第31話 和解
第7格納庫…その格納庫は昔からラグラスに存在しているがこの一画はラグラスの管轄では無いため普段そこにアサルトフレームが搬入される事はない。
だが…数日前にラグラス各所にある整備士の詰所に伝達された辞令を見て内容を理解した一部の整備士達が社長室へと集まっていた。
「…諸君がここに居る、と言うことは内容を理解した者だと考えても良いのだな?」
デンゼルの言葉に集まっていた6人が頷く。
「結構。なら説明も必要はないな?君達は本日から第7格納庫所属へと戻ってもらいたい」
「社長、それはつまり…あの格納庫でしか整備出来ない機体が来る、そういう事ですな?」
壮年の整備士がそう聞くとデンゼルは頷く。
「その通りだ、明日には到着する予定だが戦闘により機体の状態が酷いらしい。フレームから操作系統、装甲まで全て手を入れる必要がある」
「……やはりリースさんが造ったといえど経年劣化には勝てなかった、というわけですか」
年配の整備士がそう言ったがそれに首を振る。
「違う、確かにそれもあるだろうが…報告書をみた限りファントムが出しうる性能限界ギリギリまで出力が上昇、通常なら問題ない程度の経年劣化だったがその状態にファントムが耐えられなかった…と」
「性能限界ですと?!あれにはリースさんがリミッターを設けていた筈では??それを解除出来るような人物が統合軍にいるとは思えませんが…やはり例のブラックボックス関連ですか」
「あぁ、そうだろうな。しかも乗っていたのがリースの娘らしい、と言えば信じるか?どうやらリースの娘が戦闘で窮地に立たされた時に何らかのシステムが発動してファントムの性能を限界まで引き出し、それに耐えきれなかったのだろうな」
「…リースさんの娘?それは…」
「まだ詳しくは分からん。だが…ファントムを起動出来ている時点でほぼ確実だろう」
そう、あの機体には様々な細工が施してある。
普通のアサルトフレームはその機体専用の起動キーを使えば誰にでも起動出来る。
だがファントムに関しては起動キーだけで動かす事は出来ない。
"もっと先の話だけど…いつかデンゼルにも分かる日が来るから"
イリスが生きていた、その事実は巧妙に隠されていたようだが…どうにも辻褄が合わない事が多い。
リース自身イリスが死んだ、と語った時の様子は嘘を吐いている様には見えなかった…しかもレドの弟であるライルが行った葬儀には確かにレドと…イリスの遺体も……いや…はっきりしないな…何故だ?
いつかわかる…リースが言ったのはこの事だったのか?
デンゼルは椅子に深く腰を沈めて目を閉じる。
「……不可解な所が多すぎる。イリスについての調べを急がせた方がいいか……?」
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社長の言葉は事実だった。
リースの部隊で整備長として配属されていた男…カレントはまず到着したファントムを見て懐かしさに目頭が熱くなるのを感じた。
「まさか…またこの機体が動いている姿を見れるとは…だがしかしこれは手酷くやられたな」
昔は被弾らしい被弾をしていなかったから整備士からすれば日々のメンテナンス位しかする事は無かったが…目の前に現れたファントムは満身創痍といえる酷い状態だった。
それでも動いているファントムを見てやはり素晴らしい機体だ、と再確認していたカレントだったが…ファントムのハッチが開いて中から出てきた人物に目を見開く。
肩より少し下まで伸ばされた鮮やかな青い髪…そして整った顔立ち…それはまるで…
「……リース隊長?……いや、違う」
とても似ているがあれはリース隊長じゃない。
そうして降りてきた少女を眺めていたカレントへ向かってこちらに気が付いた少女が近づいてくる。
「あの…これからお世話になります!私はイリス=オドネルといいます」
挨拶をして頭を下げるイリスにカレントは昔リースが着任してきた時を思い出していた。
『今回この部隊の隊長になりましたリース=オドネルです。宜しくお願いね』
そういって鮮やかな青髪の頭を下げた仕草などが同じでやはり親子なのだな、と思う。
「えっと……どうかしましたか??」
じっと見られているのに気が付いたイリスがそう尋ねるとカレントは首を振りすまない、といって自己紹介をする。
「私はラグラス所属の整備士でカレントだ、君がとてもリースさんに似ていて驚いたのでね……それにしても良く似ている」
「お母さんを知っているんですか?」
「あぁ、私はリースさんの部隊で整備長をやっていたからね。このファントムもその頃からの付き合いだ」
ファントムを見上げるカレント…その背中を黙って見つめるイリス。
「おっと、すまないね。歳をとるとどうも感傷的になっていかん。さぁ、とりあえずあちらで社長が待っているから先に行ってきなさい。ファントムは彼と我々できっちりと整備しておくからね」
宜しくお願いします、と言ってイリスが立ち去るのを見送ったカレントにフロイトが近づいてくる。
「久しぶりですな?カレント整備長」
「…フロイトか。お互いに歳をとったな…早速だがファントムの状態を教えてくれないか?」
「相変わらず仕事人間ですねカレント整備長。……まぁ私もですが。ファントムの状態は見ての通りですな、スラスターの装甲の歪みや駆動部の損傷…エネルギー伝達パイプから何から取り換える必要がありますよ」
フロイトが脇に抱えていた端末を開いてカレントに渡す。
「………ここまで酷いとは。何らかのシステムが発動して機体の耐久値をオーバーした、という話を聞いていたからある程度は覚悟していたが…」
「システム……イリス君の話では"ヴァルハラシステム"という名称だそうですが私が調べてみてもそれらしいシステムは見つからなかった。後考えられるのは……」
「ファントムのブラックボックス化しているサブシステムの中、だろう?……だがあれは我々では解析出来ない」
ファントムのサブシステムはリースが様々なプロテクトを掛けている為、フロイトが解析しようとしても出来なかったのだ。
それはカレントでも同じで専門家であるフロイトが解析出来ないなら整備士であるカレントがどうこう出来る代物じゃない。
「システムの解析は諦めるしかないな。まずは各装甲板を取り外して駆動部、伝達系を取り換えていくか」
頷くフロイト、さらにカレントは近くで待機していた同じくリースの部隊で整備士をしていた長年の同僚であるロドラーを呼ぶ。
「ロドラー!いつまで涙ぐんでやがる!!早速仕事を始めるぞ!」
「ああ…分かってるがよぉ……懐かしいやらなんやらでな…」
「良い歳したジジイが泣いても誰も喜ばんだろうよ…それよりロドラー、ファントムの修復だが…想定よりかなり悪い。必要なパーツを調べて大至急製作に回せ!」
カレントの指示を聞いてロドラーは直ぐに頷くとファントムへと向かっていった。
「フロイト、ちとお前さんに見せたい物があるんだが…今は現物が見せられないからこのディスクのデータを見ておいてくれ。場合によってはシステム関連も少し弄らなけりゃならんかもしれんのでな」
渡されたディスクを端末で開いたフロイトは目を見開く。
「こ、これは…!」
「統合軍で保管するのに反対した社長は正しかった、ファントムの武装ユニットを所有者であるリース隊長の娘さんに許可も得ず好き勝手しやがって…」
イリスには分からないだろうという勝手な判断で軍の一部の高官達がファントムの武装ユニットを持ち出して自分達の派閥の統合軍の機体に取り付けてしまった事に腹を立てるカレント。
「どれもリース隊長の娘に所有権があるっていうのに馬鹿共が…当時未完成だったその"ケルベロスⅡ"だけが残された唯一の武装ユニットになっちまった」
図面データを見ていたフロイトは顔を歪めながら苦々しく応える。
「…私が止められなかったせいですね。イリス君には本当に申し訳ない事をしてしまった」
「そう思うなら最後まであの子の味方でいてやれ。これから先あの子に待っているのは険しい道だぞ」
デンゼル社長が語ったイリスの状況…あの子は必ず大きな戦禍に巻き込まれる。
このファントムが完璧な状態なら現行の機体に負けるということもない…それだけのスペックを誇る機体なのだ。
「さて、久しぶりに忙しくなる」
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そして現在…ラグラスの会議室にはイリス達四人、デンゼルとギリアム、ジークリンデとエイミが集まっていた。
「………」
無言を貫くイリスに対してジークリンデは眉が下がる。当然先ほどの戦闘でニールを見捨てた上でイリスにも主砲の照準を向けていた事…イリス達からすれば許せる事ではない。
「…私は統合軍には投降しません、もしそれでニール達をどうにかする…というなら私はソルシエールとも戦います。ファントムならソルシエールといえど沈めるだけの火力は出せますよ」
いつになく本気で怒っているイリスの剣幕にニール達も口を挟めずにいた。
「少し落ち着きなさいイリス、滅多な事は言うもんじゃない。ジークリンデ艦長もその件については仕方がなかったのだろう?だからこの場に私が呼んだのだ」
「だけど……私は許せないです。私は軍属じゃない、あんな命令されてまでソルシエールに乗る必要はないです」
「それについては言い訳もない、全て私が悪いと思っている。だがあの状況では…」
「あの状況ならニールを見殺しにしても良いって言うんですか!?」
「はい、ストップ!イリス、少し落ち着こうよ?ジークリンデ艦長にだって守るべき者っていうのがあるんだから。ソルシエールにも沢山の乗組員が居るんだよ?その人達を守るのが艦長っていう肩書きを持つ人…つまりジークリンデ艦長の責務だと思うしさ」
アリアの言葉で止められたイリスはジークリンデに視線を向ける…辛そうな表情をして口元を引き締めるジークリンデを見て少し息を吐く。
「…すいません、言い過ぎました。ですが私は協力出来そうにありません。ジークリンデ艦長というより…もう統合軍を信用出来そうに無いんです」
「その理由は…君のお母さんが関わっている、と考えても?」
ジークリンデの言葉に少し間を置いてイリスが頷く。
するとデンゼルが口を開き、まずはジークリンデへと語る。
「今イリスを取り巻く状況は大体把握しているでしょう?どうにも統合軍はイリスに対して何らかのアクションを起こそうとしているし…他にも傭兵クランや海賊達も動きを見せている。そこまでは理解してると思うが…」
「あぁ、理解している。今回の不可解な指令などを考えても統合軍内部で何かが起こっているのもわかる。だがそれでも…アルテミスには向かわねばならない」
ジークリンデがそう言った後、続けてデンゼルの口から告げられたのは…
「さて、ここからが本題だが…イリス、君の養父であるダリウス中佐が統合軍を離脱…正確に言えば脱走した。副隊長のハロルドとともに脱走する際に統合軍からアサルトフレームを強奪して捕縛部隊を戦闘不能にした後、離脱したらしい」
軍から逃亡?お父さんが…?
「ダリウス中佐は恐らくイリスが帰ってこない事で統合軍の関与を察知したから動き出したのだと思われる。ダリウス中佐の逃亡と同時に彼の部隊もダリウス中佐とハロルド副隊長以外のアサルトフレーム全てを持ち出して姿を消した」
「これからソルシエールはバサル准将からの個人的な依頼を受けて動く。しかしその為にまずはダリウス中佐と合流したいと考えている…出来るならばイリス君貴女にも共に来てほしい。デンゼル氏が言った通りイリス君を追いかけるならばダリウス中佐の目的地は…」
「…間違いないだろうね、ダリウス中佐はオストローデン襲撃の時居合わせていたからソルシエールの存在も間違いなく気付いているはずだ。イリス達が帰ってこない原因を考えるならば…宙賊か統合軍か、どちらかしかないからね。そして統合軍から脱走したということは動くに足る情報を手に入れたと…なら確実にソルシエールを追ってアルテミスへ向かうだろう」
お父さんなら確かにそうするかもしれない。そして私達を助ける為にソルシエールと戦うと思う。
「ダリウス中佐が情報を得て動いているならば間違いなくアルテミスへと向かうだろう。だが君達がソルシエールから離脱したとしてダリウス中佐に信じて貰えるかどうか…」
「私を連れていれば無駄な戦いを避けられる、そう言いたいんですね?」
頷くジークリンデにイリスは少し思案すると顔を上げる。
「…分かりました、だけど私達はさっきの様な命令は…」
「それについてはこちらの失態でありこれから先その様な事は無いと誓おう」
色々と納得は出来ないけれどお父さんを探さないと大変なことになる。
「イリス、ここは協力しよう。俺だって納得はしてねぇけど…ジークリンデ艦長には助けて貰ったんだからその恩は返さねぇとな」
ニールの言葉に頷くロイとアリア。
それを聞いたイリスはゆっくりと息を吐くと頷く。
「…分かりました、それなら…宜しくお願い致します」
「君達には苦労をかけるが…助かるよ」
お互いに握手をした後イリス達が会議室から出た後…
「ジークリンデ艦長、ダリウス中佐の件はなんとかなりそうだが実は後1つ用件が残っていてね…」
「まだ何か?これ以上の厄介事は勘弁願いたいが…」
顔をしかめてそう言ったジークリンデに対してデンゼルは手元の端末を操作して会議室の鍵を閉める。
「…さてジークリンデ艦長、私の用件と言うのは…カタリーナ元上級大尉の事なんですよ」
「姉は先の大戦で戦死していますが…??」
カタリーナはジークリンデの姉だが"アレイスト攻防戦"の折り彼女は率いていた部隊と共にベルンホルストの戦艦からの砲撃にて全滅した、と。
「……これを」
デンゼルがジークリンデに見せたのはとある部隊から抜き出した映像でその映像には試験機カラーのアサルトフレームとの交戦記録だった。
機体の背丈程もある大型の…これはサムライブレードか?それを鮮やかに振り回し次々と撃破している。
「……この機体が交戦している部隊は部隊章からしてバサル准将の部隊ですね?だがそれが姉と何か…」
「問題はこの部隊が全滅した後…ここです。」
デンゼルが映像を止めたのは最後まで交戦していた機体が地に伏した後…グレーのアサルトフレームのハッチが開き中から現れた人物をズームした所だった。
中から現れたのは年季を感じさせる軍服を着た妙齢の女性…その女性は髪を掻き上げながら何事か呟く。
『………こ……………次は……アルテ…ス………』
彼女が発した言葉は途切れていたがそんな事を考える余裕はジークリンデには無かった。
何故なら…そのパイロットの容姿は当時のままのアレイストの軍服を着た姉…カタリーナその人だったからだ。
「姉は確かに戦死したと…思っていた」
「やはり彼女は艦長から見ても本人である、と?」
「…恐らくは。しかし生きていたのなら何故私に隠す必要がある?それが分からない」
生きていたのなら…知らせてくれたら良かった。たった一人の家族だったのだ…私がどれ程悲しみに暮れたか…!
色々な感情がない交ぜになった表情で黙ったジークリンデにデンゼルは続ける。
「カタリーナ大尉らしき人物が現れたのはダリウス中佐が逃亡し、見ての通りバサル准将の部隊が追撃していたその最中だ。まるでダリウス中佐を逃がそうとしたみたいにね」
なるほど、確かに状況を見ればそう見える。
「この映像にはバサル准将も驚いていて"ジークリンデに見せてやってくれ"と」
「そう、ですか……」
「映像の彼女の言葉から推測すると彼女もアルテミスへ向かうと思われる。何の目的で彼女が動いているか分からない…もしかしたら戦闘になる可能性もある。貴女がどうするにしろ……気を付けてくれ」
デンゼルとの話が終わった後……額に手を当てて天井を仰ぐと呟く。
「…アルテミス宙域に姉さん…あなたも来るのか……なら…私は…」




