龍の骸
迎撃を終えて帰還した龍王機に目立った損傷が無かったことは、メカニックとしても幸いなことだった。
戦場へ棺桶を送り出すような真似は尾を引きそうであるし、乗り手に対して含むところがあるわけでもない。
ならば敵機を撃墜して被害を最小限に抑え、その対象を回収してきた手腕には素直に称賛を送るべきだろうと思えた。
「新しい得物、使い勝手は悪くないみたいだな」
機体の出力を思えば振り回せないことはないというレベルの大きさの斧槍と、撃墜した敵機が見事に真っ二つになっている光景を見比べながら、呆れ半分でそう口にしてみる。
龍王機との接続を解除して降りてきたタカヤは、その言葉に笑みを浮かべなから答えを返した。
「こちらの注文通りの出来栄えだ。これなら奴らに遅れを取ることもないだろう」
ちなみに、敵を容赦なくぶった斬れる大振りの武器を用意して欲しい、と言うのがその注文の内容だ。
まさにその通り、敵の得物である剣ごと本体をぶった斬って帰ってきた事実には唖然としたものだが、余計な手間を掛けず一方的に相手を蹂躙するこの武器は、敵対者に対して極めて有効だと言えるだろう。
反面、製造や手入れに難のある武器でもあるため、後は如何に現在の戦闘力を維持するかが課題になってくる。
となればこの斧槍の他にも様々な武器が必要になってくるだろうと思い至ったところで、取り掛かるべき仕事が延々と増やされる未来を幻視して思わず憂鬱な気持ちになってしまう自分がいた。
そんな思いはひとまず脇に置いておくとして、である。
「強気な発言は頼もしい限りだ。これで連中が怖じ気づいてくれたらなお助かるってものだがなぁ」
「残念ながら無理だ。龍の因子を埋め込まれた人間は闘争本能を刺激され、恐怖心など真っ先に消されるだろうからな」
目前まで降りてきたタカヤの否定的な意見には、まぁそうだろうな程度の感想しか思い浮かばない。
敵対者が揃って過激思想に囚われた凶戦士の集まりのようなものであることは、直接戦いに関わらない自分でも知り得る情報である。
目前の男にも埋め込まれているという龍の因子とやらがもたらすものは、利点だけではないのだ。
「龍の因子、元々は月の裏側に漂着したっていう"龍の骸"から取り出した力、だったか?」
「そうだ。今は月に陣取っている翼竜騎士団によって、兵器として利用されてしまっているがな」
それこそが一連の騒動の根元であり、空から敵が攻め込んでくるという状況に至った理由である。
つまり現状は龍王機を始めとした力の全てが、感情的になりやすくなるリスクを抱えた乗り手たちによって短絡的な使い方をされているということであり、最新技術を使い潰してケンカをしている様は生産性の無い無為なものであると言えるだろう。
技術者としての観点からすると実に嘆かわしい話である。
味方の立場にあるとはいえ、乗り手のタカヤがここまで聞き分けのよい人間でなければ、むしろ自分の方が龍の因子を持つもの以上に感情的になってケンカに発展してもおかしくない程だ。
「カッカしやすい連中が抱え込むには過ぎた力だな。飛び火して地上の何処が戦場になるかも分からないってのが厄介だ」
「俺の実感としても、龍の因子の影響は自覚できる程度には大きなものだ。振り切れている奴らなら、尚更戦うことに躊躇などしないだろう」
敵はいつ攻めてきてもおかしくない状態である、と言うことだ。
であれば技術者として、この龍王機を何時でも万全な状態で使えるようにしなければならない。
戦いを終えて作業台に鎮座する機体を見上げながら、自らの仕事に対して真摯に向き合う気持ちを新たにした。