第二回
海風が気持ちいい、2週間ぶりの海。
目の前には砂浜だがもう少し北へと進むと街を横断する河の河口があり砂泥地だ。1か月もまえなら干潮時に潮干狩り客が押し寄せる人気スポットだ。
一方で南に行くと小さな漁港があり、さらに南に下ると岩場がある。誰からも共感はえられないが岩・砂・泥が全部楽しめる望からすると最高のスポットだった。
一先ず自販機でお茶を購入し岩場まで向かった。
岩の上で海を眺めつつ一休みしていたらバッグの中の妙な感覚に眉をよせた。
先程見つからなかった指し棒だ。
なんで今頃と思いつつも取り出して、せっかくだから少しいじってみることにした。
石ともセラミックともとれないその指し棒をとりあえず伸ばしてみる。なんだろう指し棒にしては思ったより長く伸びる。1、2、3・・・と振り出し式に伸ばして21節伸ばしたところで伸びきったようだった。
―これ何だろう。指し棒にしては長い・・・なんかちょっと短い釣り竿みたいにも見える。でも先端は丸いし糸がつけられるようでもないなぁ―
そんなことを考えつつ伸ばした棒を軽くブンブン振り回していたその時だった。
「何か釣れますか?」
突然後ろから声がかけられ望は驚いて振り返り、そこでさらに驚いた。
とても綺麗な女性だった。
長い黒髪をうなじのあたりで一つだけ括り、穏やかな海風になびいていた。大きな目と白いきれいな肌。およそこの場に似つかわしくない良家のお嬢様のような女性が自分に話しかけていた。ややあって彼女が制服をきていることに気が付き学生であることがわかった。たしかバリバリの進学校の制服だ。
「どうかしました?」
と尋ねられて、はっと我に返った。まさか初対面の女の子に見とれてましたとは言えない。というか言えるのだったらもう少し人生を上手く生きていけるのだが。
「いえ、釣りをしていたわけではないので、特に何も・・・。」
20点の返答だ!そう望は決してコミュニケーションが嫌いではないが、能力は高くない。友人二人をどうこう言えないくらい残念な男なのだ。
彼女はそうですかと言った後、ここは海風が気持ちいいですねと言って隣に立っていた。
てっきりすぐに立ち去るものだと思っていた望は二の句をつづけることができなかった。条件反射的に返した先ほどの返答も、何も考えずに口からでたものだった。明るい時間帯は海面に集まるプランクトンのように、そこに思考は一切なかった。またしても残念。
1~2分くらいだろうか。海風を受けながら沈黙が続き、まるでその残念感がミルフィーユのように幾層にも折り重なって美味しくいただけるくらいに重なった頃・・・
「お隣お邪魔しました。大きいの釣れるといいですね。」
と言って岩の上をトントンと軽やかに歩みつつ駅の方へと去っていった。
釣りに来たわけではないけども釣りに来たことになってしまった・・・と望は思いつつ、一番の大物はあのこに話しかけられたことかなぁ、とぼんやり思った。
餌になる小動物をペットボトルに詰め、そこそこ海も堪能したので帰宅することにした。
先ほど祖母にも連絡したし、家までの道のりを電車ではなく街を突っ切って帰ろうと思い歩みを進めていた。
が、どうにもおかしい。
今自分は町へ向かって歩いている。時間帯も17時少し前で人も車も増えていくはずなのに、全く気配を感じなくなってしまった。
先ほどまでは少ないなぁくらいに思っていたのに、いつの間にか人も車も全くいなくなった。
一先ずどこかに連絡を取ってみようとスマホを取り出すも、まさかの圏外。明らかにおかしい。それなりに歩きなれたこの周辺で圏外になったことなど一度もなかった。
このまま進むことに不安を感じ始め、やはり駅に戻ろうと踵を返そうと思ったその時、一人の女性が歩いてきた。
その足取りは真っすぐ望の方へ向かっていた。