第6話
「どこに隠れたんだ?何もしないから出てくるんだ」
銃を片手に持ったハリードと言われた男が私を探す……見つかったら間違いなくまた人質にされてしまう。
あの時、大丈夫なんて言わなければ良かったかも。
だけど私を乗せたまま戦闘に集中なんて出来ないだろうしあの時はあれが最善だったはず。
ゆっくりと足音が近づいてくるがどうしようも出来ない…一応影になって見えない位置ではあるけれど、注意して見たら見つかってしまう。
「……チィ!早く出てこい!俺は気が短けぇんだ!さっさと出てこねぇと…」
どうしよう……何か…何かないか…
周りを見るとある"もの"が視界に入る。
これを使えば…
イリスの視線の先にあったのは消火用カプセルという火災時に投げつけると消火剤を撒き散らすもので、何処にでも設置されている代物だ。
カツン、カツンと靴音が近づいてくる。
もう少し……今!!
カプセルを音がした方へ投げつけるとそのまま通路に飛び出して走る。
「ぐあ!っくそが!ふざけんな!!」
ダン!と銃声が響き、イリスの顔を弾丸が掠めていく。
痛い、だけどもう捕まったら何をされるか分からない。
必死で走って走り抜けた先にあった扉に駆け込むイリス。
「はぁ、はぁ…」
「誰だ?!ここは立ち入り禁止……む?子供?」
イリスが声がした方に顔を向けるとそこには……
「…え?なんで……これ…ゆうれい……?」
ソレを見た瞬間、イリスは思い出した。
幼い頃母親が乗せてくれたAF…全身が黒の塗装に肩には母親の遺品にもあったパーソナルマーク…全てがあの当時のままだった。
「…"幽霊"だと?なぜ君がこの機体のコードネームを知っている?」
そう問われてからようやくイリスは男性の存在に気が付く。
「助けて!!銃を持った男に追われてるんです!」
イリスがそう叫んだ直後、ドアが乱暴に開け放たれる。
「見つけたぜぇ!ちっとお仕置きが必要だな。…おい!そこのオッサンも動くなよ?動けば撃つ」
そう言われて男性はゆっくりと両手を上げる。
「…何者かは知らんが子供、それもこの様な少女へ銃を向けるのは感心しないな」
「黙ってろ。…お前、技術者だな?そこの黒いAFを起動しろ、ソイツは俺が貰う」
ファントムを指差しながらイリスへ近づくハリードに冷ややかな視線を向ける男性は
「起動しろ、だと?それが出来るなら私は今までこんなに苦労はしなかったがね」
「あ?どういう…嬢ちゃん、動くなっていっただろ!」
イリスが半歩後ろに下がったのをみたハリードは躊躇なく引き金を引き、イリスの足を撃ち抜く。
「あぅ!??」
その場に倒れ込んだイリスは撃たれた場所を抑えて呻く。
「止めないか!なんて事を…」
駆け寄ろうとした男の足元を撃って制止してから口を開く。
「…やっぱ面倒だな。逃げる気も起きないように両足を撃つか。早く起動準備をしろ!」
スッとイリスに銃を向けるハリード
「…だから、このAFは動かな…『緊急セーフティモード起動、パイロットの生命保護を優先します』」
そう言いかけた時、どこからか機械音声が流れた事に驚く男性…フロイトが慌てて見上げると、10年以上沈黙していたファントムのカメラアイは赤く輝き、ある方向を見ていた。
『生体データ照合完了。イリス=オドネルと確認、脅威を排除します』
ファントムがイリスへ銃を向けているハリードへと頭部を向けた瞬間、頭部側面にあるバルカンユニットが火を吹いた。
バルカン特有の重い発射音を響かせハリードが居た場所を蹂躙していき、発射音が収まるとそこには抉れた床しか残っていなかった。
さらに低く唸るような駆動音を立ててファントムがイリスへと手を伸ばす。
「…馬鹿な。今までどんな手段でも起動しなかった機体だぞ!それが…何故…」
そう言う間にファントムはイリスを自身の掌で優しく掴むとコックピットの前に腕を持ち上げハッチを開く。
「……乗れって言ってるの…?」
『yes、イリス=オドネル。正式な所有権を持つ貴女を待っていた』
シートへ座るととても懐かしい匂いに包まれた様な気がした。
これはやっぱり…お母さんの……
「……オドネル!そうか、君は彼女の…!」
フロイトはオドネルという姓を聞いてハッと気が付く…それはこの機体の持ち主の姓と同一、つまり…
「そうか…彼女は…自身の娘にこの機体を……だから今日この日にここオストローデンへと…ははは!リースさん、賭けはあなたの勝ちだ!それも最高のタイミングでだ!」
コックピットに収まったイリスはファントムの腕をフロイトの方へと伸ばす。
「貴方が誰かは知りませんけど、お母さんの事を知っているんでしょう?一緒に乗って下さい!ここから離脱します」
フロイトをコックピットまで持ち上げてコックピットへと入ってきた所でハッチを閉じる。
「多分あの男は仲間に通信をしていた、すぐにここへとやってくるだろう。君はやれるのか?その足で」
イリスの足からは血が流れていたがイリスは制服のスカーフを取って足を縛る。
「お父さんが来てますから合流するまでは持たせます」
「ほぅ?父親の名は?」
「ダリウスです、レッドライトニングのダリウス」
「なんと……?それは…」
驚いているフロイトだったがそれよりも…
「詳しい話は後に、もう来たみたいです…!」
格納庫の隔壁が爆発と共に吹き飛ぶとそこから現れたのは先程ダリウスと戦っていた機体とは別の機体…重装甲を自慢とするトマホークだった。
「あれは…」
「…トマホークだ。あれは厄介だな…この機体は今武装と言える武装は無いに等しい。内蔵武装がある筈だが…私はこのファントムに搭載されている武装は分からんのだよ」
イリスは武装を確認しようとするがそれを待ってくれる筈もなく、トマホークは背中に背負った大型のスレッジハンマーを掴んでスラスターを吹かしファントムへと振り上げる。
だがそれをイリスはフットペダルを踏み込んでスラスターを吹かしながら後方へと下がって回避し、頭部にある近接防御用機関砲を連射する。
「トマホークに半端な射撃兵装は通用しない、何か近接格闘武装は無いかね!?」
「そ、そんな事言われても…!初めて乗ったんです!分かりませんよ!?」
イリスがパネルを操作していると
『近接格闘兵装は腕部固定式粒子収束剣が使用可能』
ふぇ?!粒子…何??というかさっきからこの声は…!?
「粒子収束…まさかビーム兵装!?この機体にもあったのか!…イリス君!それならばそこのスイッチを押してトリガーを引きたまえ!」
フロイトに言われた通りにするとファントムの腕の装甲がスライドして青白い粒子が剣の様に放出された。
「…凄い。これなら…」
イリスはスロットルレバーを最大まで押し込みトマホークへ斬りかかろうとするが、今まで模擬戦で乗っていたスピアと同じように操作したのが間違いだった。
ガシャンという音と共に背部のメインスラスターが展開されるとそこから猛烈な勢いで火を吹いたスラスターは機体を凄まじいまでの勢いで前へと押し出した。
「うっ!?」「ぐおぉ!?」
勿論その様な勢いで飛び出せば相応のGでシートに叩きつけられる。
瞬く間にトマホークに接近してそのまま体当たりをかますと縺れ合いながら壁を破壊して外へと飛び出す。
「…いたた。もぅ…何なのよ…スピアと段違いで…」
「スピアと比べるのが間違いなのだよ、この機体は10年という時を経てなお今ロールアウトしている量産機とはスペックが違う」
そうなのかも…さっき体当たりしたトマホークは完全に大破しているのに対してこちらは目立った損傷は皆無なのだから。
「やはり君の母親であるリースさんはAF開発技術者の中でも抜きん出て天才だったと証明された訳だ」
「どうして??」
「何故?!良く考えてみたまえ!10年も昔に造られたAFが何の整備も無しにここまで動けると?それは否!断じて否だ!動力から何から全て劣化するような年月を経ても当時と同様に動くだけでも凄いのだよ!!それをやってのけた彼女はまさに天才、AF開発の申し子と言って良いだろう」
凄まじい饒舌さで如何に素晴らしいか語るフロイトの話を半分聞き流してイリスはこれからどうするかを考える。
お父さんの居場所は分からないし、かといって闇雲に動くのも危険な気がするし……
「フロイトさん」
「彼女はあの当時私に「フロイトさん!!」……なんだね?せっかくこれから盛り上がっていく所なのだが…」
「…それは後から聞きますから、それよりこれからどうしたら良いと思いますか?お父さんと連絡を取る手段が無いんですよ」
そう言うとフロイトは少し考えた後
「ふむ…それならば元々私が合流する予定だった"ソルシエール"に向かうのが得策だな」




