通いたいと、転校してきていると思う。
この島に転校するには、いろんな条件があるとパンフレットに書いてあった。
〇 履歴書の提出
〇 保証金を支払う
〇 役場担当者と親の面接
〇 青波島の受け入れ体制
〇 転校する子供の作文提出
などだが、家庭環境と、転校してでも学校に通いたいという気持ちをチェックするようである。私がこの島に来てからも、青波の学校にも通えないお友達が何人かいるそうだ。この島で学校生活を送りながら、遅れているお勉強を取り戻したいという気持ちがとっても大事だと思う。
学校には先生以外に、島のおじいやおばあ、お父さんやお母さんがきて、個人の学力ごとにお世話をしてくれる。クラスごとに同じお勉強をするのではないので、お世話をする先生も普通の学校よりたくさんいる。ちいちゃんのお母さんもいる。
こんな環境で学校生活をおくれば、みんながどんどん勉強できるようになる。学年と年齢が普通の学力に追いつくと、クラスそろったお勉強の中に入ることができる。私も頑張って追いつきたい。がんばる。
『きりつ』
『先生、おはようございます』
『はい、おはようございます』
『ちゃくせき』
『今日のお休みは、あいちゃんね』
『どうしたのかな、帰りによってみようかなー、だれか一緒に行ってくれる人、いないかしら』
『はーい、私行きたいです』
『はい、みいちゃんありがとう』
『はい、はい、はい、』
『あれまあ、みんな行ってくれるの』
『いく、いく』
みんな、学校に行けないのを経験しているから、あいちゃんの気持ちがわかるのだ。
元々、何で学校に行けないのかはみんな知らない。みんな、あいちゃんに学校へ来てほしいと思っている。
『はい、じゃあみんな行ってくれる』
『はーい』
けっきょく、クラスみんなであいちゃんの様子を見に行くことにした。
今日の授業が終わり、帰りの会が始まった。
みんな、あいちゃんの様子を見に行くことでソワソワしている気がする。
そんな中で先生が最後にお話を始めた。
『はい、今からみんなであいちゃんのおうちに行きますが、気持ちを落ち着けてあいちゃんの気持ちを考えてください。学校に行きたいけど行けないのか、行きたくないのか、あいちゃんの気持ちはわかりません。何かの理由で行けないのなら、理由を取り除いて行けるようにみんな協力をしてください。行きたくないのなら、行きたい気持ちに変わるようにみんな協力してくだい。この学校に転校してくる子供に、行きたくないと思っているお友達はいないと思っています。みんなで楽しく学校生活が過ごせるように、協力してください。』
『・・・・・』
先生のお話を聞いて、みんなのソワソワしている気持ちが落ち着いた。
『はい、みんなで正門前に集合しましょう』
『はーい』
あいちゃんのお家近くまで十五分くらい歩いてきた。みんな緊張しているので、誰もしゃべらない。
ピンポーン、先生がベルを押した。
『はーい』
アッ、あいちゃんの声だ。
『笹木です』
先生がみんなの方を向いて、シーの合図をした。人差し指を口の前にしたのだ。
『えー、先生』
少し待っていると、カギを開ける音がしてガラガラと玄関が開いた。あいちゃんの顔がガラス越しに見えた。
『えーーーー、みんなー、どうしたのー』
『あいちゃんが心配で、みんなでお見舞いにきたのよ』
『あー』
あいちゃんの顔が急に暗くなった。
みんなあいちゃんを見ているだけで、しゃべろうとはしない。
『おからだの調子はいかが』
『はい、・・・・・』
『よかったわ、顔色は悪くないわね』
お話をしていると、奥からあいちゃんのお母さんが出てきた。
『先生、わざわざすみません、みんなもありがとうございます』
あいちゃんのお母さんがはきものをはいて外へ出てきて、みんなに向かって頭を下げた。
『あいちゃんのお体はいかがですか』
『朝起きられなくて、グズグズなんです』
『そうですか、もう少しかかりそうですね』
『うーん、夕食時間には行くっていうんですけど、朝になるとなかなか』
『あいちゃん、がんばりなさい、みんな待ってるわ』
あいちゃんは、うちの中から出てこない。中でうなずいている。
『さー、あいちゃんの顔が見られたから帰りましょうか、明日のお泊り合宿、準備しなきゃね』
『はーい』
『あいちゃん、明日お泊り合宿だから、遅刻しても良いからね、みんな夜でも生活館にいりからね』
あいちゃんが、うちの中でうなずいている。
今日の帰りの会で、先生からお泊り合宿の話を聞いた。先生がいろいろなところに連絡を取って、合宿所の準備をしてくれた。ごはんにふとん、お風呂、明日の準備が整いそうなのでお泊り合宿をやることになった。
これをきっかけに、あいちゃんが学校に来てくれれば、みんなで花火をやることになっている。
急にお泊り合宿をやるのは、この学校では珍しいことではない。生活館には、とっても広い台所やお風呂、みんなで並んで布団がしける部屋がある。準備は、島のおじいやおばあ、父兄が朝から来てくれる。
朝からお掃除をして布団を干し、食事の準備、お風呂を焚いてくれて、みんなが生活館に着く時間には準備を終え、いなくなっている。次の日の朝には、朝ご飯のお支度や片付けをしてくれる。特にお当番がいるのではなく、教頭先生をとおして島内に連絡が回るとおばあから聞いたことがある。
学校に来られない子を、学校に来てもらうきっかけに、クラスのみんながお泊り合宿をやって待つというものだ。
うちに帰ると、お泊り用のリュックが用意されていた。私が転校してから数か月、二回のお泊り合宿をした。先生もいっしょにご飯を食べて、お布団をならべてねる。とっても楽しい。今回のお泊り合宿は、あいちゃんが学校に来るきっかけとしてするので、絶対に来てほしい。あー、明日が待ち遠しい。
カーンコーン、朝のチャイムが鳴った。
あいちゃんの席は空いている。一時間目の授業が始まった。二時間目、三時間目、あいちゃんの姿は見えない。次の授業で午前の授業は終わりだ。カーンコーン、4時間目が始まってしまった。あー、きょうはあいちゃんこないかなあ。
次は給食の時間、配膳をしてみんなで食事をした。あいちゃんが気になって、いつもの給食の時間ではない。みんなしゃべらない。食器の音だけがカタカタと聞こえている。
教室の窓から、正門が見えている。何人かが出入りするたびに、あいちゃんではと思ってみるが、違った。
『あいちゃん、来ないかな』
『みんな、あいちゃんは今がんばっているのよ、みんなで待ちましょう』
『・・・・・』
カーンコーン、給食の時間が終わる。みんなでお片付けをしていると、正門から人が入ってきた。
『あーー、あいちゃん』
『あーー、あいちゃん』
あいちゃんとお母さんが手をつないで入ってきた。
『あいちゃーん、あいちゃーん』
みんなであいちゃんを呼んだ。
『さあ、午後の授業の前にお荷物を運びましょう、みんなそろってお泊り合宿しますよ』
『はーい』
みんなの顔がパーと明るくなった。
みんなで食器を片付けて、大忙しでおそうじをして、生活館にお泊りの荷物を運びます。
『あいちゃん、大丈夫』
『うん』
あいちゃんの顔はきんちょうしている。
『はーい、お荷物を運ぶわよ、ケンタ君、あいちゃんの荷物持ってあげて』
『おう』
クラス全員でお泊り合宿は始めてだ。オー.楽しみだ。
今日の授業が終わった。学力に合わせたクラスに分かれてお勉強したけど、お泊りのことを考えれば、みんな手につかなかったのかもしれない。みんながクラスにそろって帰りの会が始まった。
『あいちゃん、頑張ってくれたわね、クラスのみんな、先生も、あいちゃんが来てくれるのを信じて待っていました。クラスのみんながそろってお泊り合宿ははじめてです。きんちょうしないで楽しみましょ、きょうは、あいちゃんが一歩前にすすんだ記念日よ』
『イェー』
生活館に移動すると、広間には布団が用意され、食堂には晩御飯が配膳されて、中庭には花火が用意されていた。少し離れたグランドには、筒が立っていて柵で囲われている。何だろう。
みんなで持ってきた荷物を開いた。大きなカバンには、おせんべいが入れてあったり、枕が入っていたり、人それぞれだ。
荷物を開き終わると、自分の場所へお布団運びをしなければならない。これが大変だ。低学年だとおじいやおばあがお手伝いをしてくれるようだが、私たちはみんなでやる。運ぶのが大変なので、用意されている布団近くに自分の荷物を運ぶ子や、トイレを心配して廊下近くに荷物を置く子、真ん中に、すみっこに荷物を置く子、いろいろだ。女の子のお布団は、男の子が運んでくれている。ケンタ君は汗をかきかき、あいちゃんのお布団を運んでくれている。その横にあいちゃんが立っている。
『みんなー、準備の手を止めてきいてください。自分のお荷物とお布団の準備ができたらその場所に座ってください。全員の準備が終わったら、これからの予定を伝えます』
『はーい』
みんな準備が終わって、広間のあちこちに座った。
『準備できましたか、それではこれからの予定を伝えます。五時までもう少し時間がありますから、自由時間です。それからお風呂を先にしますか、ご飯を先にしますか、えーと、今日はあいちゃんに決めてもらおうかな』
『・・・・・』
顔を赤くして、モジモジしている。
『ゆっくり考えて、みんなで待ちますから』
『・・・ごはん』
『はい、それじゃあ五時になったら食堂に集合しましょう。配膳できていますから、後はみんなで準備をしてください。冷蔵庫にデザートが入っていると聞いています。みんなのご飯が終わったら出してみましょう。最後のお楽しみで。食べた後は各自で食器を運んでください。みんなでごちそうさまをしてからお風呂に入ってください。出てきたら花火をしましょう。』
『先生、グランドに柵がありましたけど何ですか』
『はい、今回のお泊り合宿メインイベントです。役場の人が来て花火を上げてくれます。あいちゃんが一歩前進した記念日ですね』
『ワーイ、花火だって、あいちゃんの』
あいちゃんの顔が、また赤くなった。
あいちゃんの横に座っているケンタ君がうれしそうだ。
『花火が終わったら、この部屋に集合しましょう。みんなでお話しましょう』
『はーい、先生はどこで寝るんですか』
『そーねー、あいちゃんの横に行こうと思いましたが、ケンタ君がしっかり守ってくれそうだから、真ん中にしようかな、ここまで良いですか』
『はーい』
『では、五時まで自由時間にします』
みんながあいちゃんのところによってきた。
ケンタ君は、離れたところに座った。みんな学校に行けない苦しみを知っている。行きたくても行けない、ささいなことが行けない理由になることを知っている。でも、あまり気を使いすぎて優しくされすぎるのも負担になることを知っている。
『あいちゃん、一緒にご飯食べよ』
『う、うん』
『えーずるい、私もいっしょに食べるから』
お話をしていると、五時になった。
『はーい、食堂に集合しましょう』
『はーい』
けっきょくあいちゃんを囲むようにみんなが座って晩御飯を食べることになった。先生とケンタくんがはじで向かい合って食べている。
何かお話をしているようだが、遠くて聞こえない。
食事の時間を終えて、男女分かれてお風呂に入った。お友達とお風呂に入るって、とっても楽しい。みんなおしゃべりが止まらない。ワーワーキャーキャー、とってもにぎやかなお風呂だ。
お風呂から出ると、楽しみにしていた花火ができる。ささっと洗ってざぶんざぶん、あっという間にみんながグランドにそろった。
『はーい、バケツにお水を汲んできましょう、それからろうそくをバケツの底にたててください』
『えー、どうやってたてるの』
金物のバケツの中は風が当たらないので、ろうそくが消えにくい。ろうそくに火を点けてたれてくるろうをバケツにたらす。ろうが固まる前に持っているろうそくをくっつけて出来上がりだ。水バケツとろうそくのバケツが三つづつ用意できた。
『それじゃあ、一本づつ持って安全に楽しみましょう。最後に大きな花火をやってもらいますから』
『イエー』
パチパチと音がする花火、シャーと音がする花火、グランドにおいて導火線に火を点けると火の粉がグアーと吹き上がる花火、いろいろな花火をみんなでやった。
バケツの火が途中で消えてしまったり、花火をもってグルグル回して叱られたり、最後に線香花火をみんなでやった。
『そろそろ終わりね、大きな花火をお願いしましょうか』
気が付かないうちにグランドの真ん中におとなが3人来ていた。囲いを開けて作業をしているようだ。ヘルメットに着けた懐中電灯が細かく動いている。
『生活館の電気を消したら点火してくれることになっています。自分たちがやった花火はしっかりバケツに入れましたか、ろうそくの火も消しましたか、グランドに燃えカスが落ちていないかもう一度見て回ってください』
生活館の電気を明るくして最後の確認をみんなでやった。
みんなが後始末をする間に、グランドにいたおじさんと先生が何かお話をしていた。
『はーい、火の始末、お掃除がすんだら縁側に座りましょう』
みんな、さっと縁側に座った。
『この花火は、あいちゃんの記念日のために学校が用意した花火です。先生はとってもうれしい記念日です。みんなで良い思い出にしましょう。ケンタ君、電気を消して』
ケンタ君が縁側を上がってスイッチを押した。照明が暗くなった。ケンタ君が急いで縁側に座りなおした。
おー、あたりに音がなくなった。
真っ暗なグランドにカチッと火が点いたしゅんかん、シュッと火柱が上がった。その直後、にドーーン、ものすごく大きな音と同時に赤い花火が空いっぱいに広がった。
『ワーー』
『すごーい』
『あいちゃんの花火よ、赤い花火』