水面下の思惑
防衛組織の主導によって行われているのは龍王機を始めとした戦闘力の強化だけではなく、むしろその制御を司る龍の因子の研究こそがその主軸と言える。
人の意識と機械の身体を接続し己の意思1つで思うがままに動かせる技術は、幅広い応用が期待されるからだ。
それは翼竜騎士団との戦いが終わった後にも、技術競争という形で火種として残りそうな程に、だ。
火鳥タカヤによる情報提供を切っ掛けに新設された研究所の所長、新道アヤカもそうした魅力に取り付かれた人間の一人であった。
技術の進歩に対する犠牲を許容範囲と捉えるその性格は組織のなかでも浮いており、司令官を含めてこの場に好んで足を運ぶようなことはない。
故にその場に司令官の秘書、瀧川ミナトの姿があることは珍しい部類に入る出来事であった。
彼はアヤカによって進められたある研究の進捗を確認するため、司令官の代理という名目でこの場を訪れていたのである。
「情に厚い司令官殿からすれば、このような研究は言語道断だと切り捨てられると思っていたのだがね。いよいよ君も鞍替えを考えるような時期になったのかい?」
「人聞きの悪い言い方をしますね。現時点ではセカンドプラン以上の意味はありませんよ、仮に火鳥タカヤを欠いた場合のこちらの防衛力の脆弱性を補う意味合いの、ね」
意地の悪い指摘にも笑みを崩さないまま答えを返し、ミナトはアヤカから渡された書類に目を通した。
それは撃墜したワイバーン・タイプの中枢から抽出した龍の因子の、人体に如何なる影響を与えるかをまとめた資料である。
それはつまり、人工的に龍の因子を持つ戦士を量産するための計画であった。
「彼の保護者である司令官殿はこの計画を黙認するしかない、という算段かね? 自分の息子を危険に晒す必要がなくなるわけだし」
「確かに心根の優しい方ではありますが、あくまでも制御の利く防衛力としての実用性があるなら、という前提を整えなければ認めないでしょう。感情だけで動く人ではないですから」
行動の根底は善意でも、あくまでも合理的な判断を下せる人物だからこそ、性格の甘さを指摘されながらも司令官の立場を続けているのが火鳥ユウイチロウという男である。
それは秘書として付き従っているミナトこそ最も理解する立場にあり、それが出来る彼を純粋に尊敬もしていた。
だからこそこの計画はセカンドプランであり、このデータも名目上は後遺症を持つ肉体に対する龍の因子の応用という形で進められていたのである。
「まぁこちらとしては、自由に因子の研究をさせてもらえてる手前文句は無いのさ。その成果をどう扱うかは私の預かり知るところではないからね」
「もちろん、地球を守るために活用させて頂きますよ。侵略者から身を守る手段は多いに越したことはないですから」
瀧川ミナトはその為に使えるものなら何でも使う。
例えば最初の事件、初めて火鳥タカヤが地上へ降りてきた時の戦闘に巻き込まれた被害者を焚き付けて研究に誘い、利害の一致という名目で戦力に仕立て上げる手腕は、徹底的な合理主義の思想を持つ彼ならではの判断だと言える。
勿論、それを分かった上で誘いに乗り協力するアヤカもまた、人の倫理観から外れた異質な存在であることは間違いない。
「怖い人だ。私は何て人に協力してしまったんだろうね」
言葉とは裏腹に、アヤカの表情は楽しそうに笑っている。
ミナトは苦笑を浮かべながら、その事実を指摘した。
「言葉と表情が合っていませんよ?」
「そりゃもちろん、研究は楽しかったからねぇ」
まるで与えられた玩具に満足している子供のように、その様子は何処までも無邪気である。