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ep.001 死告げの天使

 暗い部屋の中、ナタリアは静かに息を吐き出した。目の前のランプの光がチカチカと明滅する。


 ここの所、仕事をしていない。

 それが少しナタリアには息苦しい。


 ナタリアが所属しているのは帝国軍第三位組織であるガンマだ。第三位組織にして幻の組織であり、公的には存在を認められていない。それはガンマの役割故である。


 ガンマが主に手がけるのは、諜報と暗殺。


 終わらない共和国との戦争において、重要な役割を果たす。


 ナタリアはガンマの暗殺人形だ。


 命令によって動く。

 命令によって人を殺す。


 それ以外の生き方を知らない。

 他の生き方も知らず、望みを持たず、感情も持たないように生きている。


 ……生きている、という表現も彼女には正しくないのかもしれない。


 稼働する。


 そう言った方がずっと彼女の在り方に近いだろう。


 ギィッ、と扉の軋む音がした。少女は紙束から目を離し、振り返る。赤茶の髪が揺れた。暗い部屋に光が差し込み、ナタリアは目を細める。


「相変わらず狭い部屋だなー。嫌じゃねぇのか? 《死天使(ヘルエンジェル)》さんよ」


「わたしに何か用ですか? エルシオ大尉」


 淡々とした機械のような声で問いかける。赤髪の青年が肩を竦めた。


「いやー、キレーな《死天使》さんに会おーと思ってさ」


「その、ヘルエンジェルとは一体何ですか? 私の呼称のように聞こえますが」


 疑問を呈し、赤みの強い茶色の瞳でエルシオの翠色の目を覗き込む。エルシオは驚いたように眉を上げ、それからニヤッと笑った。


「その呼び名を知らないのはオマエだけだぞ。共和国の連中がオマエに与えた名前だよ。地獄に舞い降りた死を告げる天使ってな」


 連中にしちゃ結構的を射てるぜ、とナタリアの身体を上から下まで眺め回す。整った身体つき、無駄な脂肪どころか無駄な筋肉さえもない、人間として完璧なプロポーション。


「わたしは天使ではありません」


 エルシオの言った言葉を理解しきれず、ナタリアは首を傾げた。


「ま、そうだな。オマエはガンマの暗殺人形。それ以上でもそれ以下でもねぇ」


「はい、わたしは暗殺人形です。その本分を十分わきまえているつもりです。ですが《死天使》という名前は記憶しておきます」


 エルシオは視線をナタリアに向ける。翠の瞳に哀の色が過ぎった。


「それで、生きてるって感じするのか? ナタリア」


 手が伸びる。ナタリアの手は機械的にそれを弾き、捻じ伏せた。


「イダダダダッ、ちょ、待て、おい!?」


「……すみません。急に手を伸ばされるので、癖で」


 感情の色のない空っぽな声でナタリアは口にする。肩をさすりながら、赤髪の青年は全く反省していないような悪戯っぽい笑みを浮かべる。


「うん、いつも通りのオマエだな」


「それはよく分かりませんが、さっきのあなたの質問はわたしには意味のないものです」


 感情の抜け落ちた声でナタリアは言う。エルシオから笑みが消えた。


「……そうだな。愚問だった」


「ではなぜ、わたしにそのような質問をしたのですか?」


「さあな、オレにも分からねぇや」


 とても適当にエルシオは答えて目を細めた。


 ナタリアにこうして声を掛けるのは、変わり者のエルシオともう一人くらいしかいない。

 美しい少女に声をかけようとした軍人の多くは少女のヒトの心のわからない言動に困惑し、一部の男は殺された。もちろん、悪いのは彼らの方であるのだが、少女はヒトではなく確かに人の形を模した機械だった。

 あくまでナタリアという少女は暗殺人形なのだ。


「ところで、エルシオ大尉。わたしに用があるのではないですか?」


 何の用もなく、彼が訪れることはない。エルシオ・リーゼンバーグ大尉はガンマの中でも優秀な諜報員であり、暗殺者だ。いくら変わり者だといっても、彼は忙しい身でここにいる。

 今までの経験上から簡単に推測が立てられた。


「おっと、よく分かったなー、ナタリア」


 犬が思い通りの行動をとってくれた時の褒美さながらに、エルシオはナタリアの頭をポンポンと叩こうとし……。


 再び締め上げられる。


 関節の痛みに顔をしかめてしばらく頭を机に乗せていたが、エルシオは顔を上げつつ表情を引き締めた。


「総帥様からお呼び出しだ」


「総帥──アリア様から……」


 ナタリアは瞬きをしてエルシオの顔を見上げる。エルシオは微かにその真っ直ぐな瞳から目を逸らした。


「ああ、オマエに新しい任務があるらしい」


「わかりました。すぐにかしらに向かいます」


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