向き合うべき過去
微妙な空気となってしまった朝食の空気を変えてくれたのは、最後に起きてきた父、火鳥ユウイチロウだった。
防衛組織の司令官という立場はタカヤの保護者となっている事実から来ているものだが、その主だった仕事は実質的な対処がタカヤに集中していることから、裏方の役割に終始している。
故に最も忙しいのは事後処理となり、タカヤ出撃の翌日は前日の忙しさにより遅く起きてくることがほとんどである。
常であればそうした日はのんびりと過ごしているのだが、この日に限って言えばたまたま交わしていたタカヤとの先約があったために、遅めの朝食を済ませて既に準備を終えていた。
そして学校へと向かうマイを見送った後、ユウイチロウは早速車庫に向かって足となる自家用車を引っ張り出してきたのである。
「待たせたな、タカヤ」
「そんなことはないですよ、父さん。今日は無理を言ってすみません」
「何を言うんだ。休日に息子の足代わりになるくらい、無理の内に入らんよ」
昨日の今日で無理強いさせることに恐縮してしまうタカヤに対して、そもそも現場に出向いて実戦をこなしている立場の息子に言われては立つ瀬がないというのが、ユウイチロウの本音である。
故に、その一言が本心であることは疑いようがなかった。
「ありがとうございます。よろしくお願いします」
「じゃあ出発しようか。まぁそう時間は掛からないよ」
互いに笑顔を交わしながら、1人家に残るサヤカに見送られて出発する2人。
世間は平日、通勤時間帯を外したこともあってその道程はスムーズに進み、目的地まで想定よりも早く着きそうな気配である。
その最中、丁度会話の途切れたタイミングで引っ掛かった信号待ちでの沈黙の時間。
ユウイチロウはふと思い出したように呟いた。
「そう言えば、タカヤが家に来てからもう3年になるか?」
タカヤの反応が遅れたのは、当時を思い出そうと記憶を遡ったためである。
結論として、その指摘が正しかったことにたどり着いた中で生まれたのは、ちょっとした驚きの感情だった。
「もうそんなになりましたか。地上に降りてから、時間の流れが早くなった気がします」
「それはこちらも同じだ。最初こそタカヤが地上に馴染めるか心配だったが、今となっては単なる杞憂に過ぎなかったな」
互いに思い返すのは、手探りに過ごした共同生活での出来事である。
まともな生活などしたこともなかったタカヤにとって火鳥家の生活は驚きの連続であり、今の自分を形作る原点となっていた。
言葉ひとつ取っても、覚える際に敬語から始まっているために今なお両親に対して使っていたり、同年代との会話の練習のために妹のマイにはそれを崩した話し方を教えてもらったりと、今も現在進行形で試行錯誤を繰り返している。
侵略者から日常を守りたいと願うほどに、その繋がりは大切だということをタカヤは自覚していた。
「それは父さんたちが俺の家族になってくれたからですよ。孤独なままだったらきっと俺は、翼竜騎士団の連中と同じ末路をたどった筈ですから」
力に溺れ、命令されるがままに暴れまわることしか出来ない使い捨ての兵士として、この地上を破壊するために使い潰されるしかない。
それが翼竜騎士団を構成するワイバーン・タイプの乗り手たちの現状であり、龍の因子に呑み込まれた者の成れの果ての姿であった。
地上へ降りなければ遅かれ早かれそうなっていたであろう事態を想像し、ユウイチロウは苦笑を浮かべながら首を横に降る。
「そんな未来が来なくて本当に良かったと思っているよ。だからと言うわけでは無いんだが、もうあの日のことを気に病む必要は無いんじゃないか?」
これから2人の向かう先。
それはタカヤがドラグーン・タイプと共に地上に降りた、正確には戦闘を経て落下してきた場所であった。
その事態に陥る直前まで、朝からタカヤの過ごしてきた日常が当たり前のように繰り返されていたであろう、都市の一角である。
「思い詰めているとかそういうことではないんです。ただ、俺がこの地上を守る立場で戦うと言うのなら、あの時の事実から目を背けるわけにはいかないんです」
自らに言い聞かせるような戒めの言葉には、取り返しのつかないことをしてしまったことへの後悔が滲み出ていた。
どんな償いをしても決して消し去ることの出来ない罪悪感は、そのまま翼竜騎士団への怒りという形で戦いに挑む心の礎の一部になっていることは確かである。
しかしどれだけの戦いを重ねても、自分が犠牲にした命の重みは心の片隅に残ったまま、消えることはないのだ。
「不可抗力と呼んでしまうには、確かに大きな出来事だった。すまないな、その責任まで私が肩代わりしてやることは出来そうもない」
「これは俺が背負うからこそ意味があるものだと、そう信じています」
取り繕った笑顔の裏に見える悲壮なまでの決意に対して、ユウイチロウは何を言うべきかに迷った様子だった。
強い思いで前へと進む者に対して、どんな言葉も気休めにすらならないのだと言うことが分かってしまう程度の人生経験は積んでいる身として、それでもここでの沈黙はタカヤに余計な負担を強いるだけであると分かるからこそ、伝えるべきを躊躇わない思いがその口を開かせたのである。
「背負うことを否定はしないよ、タカヤ。それでも、無理をしようとする君の身を案じている家族がここにいるってことも、忘れないで欲しいんだ」
背負うことも、肩代わりも出来ない責任に対して、決して逃げること無く寄り添っていくこと。
それがタカヤを受け入れた火鳥家の答えであり、それを受け入れたからこそタカヤもこの家族の一員となることを決めたのだ。
ならば口にするべきは謝罪などではなく、感謝の言葉であるべきだと考えるのは、間違っていない筈である。
「覚えておきます。ありがとう、父さん」
信号はいつの間にか青になっていた。
もうすぐそこまで迫っている目的地に向けて、車は再び走り出す。




