第30話 話し合い
「レムレース及び所属不明機、反応ロスト。敵アサルトフレームも全て撤退……艦長、今回の…」
「……エイミー。君が言いたい事は分かるが…私は…」
「そうでしょうけれど…もっとイリスさん達に配慮すべきだったのでは?ニール君達はともかくとしてイリスさんは軍属じゃありませんし…あの様な命令は受け入れないでしょう」
エイミーの言う通りだが…あの状況はどうみても我々が不利だったのだ。
いや……言い訳だな、イリス君は彼等を守る為にこの艦に乗っていたのだからあぁなるのは予想出来た事だ。
「……さて、これからどうしたものか」
「艦長、ラグラス防衛部隊から通信が入ってます」
「繋いでくれ」
『こちらラグラス防衛部隊のギリアムだ。帰還中にそちらの識別信号を発する無人の機体を回収したが…受け取りは可能か?』
こちらの機体?まさか…
「レムレースか?エイミー、誘導を」
「了解、後部格納庫へお願いします」
『…了解。引き渡した後そのまま貴艦をドックまで誘導するが…構わないか?』
「補給と修理は予定通りやってくれるらしい…ありがたい事だな」
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「なぁ、イリス。これからどうする?イリスはどうか知らねぇけど俺達は間違いなくお尋ね者だぜ?」
うーん、確かに。そもそも機体を盗んだ罪を帳消しにするためにソルシエールへと乗っていたんだし…
「まさか乗り始めて3日もしない内に離脱するとは私も思ってなかったからね。一応フロイトさんに相談しようと思うけど…」
「フロイトさんも軍属だろ?大丈夫かよ…」
「大丈夫だと思う…どのみちファントムは置いて行けないし」
第7格納庫のリフトを起動してファントムが格納されているドックへと向かうイリス達…そこでディステルの通信機が鳴る。
『イリス、色々と派手にやったみたいだね』
デンゼルが苦笑いしながらそう言ってきたのでイリスは慌てて謝る。
「すみません!戦艦とか色々壊してしまいましたし、ソルシエールとも敵対して…おまけにディステルもかなり損傷が…」
『ははは、別に構わないよ。あの戦艦はこれから修繕に入る予定だったから人員も乗っていなかったし、ポートも避難が終わっていたからね。ソルシエールに関してはこれから次第ではあるし…ディステルはイリスにあげるつもりで渡したから構わない』
「そうなんですか??」
『ああ、だから損傷は気にしなくて大丈夫さ。それと…君の友人達も保護して第7格納庫へ向かってるから心配は要らない、と伝えたくてね』
良かった、ロイとアリアが無事で。
『…とりあえず私はソルシエールの艦長と話をしなければならないから暫くは格納庫で待機しててくれ。整備士に言えば施設を案内してくれるからゆっくり休むと良い』
「ありがとうございます」
『では、また後で』
そう言って通信が切れるとイリスはディステルのシートに深々と腰を沈める。
「あれがデンゼル重工の社長か?すげえ優しい感じだったな」
「そうだね…とにかく良かった。ニール、あなたも無事で…良かった…」
「イリス?!……寝てる。このタイミングで寝るのかよ…」
仕方ねぇか、聞けば俺達の方に来る前に戦艦に突撃したりしてたらしいし。
ニールはイリスを少しだけ横にずらしてシートに収まるとリフトが目的地に到着したのをみてディステルを前へと歩かせる。
するとすぐにこちらに気が付いたフロイトが驚いた顔をしながらも誘導してくれたので装甲を外されて修理中のファントムの横へとディステルを進め、駐機姿勢を取りニールだけ降りた。
「何で君がこの機体に?と言いたいがそれは良い。それよりジークリンデ艦長から君達を見つけ次第捕縛せよ、と命令が出ているぞ」
「うへぇ…やっぱそうですか。それで?フロイトさんは俺達を捕縛するんですか??」
「馬鹿をいうな!捕縛と同時にファントムも回収しろと言っている以上私はソルシエールに戻るつもりはない!それに最初から私は反対だったのだ、学生を戦争に巻き込むなど…」
「それにだな、今ここで私が君たちを捕縛しようとすれば周りの整備士から総攻撃を受けてしまうじゃないか!」
見てみればファントムを整備していた人達が皆こちらを見ていてそれぞれ手に何かしらの道具を構えている。
「ここにいる整備士は全員イリス君の母親の元部下だそうでな。イリス君に危害を加えたら生きて帰れないさ」
イリスの母ちゃんすげぇ…かなり昔に何回かイリスん家に遊びに行った時見たことあるけど…優しそうな人だったんだけどな。美人だったし。
「とにかく休みたまえ。この先に整備士用の居住スペースがあるからそこでシャワーなり食事なりしてきなさい。イリス君は…暫くそのままにしておくか…起こしても可哀想だ」
ニールが頷いて居住スペースに行った後フロイトはコックピットへと上がり、イリスのヘルメットをゆっくりと外して髪を一撫でしてから降りてきた。
「2機共キッチリ整備しておくか……しかしまさかこの機体までイリス君のもとへ来るとはな」
所々傷ついたディステル改を見上げて呟くフロイトに整備士の一人が近づく。
「フロイト技師、このディステル改に装着しているこのケルベロスⅡは元々ファントム用の武装ですが…どうしますかね?」
「…ディステル改、か。……今はそのままにしておこう、後からイリス君に意見を聞いてみないと分からん。それに…外す時の振動はコックピットで寝ているお姫様を起こしてしまいそうだ」
「ごもっともで。では人員を分けて半分をファントムの修復に、半分をディステル改の修理に回しますよ。勿論、起こさないように出来る部分だけの作業ですが……というか本当にリースさんの子供なんですね、自分は葬儀にも出たんですが…生きていたのなら良かった」
葬儀か、あの手紙の内容通りだな。
「彼女…イリス君が生きているのは神に愛されていたからでしょうな」
「はは、技術屋にしては中々に詩的な事を仰るじゃないですか。まぁそうかも知れないですね、じゃなければ今こうして生きてはいないでしょうから」
「そうですな、さて…ファントムのフレーム補修を再開しよう。これからが本番だ」
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「ようこそラグラスへ。と言いたいが…かなりの損害が出てしまい非常に残念だ、と言わせて貰うよ」
デンゼルはソファーへと座るとジークリンデにも座ってくれと促し、秘書へと何事か伝える。
「…今回の件、我々の不手際であると認めるしかないな。敵に情報が漏れているらしい」
「みたいですね。機密作戦の筈がこうまで派手に損害を出しては…不味いですよねぇ」
ジークリンデは少しだけ眉を動かすが沈黙する。
「……それでですね、先程貴女から要請されていたファントム以下数名の明け渡しですが…ファントムとイリス君はこちらに居ますが…他3人については知りませんな。それに…軍属でもないイリス君を引き渡せ、と言われて私が承諾する、とでも?」
やはりか。
「最初からこうする気だったな?」
「ははは、まさか。ちゃんとした理由があればファントムを整備した後送り出すつもりでしたよ?だがね、私は旧友の子供が軍に囚われるのを回避したいだけだ。統合軍は些か暴走してる、と思うがね?」
「……暴走、ですか?」
「えぇ、貴女も不審に思う所があるでしょう?何故命令がバサル中将に知らされていないのか、とかね」
デンゼル重工の社長…一体どこまで知っている?
「"深紅の死神"…その娘であるイリス。今更の様にイリスの下へ巡ってきたファントム…さらに言えばイリスの養父であるダリウス中佐の離反…色々とキナ臭いと思うが?」
「いや、待ってくれ?今何と?ダリウス中佐が離反したと言ったか??」
おや?っとデンゼルは目を細める。
「…知らなかったんですか?これはいよいよおかしいですな」
「……やはり情報操作されている、か」
おかしいとは思っていた。直轄であるはずのバサル中将が内容すら知らされていない作戦、妙に素早いニール達の処遇の通知…
「それで…どうされますか?イリス達を無理矢理捕縛しますかね?その場合我々デンゼル重工は統合軍とは別の道を歩む事になりますが」
「…私の一存では何とも言えないな」
「元々あなた方が所有していたレムレースは手元に戻った、それで充分だと思いませんか?」
「確かにな、だが問題もある…我々もそうなれば上層部に逆らう事になる以上反逆者として追われるだろう?」
「でしょうな。だが今回の件で私は1つあなた方に渡すように頼まれたものがあるんですよ」
そういってデンゼルはいつの間にか戻っていた秘書に指示すると秘書はジークリンデの前に端末を置く。
「それでこれを確認してください、今の貴女に必要な事が書かれていますよ」
データチップを渡されたジークリンデはすぐに端末で中身を確認する。
「……これは!?」
驚くジークリンデにデンゼルは続ける。
「間違いなく本人からですよ。あの方もイリスとは深い繋がりがありますからね…それこそ正体を隠して会いに行く位ですし」
「我々の立ち位置が決まった。しかし…本当にこれから戦争が始まるというのか…?」
「…間違いなく。統合軍は割れると思いますよ、元帝国と元ベルンホルストが独立を宣言するならばね」
「あなたは私が旧アレイストの出身だと知っていてこんな話をしたのですね?最初から…」
「貴女は、いや旧アレイストの人間は"深紅の死神"に対して絶対に敵対する事はない。義理堅い旧アレイスト国民は約束を違える事を良しとしない、違いますか?」
その通りだ。まして私は目の前で救われたのだ。
「ではその命令を実行していただきたい。バサル中将からの命令…"ソルシエールはバサルの名において自由に行動する事を許可する、なおそれを妨げる敵は排除すべし"この場合妨げる敵、がだれを指しているか…」
「愚問だな。それは私達を操ろうとした連中…統合軍本部で胡座をかいている馬鹿共だろう?」
お互いにニヤリと笑う。
「だがそうなると戦力が厳しい。人員やアサルトフレームの補充も欲しいな」
「それはそうですね。ならばジークリンデ艦長、貴女から頼んでみては?余計な心配が無くなった以上彼女達は協力してくれると思いますよ」
「イリス君達がか?しかし…私はもう嫌われているのでは…?」
あれだけ嫌な事をやらせようとしたのだから当然嫌われているだろう。
じゃなければ脱走を決断する訳がない。
「まぁそこは話をしてみては?私達としても貴女の艦なら安心なんですがね」
「…ならば話をさせて頂きたい。彼らには謝りたいとも思うので」
「後程予定を組みますよ。…ではソルシエールのドックまで送らせましょう」
パチッと指を鳴らすと部屋のドアが開きいかにも傭兵、といった格好の男がジークリンデを迎えにきた。
「ギリアム、彼女をソルシエールまで送ってくれ。……ジークリンデ艦長、有意義な話が出来て良かった。何か必要な物があればそのギリアムへ言って下さい」
ギリアムが頭を下げる。
「さっき自己紹介はしたからな。では行こうか?」
「宜しく頼む。……なんだその腕は?」
隣に来たギリアムが腕を差し出したので首を傾げたジークリンデ。
「エスコートでもしようかと思ったが要らないか?」
「……要らん!さっさと連れていってくれ!」
耳を真っ赤にしたジークリンデは軍靴の音を響かせて歩いていく。
「ギリアム、振られたか?」
「なぁにこれからだろ」
笑うデンゼルにギリアムも笑って後を追っていった。
「さて、イリス達に話をしなければな」




