第32話 封印された機体
イリス達がデンゼル重工で戦闘を行っていた同時刻………かつて最強と謳われた帝国の超弩級戦艦"ガングニール"…深紅の死神と交戦して撃沈されたその戦艦はレーゲ宙域と言われる場所で静かに時を刻んでいた。
激しい戦闘の果てにうち捨てられたアサルトフレームの残骸やその他の艦艇の残骸が漂う宙域はさながら墓場の様であることから人々はこの場所をレーゲの墓場、と呼ぶ。
普段誰も寄り付かないこの場所だがここに今…一機のアサルトフレームの姿があった。
「……既に事態は動き始めた。残念ですが貴女が予想した通りの結果になりそうです」
ガングニールの荒れ果てた格納庫で呟いたのは旧アレイストの軍服を身に纏った妙齢の女性。
コックピットの中で静かに目を閉じるその女性は自身の愛機に呟く。
「分かっているよ、これから先も私達がやるべき事は決まっている…そうだろう?"ダインスレフ"?」
女性の声に反応を示す様に甲高い駆動音を奏でるグレーの機体…従来のスピアタイプよりも
「リースさん…もうすぐです、貴女を忌まわしきあの場所から解放する事が出来る」
女性は懐からペンダントを取り出して握りしめるとコックピットモニターに映るモノに語りかける。
「またこの機体が戦場へと出撃する事の無い事を願うよ"ディステルガイスト"……だがもう無理なのかも知れないね」
破棄された戦艦の格納庫に封印された深紅の機体…幾重にも施されたオルカレイコス製の拘束具は年月を経てなお当時のままの状態を維持している。
しかし…
「リースさんの危機に反応しているのか…それとも…」
見つめる先のディステルガイスト…その剥き出しのカメラアイは不気味な赤い光を灯している。
そう、既にこの機体は起動している。駆
動音がまるで唸り声をあげているかの様に聞こえるのだ。
半分だけ溶けたフェイスガード…その下にあるカメラアイは暫くして輝きを失うと駆動音も収まる。
「まだだ、まだ我慢しておくれ。その為に私は居るのだから…」
カタリーナがそう呟いた時、レーダーから警告音が鳴り響いた。
「…やれやれ。また"墓荒らし"か」
モニターに示された赤い点…ガングニールという巨大な残骸があり周りも機体や艦艇の残骸だらけのこの宙域は墓荒らしと呼ばれるジャンク屋達にとって魅力的な場所なのだ。
カタリーナはレバーを握るとペダルを踏み込みガングニールの格納庫から発進デッキまで移動する。
「奴らも仕事なのだろうが…この場所を荒らさせる気は無いよ」
壊れた発進デッキまで移動したダインスレフのバーニアが展開され甲高い音を立てて噴射を開始する。
「行くわよ、ダインスレフ…!」
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「なぁタリー、ここはやめといた方が良くないか??」
「なんでだよ?……あぁヒューレット、まだあのおっさんの言葉にビビってんのかよ?」
「そんなんじゃねぇよ。だけど俺の勘が当たるってのは知ってるだろ?この宙域に近づく程嫌な感じがするんだ」
確かにレーゲ宙域は宝の山だ、だけど古株のジャンク屋達は絶対にここに手を出さない。
"誰も近づく奴なんて居ねぇよ。昔俺のダチもあの戦艦から部品を拝借しようとして……帰って来なかったからな"
そう語ったジャンク屋の店主は昔名の知れたアサルトフレーム乗りだったのを知っていたから俺は言ったんだ…"探しに行かなかったのか?"と。
"探しに行ったさ。だが…いや、とにかくあの戦艦には近寄るな。それが最善だ"
「……やっぱ帰ろうぜ?あのおっさんは嘘なんて言わねぇ。確実に何か居るんだ…この宙域は」
「居たとして俺達がやっちまえば良いじゃねぇか!何のために傭兵として何年も経験を積んだんだ?しかも今回俺達が探しに来たモノは戦艦クラスにしか無い代物だ。それがある可能性……いやここなら確実にあるだろ」
「……分かったよ。だけど何か起こったら絶対逃げるからな?」
「あいよ。さっさと終わらせて……!」
『残念だがお前達はもう帰れない。近づきすぎたな…阿呆が』
オープン回線で入ってきた女の声と同時に目の前に現れたグレーの機体…その機体が長大なブレードを振り下ろす瞬間、咄嗟にタリーの機体を蹴り飛ばし回避させるとブレードを引き抜く。
『勘が良いらしいね…だが!』
グレーの機体が向けた腕に握られていたのは…
「やべぇ!ハンドキャノンか!?」
アサルトフレームの武装の中でも使用しているのは少ないと言われる大型のハンドガンタイプ…短い射程に装弾数の少なさ、連射が出来ずそして反動が大きい。そんな理由から今の世代のアサルトフレーム乗りは使っていない…とまで言われる武装。
だが万が一持っている奴が居たならそれは余程好きで趣味的に装備しているかもしくは…使いこなしているか、だ。
ハンドキャノンの銃口が火を吹くと同時に引き抜いたブレードが弾かれる。そこへ蹴り飛ばしたタリーが機体の姿勢を立て直してライフルを構える。
「連射出来ない武装を外した自分を恨め!」
タリーの言葉と同時に放たれたライフル弾はグレーの機体のコックピットへ真っ直ぐに進む。
しかしグレーの機体はそれを手に持っていた独特なブレードで弾き、方向を変える。
『連射出来ない武装…か』
女の声に違和感を感じたヒューレットはすぐにタリーへ叫ぶ。
「タリー!油断するな!」
ヒューレットからの忠告…それを聞いたタリーだったがそのままライフルをフルオートで発射しながらブレードを引き抜きバーニアを吹かす。
「こいつが番人って言うんならよ、倒しちまえば良いんだろ!!!」
叫びながら突撃していくタリーを援護するためにバーニアを吹かすヒューレット。
何発ものライフル弾を浴びて動きが止まったグレーの機体にタリーはブレードを振り抜く。
『これ以上この場所で暴れるな…!』
アサルトライフルの弾丸を浴びながら動いたグレーのアサルトフレームはそのまま長大なブレードを振り抜きタリーのアサルトフレームの四肢を切り飛ばすとタリーに遅れて接近していたヒューレットへとハンドキャノンを向けて連射した。
直撃したヒューレットの機体が動きを止め、四肢を失ったタリーの機体も行動不能となる。
「ば、化物か…?だから俺はやめようって…」
レバーを動かしても機体は動かない。もう終わりだ…そう思ったヒューレットにグレーの機体は何故かブレードを収める。
『…これ以上ここを荒らさないなら殺しはしない。さっさと帰るがいい』
ブレードを収めたグレーの機体は反転してバーニアを展開する。
「…待ってくれ!聞きたい事がある!!」
『………何?』
「俺達がここに来たのはある物を探す為なんだ!」
『ほう?それで?』
ジャコンッ!
「依頼を受けた!傭兵ギルドの支部長直々の依頼なんだ」
シャコン…シャコン…
「あんただって傭兵ギルドを敵に回したりはしたくないだろ?!」
話をしている間グレーの機体は手に持ったハンドキャノンから空になった薬莢を排出し弾丸を1発、1発と装填していく。
ヒューレットは見逃されると分かって欲を出した。だがそれは選択肢を間違ったのだとこの段階になって気付く。
改めて見ればその異常さが良く分かる…市販されている物を改造するのが普通ではあるが目の前でグレーの機体が装填しているハンドキャノンはヒューレットが今まで見てきたどのハンドキャノンにも似ていない。
だが…ヒューレットは思い出す。そのハンドキャノンを見た事があったのを。
「…"復讐者"」
『……なるほど、お前はこの銃を知っているのね』
数年前に所属していた傭兵団がオークションの護衛を受けた事があった。
その時依頼人からオークションに出品される品の説明を聞いたがその中にソレはあった。
製作者…不明、製造材質…不明、専用弾薬も装填されてあった6発のみ。そんな馬鹿げた品の説明を聞いていた傭兵団の皆はゴミだろ?と言っていたがヒューレットは違った。
普通のハンドガンタイプのバレルと違って分厚い長方形のロングバレル、装填されていた弾丸はライフルに装填するような徹甲弾らしき物…そして特徴的だったのが無骨なデザインの中にあって一際目立つ深い紅で刻まれた一文……
"最後の1人まで全ての敵に死の制裁を"
読まれましたか?あの一文を。私も最初あれを見た時は震えました…製作者の魂の叫びが伝わるかの様に殴り書きされた一文ですからね。
私はこの銃の持ち主に見当があるんですよ。これを手に入れた宙域はとある事件の首謀者が討ち取られた場所なんです。
確か…あの時俺は…聞いたんだ。
"深紅の死神"…有名な話だ、一人でクランを、国を相手にしてその名の通り死神の如く命を狩り続けた正真正銘の化物。
これはその死神が使っていた銃なのではないか、と。
「お前は、深紅の死神…なのか?」
ヒューレットがそう言った後暫く沈黙したのちグレーの機体から発せられたのは盛大な笑い声。
『あはははは!私が"深紅の死神"か!笑えるな!』
突然笑いだした事に戸惑っていたヒューレットだが次の一言で自身の終わりを悟る。
『それを知っていてここに居る…なら狙いはガングニールにあるものだろう?依頼人共々始末しないといけなくなったな』
ジャコン!!と装填が完了したアベンジャーを構えたグレーの機体は迷わず引き金を引くとヒューレットの機体は動力部を貫かれて爆発する。
「この場所を嗅ぎ付けられたか。やはり早急に彼と合流した方が良さそうだ」
昨日話をした彼ならば間違いはない。リースさんが造り上げたアレを託すに相応しいとバサル大佐が選んだ男だ。
「大佐…いや、今は准将か。私もこれから表舞台へと戻ります」
これから向かうアルテミス…そこへ意図的に集められた人々。
「私はこの時の為に生かされたのだ。必ず仕事は果たす…そうだろう?"ダインスレフ"」
"勿論だ"
ディスプレイに浮かぶ文字に笑みを浮かべたカタリーナは一つ頷くとペダルを踏み込み飛び去っていった。




