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第一回

―今日はよく晴れているなぁ―


岩上望は窓の外をぼんやり眺めながら考えていた。もうすぐホームルームも終わるし、何かしたくなる天気だよなぁ、と心の中でつぶやいた。


常日頃から帰宅部だけどまっすぐ帰宅しない「帰宅部の幽霊部員」を自称する望は、そうだ海に寄ってから帰ろう、と家で飼ってる魚の餌でも採ろうと思った。

望には育ててくれている祖父母も全く理解できない、釣った魚や生き物を飼うという謎趣味がある。

今はメジナの幼魚とキスとハゼを飼っているが、それを見た祖父から「これは飼育ではなく養殖だ。」とツッコミのような、そうでないようなコメントをもらい。

鮮魚店で買ってきたあさりを飼い始めたときは、いつもニコニコと望が何をしても物怖じしない祖母が「せめて金魚くらいにしては?」と口を出してきた。


望は、適度に友人付き合いもするが社交性が高い方でもない。

男性としては小柄な方だし、見た目も黒髪でやや茶色がかった黒い瞳、痩せ形に分類される体躯。もし特徴は・・・と尋ねられたら1分ほど考えて「・・・メガネ?」と返ってきそうな容姿だ。つまりクラスでも目立つ方ではない。

小・中・高の今に至るまで勉強も運動も平均的なところをフワフワと生きてきた。恋愛に至っては壊滅的だといえる。

仕方ない、好きなものが自然とか宇宙とか生き物なのだ。長く生きているうち同好の士もいるだろうが、今のところ高校2年の春までは存在してない。自分の好きなものと周りの好きなものとの乖離が激しすぎて、結局誰と話しても興味の対象がマイナーである自分が周りの話しにウンウンと同意しながら進めるだけである。

幸い同好の士はいなかったが、趣味を「共感はしないが理解はできる」友人はできたので良しとした。


先生の一言が終わり、皆が席を立つ。自分も必要以上に重いカバンをもって立ち上がった。カバンに色々と詰め込みすぎてしまうので、友人からは整理しろと注意をうける。


わかってはいる、整理して・・・何だったら一度全部空っぽにしてからでないと必要なものや本当に大事なものはカバンに入らなくなる。でも詰め込んだものにも1つ1つ思い入れがある・・・という思いと、何より面倒臭いという生来のズボラ体質で、結局カバンはそのままだった。


あ、いけないペンケースが引き出しの中だ、と思い出し、思いカバンを開けた。


―あれ?なんだこれ?―


カバンの中に色々詰め込み、何を詰め込んだか忘れることはあるが、何なのかわからないものを詰め込むことはない・・・のに不可解なものが入っていることに気が付いた。

見た目は教師の持つ伸び縮みする指し棒みたい。それだけなら今から職員室に返しに行けばいい、大した問題ではない。

ただ普通は金属でできていそうなものなのに、この棒は石?セラミック?なのか材質が違うし、指し棒にしては大きい。


「終わった終わったぁ!ボウもう帰んの?」


自分のあだ名を勢いよく呼ばれて横を向いた。中学からゆるゆるとした付き合いのある友人、武成明虎たけなりあきとらだ。染めてはいないが色素の薄い茶がかった髪色を除けば、茶がかった黒目やシャープな輪郭・・・パーツ1つ1つはそれほど自分と変わらないように見えるが、爽やかなイケメンだ。バランスか、バランスの問題なのか。


この見た目と猛々しい名前、武道とまでは言わないが、せめてサッカーやバスケなどしていたらさぞかしモテただろうに、残念ながらゲームオタクで2次元愛好家だ。非常に残念な男だ。ある意味、神様がいるとしたらいい仕事をしたと言える。


「旦智が本屋寄って帰るらしいから途中まで一緒に帰らね?」


といって席横に立つ明虎は、窓ぎわの望の席から反対側にあたる、出入り口近くで帰り支度を進めている姫野旦智ひめのあきともを親指を立てながら指さした。


旦智もよく話す友人の一人だ。見た目はやや小太りぎみで、濃い黒髪・黒目。身長は望より少し高いくらいなのに姿勢が良いせいで大きく見える。旦智も顔は悪くないので痩せれば人うけしそうなのだが、圧倒的な読書マニアで人を寄せ付けない雰囲気がある。


付き合いの最初のころに自分も読んで面白かった本のことで話そうと思い語り掛けたら、放課後2時間たっぷり作者・ストーリー・執筆背景など多面的に語られた後、生き生きした目で感想を求められ、2度と本の話題は振るまいと誓った。

本好きのイメージから成績優秀そうに見えるが、イメージ通り成績優秀なのがまた小憎らしい。


「悪い、僕は今日、海経由の実家行きだ。」


「なんだそのバス経路案内みたいな表現は!ボウも海に行ったり山に行ったり忙しいよな。お?なにそれ?」


明虎は望の手元の石製?の指し棒に気づき尋ねてきた。今しがた自分もなんだろと思っていたところなので、当然自分もわからない。とりあえずそのままわからないと応えた。


「わからんのなら教材じゃねーの?それっぽいし。返しとくのが無難じゃね?」


「やっぱりそう思う? だよね。職員室によって返してから行くとしようかな。」


どうせ職員室は1階なので、そこまでは3人で向かい、望は明虎と旦智に別れをつげ職員室へ入った。挨拶をして担任を呼ぶがまだ職員室には戻ってきてないとのことで、教材と思われる落とし物を届けに来たと告げた。


ただここで奇妙なことに先程の指し棒のようなものが見つからない。カバンの上の辺りにしか入れてないのに見つからない。結局、職員室でカバンの中をひっくり返し、するつもりもなかったカバン整理のようなことをするはめになった。


カバンからスコップが出てきて横で見ていた教師から「お前・・・学校に何しに来てんだ。」と呆れられるあたりで心が折れた。

結局、気のせいかもしれないと告げて退室することになった。


―おかしいなぁ落とすはずもないのに―


何となく釈然としない気持ちのまま、帰りの途中にある電車で2駅先の海が一番近くなる駅へと向かった。


今までと同じ日常に何かが入り込んできた。


望は自分は「普通」だと思っていたし、これからもそうなのだと思っていた。

今はまだ気づくこともできないが、この日を境に変わってしまった。


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