第29話 離反
「今度は……逃がさない!」
右腕に装備しているブラストステークをアクティブにすると出力全開で敵のスピアへと突撃し、それに合わせるようにサーベルを引き抜いた敵のスピアと交差した。
ブラストステークの射程距離は短いがそれを活かす為のスラスターと爆発反応装甲…敵のサーベルがディステルの装甲へと接触した瞬間、爆発反応装甲の炸薬が爆発を起こしてサーベルの衝撃とダメージをカット、代わりに叩き込んだブラストステークはスピアの頭部を一撃で粉砕した。
イリスはそのまま今使ったブラストステークのエネルギーカートリッジを排出すると同時に自機が巻き込まれるのも関係無しにマルチランチャーを1発スピアに撃ち込むとその爆発を利用して距離を取った。
素早くコンソールのスイッチを弾いてブラストステークのカートリッジを装填するイリスだが…
「流石にあの距離で撃ち込んだんだから…動けない、と思うけど……」
マルチランチャーに装填されていた弾薬は40㎜グレネード弾、スピアの装甲ならある程度のダメージを与える事が出来る。
不安要素があるならばガトリングガンの砲身が邪魔でコックピットを狙えなかったという位だが…
「…やっぱり、簡単には行かないよねぇ」
煙が晴れた先には頭部と腰の装甲を破壊された状態のスピア…頭部を破壊出来たのは幸いだが頭部を破壊しても全ての視界が無くなる訳ではない。
『やってくれましたね…』
通信機から聞こえてきたのはくぐもった女性の声…やっぱりあの時の…!
「何で私達を狙うんですか!」
『………!この声はあの時の……?』
頭部を失っているにも関わらず敵のスピアは肩にマウントしていた対艦ライフルを撃ち、それをイリスがスラスター噴射で回避する。
「答えて!あなた達の目的は…」
『うるさい!…貴女の声は私の心をざわつかせる!その機体も!』
そう言い放ったジェーンは背部ラックから予備のサーベルを引き抜きそれをイリスへ投げつけ、続けてライフルを撃つ。
ライフルの弾丸がディステルの装甲を穿ち、動きが止まった所へ遅れて飛来したサーベルがディステルへと当たるがそれは爆発反応装甲のお陰で対したダメージは無い。
「っ!?頭部を失ってるのに…何でこんなに動けるの?!」
サーベルに遅れて突っ込んで来ていたジェーンが振るうサーベルをステークで受け止めたイリスがディステルの頭部にある近接戦用バルカン砲を撃ち込むがファントムみたいに口径が大きい訳ではないから大したダメージは入らない。
『頭部が無い位でアサルトフレームは止まりませんよ!』
サーベルをずらしてステークを弾かれたイリスはディステルのバーニアを展開する。
『距離を離させるつもりはありません!』
「離れるつもりは……ないっ!!!」
一気にスロットルを押し込んだ瞬間、ディステルは展開したバーニアから炎を噴射してスピアごと前へと突き進む。
『なにを……?!!』
「私の操縦技術じゃあなたには勝てません!だけど…スピアの装甲とこちらの装甲、どっちが硬いと思いますか!!」
『………まさか!?』
ジェーンの背後にはラグラスに係留されていた大型戦艦…イリスの意図を察したジェーンは迷わずスピアのバーニアを全力で噴射して勢いを減らそうとしたが、それに対してイリスは更にコンソールを操作して全力で噴射しているバーニアとは別に各部の姿勢制御スラスターも追加で噴射を開始、スピアのスラスター程度では止められないレベルの加速を叩き出す。
「いっけぇぇぇぇぇ!!!」
青白い炎の尾を引きながらディステルとスピアが係留していた戦艦の右舷装甲に激突、凄まじい衝撃で戦艦がラグラスの接岸ポートにめり込んでしまった。
爆発こそしなかったがディステルと戦艦に挟まれた形のスピアは完全に沈黙し、ディステルもあちこちから火花が散っている。
衝撃で一瞬意識が飛んだイリスだったがすぐに気が付くと潰れて半壊したスピアを見て倒す事が出来たのだと思った。
「いたた…倒せたけど………弁償しろって言われたらどうしよう…?」
ディステルはスラスターがオーバーヒートして関節等に細かなエラーが出てはいるが動ける……だけど激突した戦艦や反対側にある接岸ポートにはかなりの被害が出ているみたいだった。
と、とにかく後から謝ろう!…それよりスピアのパイロットは…生きてるよね?アサルトフレームのコックピットは衝撃吸収構造だから私も生きてる訳だし…大丈夫だと思うけど…
壊れたスピアのコックピットハッチを掴んで無理矢理剥がすと中にはパイロットスーツにヘルメットをした姿の女性…見た限りでは怪我はしてなさそうだった。
イリスはハッチを開いてディステルから降りると腰のバックから銃を取り出してスピアのコックピットへと近づいていく。
『……う………』
「良かった、生きてる」
死んでるより生きていたほうがイリスとしても気持ち的に違う。
ゆっくりとコックピットから引っ張り出してバックから取り出した紐で手を縛るとディステルのコックピットに戻ってジェーンをディステルの手のひらで掴む。
「この人に聞きたい事は色々とある、けど…今は先にソルシエールを助けないと」
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イリスがディステル改で戦っていた時、ニールもまたレウスの駆るシャムシール、スピア部隊と激戦を繰り広げていた。
「アイツだけでもキツいのに周りにいるスピアにこうも張り付かれたら…!」
付かず離れずの距離を保ちながらレムレースに攻撃を繰り返すスピア部隊にニールは焦る。
元々射撃兵装があまり無いレムレースに対して相手のスピアはアサルトライフルやマシンガンを主に使っているのだから仕方ない。だが一番厄介なのはレムレースに張り付かれた状態ではソルシエールの援護を受けられない事だった。
『それなりに動けるようだが…その程度ではな!!』
レウスが味方スピアの合間を縫うようにして接近するとシャムシールに装備された機体の由来となった曲刀を引き抜いてレムレースへと斬りかかり、それをニールがシールドで受ける。
「ぬわ!?…まだ防衛部隊は来ないのかよ!!」
『防衛部隊を待っていたのなら来ないぞ?もう一人が片付けたからな。悪い様にはしないから降伏しろ、その機体も捕獲するように言われている。…それに子供を殺すのは趣味じゃない』
トドメを刺せるのにわざわざこうやって囲んだのはそういうことかよ!!
…ソルシエールも張り付かれた状態で動けねぇ、こうなりゃアリアにやってもらったアレを使うか…?
『さぁ、どうする?君が俺に抑えられてる以上…あの戦艦も迂闊に手は出せまい?』
……どうにでもなれ!!
ニールが操作パネルの横に増設されたスイッチのカバーを外すと中にあるスイッチを押そうとした瞬間…
周りを取り囲んでいたスピアが次々と嵐の様な弾幕を受けて戦闘不能にされる。
『何?!』
『そこまでにしてください!次は殲滅しますよ!』
「この声…イリスか!」
モニターに映るのはファントム…ではなく青い塗装のAFで識別不明機と表示されてはいるが間違いなくイリスだった。
『早くニールから離れて!これは脅しではないですよ!』
イリスはケルベロスⅡの砲身を回転させていつでも撃てる、という意思表示をする。
『撃つなら撃て。だがその時はこの少年も道連れにさせて貰うがな!』
シャムシールがレムレースのコックピットにライフルの照準を定める。
『ニール!?』
『さぁ、どうする?』
…あまりやりたくは無かったけど、仕方ない!
イリスは右腕を前に出して口を開く。
『ニールから離れてこの宙域から出ていって!じゃないとこの人は帰ってきませんよ!』
ディステルの掌に握られたパイロット…
『ジェーンがやられたのか!?…分かった、だが人質は交換としてもらう』
『分かりま…『それは許可出来ない。イリス君、今すぐ他のアサルトフレームを殲滅しなさい』…ジークリンデ艦長、それは…出来ないです!』
割り込んできた通信にイリスが即答する。
『これは命令だ、やりなさい!』
『…私は軍人になった覚えはありません。ニールを見捨てるような命令は聞く気は無い!』
『…どうするね?あちらの戦艦はやる気のようだが?』
どうするもなにも…!
『…すまねぇ、俺がもっと『ニールは黙ってて!』…お、おう…』
イリスはソルシエールとシャムシールへ向けてロックオンするとスラスターを吹かしてシャムシールへと近づいて通信ワイヤーを発射する。
『…ニールから離れて。こちらの女性を受け取ったら離脱してください』
『しかしそうした所で我々に向けて砲撃してくるぞ?あの戦艦は』
『そうですね、だから…撃たれる前に撃ちます。私は軍人になった覚えはないですから』
それにアリアとロイはもしもの場合脱出するように話をしてる。そうなれば私達はお尋ね者になる訳だけど…関係ない!友人を見捨てる様な軍はこっちから願い下げよ。
『早く、他のスピアも武装を撃っただけですから逃げるには問題ないでしょ!』
『……ここは感謝、するべきだろうな。了解した、ジェーンを渡して貰おう』
イリスはシールドで庇いながらジェーンをレウスへと引き渡し、離脱を始めたシャムシールをソルシエールの射線から庇うように移動するとニールに通信を繋ぐ。
『ニール、ごめん。大変な事になっちゃった』
『いやいや…イリスは間違っちゃいねえよ。それにアリアやロイも逃げたみたいだぜ?今メールが入った"こっちは心配いらない、好きに動け"ってさ』
『良かった…と言ってもどうする?このままじゃ…』
『イリス、君の言い分は分かるが軍はそれで納得はしないのだよ。大人しく戻りなさい、今ならまだ軽い処罰ですむ』
『残念ですけど、もう戻る気はありません!一度見捨てる選択をした軍を信用出来ないです…』
『……そうか、なら仕方ない。全砲門開け!標的は撤退中の敵部隊及びそれを護衛する識別不明機!』
やっぱりこうなるよね、ならこっちもやるしかない!
ケルベロスⅡを起動してソルシエールの主砲等の武装に照準を合わせるイリスにニールが待ったをかける。
『イリス、ここは任せろ!アリアがレムレースに積んだコレを使う時だ!』
ニールが迷わず先程カバーを外したスイッチを押し込むとレムレースからスモークが吹き出し、レーダーが乱れ使用不可能になった。
『何を……?!』
『アリア謹製のジャミングプログラムだ、火器管制システムから何から全て暫く使い物にならないぜ?』
『今の内に逃げよう!』
『話は聞いた!こっちに来い!社長からの指示だ』
通信に飛び込んできたギリアムに従ってイリス達は移動する。
『ギリアムさん!助かりますけど、良いんですか??』
『なぁに、社長が良いって言ってんだから問題ないだろ。それより俺は仲間を見捨てないっていうそのやり方…嫌いじゃないんでね』
『…だけど、ソルシエール…これからどうするんだろうな。俺達が居なくなったらアサルトフレームが1機も居なくなるんじゃ…』
『それなんだけど…ニール、レムレースはソルシエールに返した方がいい。これからどうするにしてもレムレースにニールが乗っていたら色々と不味いでしょ』
『ま、そうだけどよ。どうやって返す?』
んー。持っていくと捕まるのは当然だし…
『少年、機体から降りろ。ようはソイツをあの戦艦に返せば良いんだろ?俺達の部隊が回収した事にして届けてやる』
『了解、イリス、回収頼む』
ニールがレムレースのハッチを開いて出てきたのでイリスもディステル改のハッチを開く。
「つーか何だよこのアサルトフレーム。ファントムはどうしたんだよ?」
「ニール達が襲われてるって聞いたからデンゼルさんに借りたの。ファントムはどうしても動かせなくてさ…って!ちょっと!変なとこ触らないでよ!」
コックピットの中を動いていたニールがイリスの腰を掴んでしまい怒られているのを聞いてギリアムは笑う。
『そりゃ仕方ねぇ!コックピットなんて狭いんだからな!つーか俺が収容しても良かったんだがな』
そういえばそうか、何だか普通に私が収容したけど男同士で乗ってたほうが良いじゃないの。
「もう触らねぇから!ハッチを開こうとするなよ!?」
「もう…!…所でギリアムさん、私達はこれから何処へ??」
『一先ずはさっきの第7格納庫へ戻る。あそこはさっき聞いた通りラグラスには存在しない区画だ。隠れるには丁度良いだろ』
「へぇ、そんな場所があんのか?」
「うん。私のお母さんが所有してるんだって言ってたよ」
「へ??イリスの母さんって確か…」
「もうかなり昔に行方が分からなくなってるんだけどね、アリア達にも後から話すけど…私のお母さん、昔"深紅の死神"って呼ばれてたんだってさ」
イリスの言葉に驚いたニール。
「マジかよ…それってあの深紅の死神か??」
「そう、それ。デンゼル社長はお母さんの古い友人だったらしくて…だから信用は出来る、と思う」
「……なんだかすげえ事になってるな」
『よし、お前らはそのまま第7格納庫へ行け。俺はこのアサルトフレームを防衛部隊に引き渡してくる』
「お願いします」
これからどうしよう。とりあえず…フロイトさんに謝ろう。




