第27話 ディステル改
『こちらギリアム…客人をお連れした、誘導頼む』
『了解。第7格納庫へ誘導します』
ギリアムの通信に答えたオペレーターにギリアムは内心首を傾げる。
…第7格納庫?そんな格納庫があるとは聞いたことがないが……??
一先ず誘導に従って機体を進めるとアサルトフレーム専用の大型エレベーターの手前に着地する。
『お嬢さん、こっちだ』
通信を入れるとそれに従ってファントムも同じように着地してエレベーターへと機体を乗せる。
『てっきり向こうの工場で修理するのかと思いましたけど…違うみたいですね』
イリスの言葉にギリアムも頷く。
『あぁ、俺もこんな場所にエレベーターがあるのは知らなかったが…』
言いながらコックピットハッチを開くギリアムを見てイリスも同じようにハッチを開き、ヘルメットを脱ぐ。
「ふぅ…やっとヘルメットを脱げた!フロイトさんも脱いだらどうです?」
イリスから言われてフロイトもヘルメットを脱ぐと横に置いてまたコンソールをいじり始める。
「これで作業が捗る、それとイリス君…ヘルメットを脱ぐのは良いがこれからデンゼル氏と会うのだろう?髪を整えた方が…」
「心配しなくていいぞ?社長はその辺り気にしないだろうからな」
コックピットハッチに立っていたギリアムからそう言われたがイリスは一応自分である程度髪を整えるとコックピットから出てギリアムと顔をあわせたのだが……
「……どうかしましたか?」
イリスを見て固まったギリアムにこてん、と首を傾げたイリスにギリアムは…
「い、いや…さっき話した統合軍の隊長にどことなく似ていたから驚いたぜ?まさかとは思うが…」
「多分…想像している通りかと。ギリアムさんが戦ったっていう統合軍のパイロットは…私の母だと思います」
イリスの言葉にそうか…と言って黙ってしまったギリアム。
「…あ、あの…」
「彼女は…」
被ってしまったのでイリスが先にどうぞ、と言う。
「君の母親は…今も統合軍に?」
「いえ…お母さんは…10年程前に行方不明に。任務中の事だったらしいです」
「……すまない。辛いことを聞いてしまったな」
首を振ると大丈夫です、と言って笑う。
「もう昔の事ですから。気にしないで下さい」
「強いな、いや…君くらいの年齢で統合軍に入ってるのだから当たり前か」
「それは違うな。イリス君は巻き込まれただけだ…けして…」
会話の途中でブザーが鳴り響き、2機を乗せたエレベーターが目的の階層に着いたらしく扉がスライドしていき…目の前に飛び込んできた光景は…
「ここは…?」
「…1機分の駐機ハンガー?随分と古い設備だな」
空間自体は広いのにそこにはアサルトフレーム用のハンガーが1つあるだけだった。
「ようこそ…いや、"お帰り"とでも言うべきか?」
よく見るとハンガーの近くにスーツの男性が居てその男性が喋っていた。
ファントムをゆっくりと前進させると男性の手前で駐機姿勢にしてワイヤーで降りる。
「…君がイリスさんで間違いない……な。彼女の面影がある。改めてようこそ、私がデンゼル重工の代表…デンゼルだ、よろしく」
そう言って手を差し出してきたデンゼルにイリスも挨拶をして握手する。
「初めまして!イリス=オドネルです!お会いできて嬉しいです」
「…ははは、"初めまして"か。君にとってはそうなるだろうね…ま、話をする前にまずその機体をハンガーに移動させてもらえるかな?ファントムは君にしか動かせないのだろう?」
何で知ってるのか疑問に思ったがファントムを早く元の姿に戻してもらいたい気持ちもあるから言われた通りにファントムをハンガーまで移動させる。
「後は私に任せたまえ。ロールアウト当初の姿に戻してみせよう」
ファントムがハンガーに収まったと同時に待機していた作業員が動き出したのを見てフロイトも作業を始めるみたいだ。
「よろしくお願いします」
そういってワイヤーで地面へと降りたイリスを待っていたデンゼルとギリアムにお待たせしました、と言う。
「では行こうか?話をする前に見せたいものもあるのでね。ギリアム、一緒に来ているフロイト技師殿に案内を…」
「いや、こちらは気にしないで貰いたい。私はファントムを修復するために来たのでね…作業を優先させてもらうとするよ」
「では…「すいません、お願いがあるのですが…」……お願いとは何かな?」
「ギリアムさんも一緒に…来て貰いたいんです。繰る途中色々と教えてもらって…」
ど、どうしよう…どうやってギリアムさんと一緒に行けるか考えてたけど何にも良い話の切り出し方が浮かばなかった…!
「……ギリアム、君はどうなんだ?」
デンゼルはギリアムに視線を向ける…その目は何かを探るような物だった。
「俺が居ると何か都合でも悪いんですかね?」
「………」「………」
暫く睨み合いながら沈黙していたデンゼルとギリアムだったがデンゼルが溜め息を吐いて分かった、と一言言うとそのまま歩き出した。
「ギリアムなら大丈夫だろう。ついてきなさい、イリス君には色々と話す事があるからね。……但しギリアム、話が終わった後は…」
「分かっているさ、いつも通り"黙って"るとも。俺がついていくのはこの嬢ちゃんに興味が湧いたからだ。誓って不利になるような事はしない…そうでなくとも俺達傭兵は守秘義務があるからな」
それから暫く通路を歩くとデンゼルがここだ、と言って厳重にロックされた部屋の前で止まる。
「社長、俺は長いことこの会社で雇われてるがよ……こんな場所があるなんて知らなかったぜ?さっきのドックといいこの区画といい…何を隠してる?」
「ギリアム、俺は隠している訳じゃない。そもそもこの区画に関して言えば知らなくて当たり前だ…ここはデンゼル重工内にあるが所有者は別の人物だからな」
「別の人物だと?どうしてラグラスの中に…」
「質問は後だ、それより…お前はレディのエスコートをもっと勉強しろ。イリス君が困っているじゃないか」
二人の会話に入って良いのか迷った挙げ句黙ってついていく事にしたイリスを見てデンゼルが苦笑いしながらギリアムに釘を刺し、ドアのロックを解除していく。
「…デンゼルさんは何故私だけ一足先に、なんて事は聞きません…私の母の関係ですよね?」
イリスの言葉に少し驚いた表情をしたデンゼルだったがすぐに元に戻ると解除作業を続けていく。
「そうだね、リースの話なんだがまずは…これを受け取って欲しい。こいつは君に渡すべきだと思う」
ロックが解除されると扉が開き、同時に照明で照らされた中には…
「これはリースがイリスの為に造ったファントムの武装…"ケルベロスⅡ"だ。ファントムの修復が終わった段階で装着出来るようにこちらの技術者には言ってある」
「近くで見ても…?」
頷くデンゼルを見て早速イリスは近寄ってみる。
「凄い…6連装ガトリングガンですよこれ!ファラドール製の4連装ガトリングガンでも400万ギールはするのに!」
「気に入ったみたいだな。マニアックなファラドール製の物を知ってるのは意外だったが…やはり血筋か」
色々と調べているイリスを見て笑うデンゼルの隣で黙ってみていたギリアムが口を開く。
「社長、何で俺に黙っていた?」
ギリアムが言わんとしている事を当然分かっているデンゼルが肩を竦める。
「教えて何か変わったか?…俺がお前を雇ったのはその腕を認めたからだ。過去にリースと戦った経緯は知っているが…その娘に先入観を抱いて欲しくない、という理由じゃ駄目だったかな?」
「……いや、充分だな。だが勘違いしないでくれ、俺はあの時の事を恨んだりしてた訳じゃない…ただ知りたかったんだ、完膚なきまでに叩きのめされた相手の事をな」
男二人がそんな会話をしている間もイリスは様々な角度からケルベロスⅡを調べて回っていたが…そこで気が付く。
「んー?ガトリングガンにしては余計なパーツが多い様な……」
見た目はガトリングガンだ、それは間違いないんだけど…必要無さそうな接続コネクターや増加装甲みたいなのもある。
「気が付いたかい?ちなみにそのケルベロスⅡの正式名称は"複合型火器運用兵装ケルベロスⅡ"だ。それはガトリングガンと近接戦闘用マルチランチャーにシールドを組み合わせた武装で…近接戦闘にも対応出来るようになってるんだよ」
「確かに凄いですけど……ガトリングガンに近接戦闘?それだと有効レンジが違いすぎて意味がないんじゃないですか??」
ガトリングガンは遠距離から中距離くらいの射程で戦う武装なのに近接戦闘…つまり近距離で戦う武装を付けた所でただの重荷にしかならない筈。
「ははは!かつて造ったリースも同じ結論に至ったらしいが…結局そのままだったみたいだね。ただまぁ使ってみたら案外良いかもしれないよ?マルチランチャーは色々な弾種を撃てるから使う機会もあるだろう」
言われてイリスはガトリングガンの下部にマウントされたマルチランチャーを見てみるとある事に気が付いた。
「…これ、単発式じゃないですね。マルチランチャーといえば単発式の撃ちきり武装が普通なのに…」
普通の物は装填されたものを撃つとそれで終わりというのが当たり前だがイリスが驚いたのはこのマルチランチャーは回転式弾装を装備している事だった。
「ガトリングが6連装だからそれに合わせたのかマルチランチャーも弾装が6連発になっているから継戦能力も考えてそうしたんだろうね」
そういった後デンゼルが近くにある作業テーブルの方に行くと座ってくれ、と椅子を引いてくれたので座る。
ギリアムは少し離れた所で壁に背を預けていたのでデンゼルも声はかけずにそのままテーブルの対面に座った。
「リースが残していった物を渡せてスッキリしたよ。それで本題なんだが…君はもう自分の母親の事はある程度知っているのだろう?」
「…はい、ファントムを偶然見つけたあの事件の後ある程度は私宛の手紙とフロイトさんからの話で知っています……勿論不可解な事は沢山あってまだ良くわかってないっていうのが現状ですけど」
そう言ってイリスは自分が聞かされた話をデンゼルへと話す。
一通り話した所でデンゼルは顎に手を当てて黙ったのでイリスも黙ってデンゼルを眺めていたが…
「…イリス君、いや…イリス、と呼んでもいいかい?」
「勿論!フロイトさんとかからもイリス君って呼ばれてるんですけどなんだか慣れなくて」
「じゃあ改めて。イリス、君はリースの願い…ディステルガイストの破壊をしようと?」
「…いえ、はっきり言ってどうするかは決めてません。話が本当なら争いの種になるようなモノは破壊しないと駄目なんだと思いますけど…私にとってはディステルガイストも母の想いが詰まった機体だと思うんです。だから出来れば破壊はしたくない、ていうのが正直な気持ちです」
経緯はどうあれディステルガイストは元々お父さん…レドが乗っていた機体で、お母さんと私を守ってくれたのだ。
「だが破壊しなければもしもあの機体が良からぬ連中の手に渡った場合…それこそリースは悲しむと思うぞ?」
「そう、ですよね…」
「……すまん、責めている訳じゃないんだ。だがあまり悠長にしてる時間もないかもしれないからな」
イリスの周りを取り巻く状況が良くない。調べただけでも様々な組織が動いているからだ…統合軍、宇宙海賊、旧アレイスト、更にアルベルの元にいるというジェーンというリースに似ている女性…全てが大きな流れになりつつある。
「それと…もし良かったらフロイトさんにも話を聞きたいんだがね…しかし今は無理か。ファントムを仕上げた後にでも…」
ピピピっと電子音がなってデンゼルが懐から端末を取り出す。
「………分かった。急いで受け入れを。……あぁ、防衛部隊を東ブロックへ回せばいい」
険しい表情で通信しているデンゼル…通信が終わるとギリアムが近くに来る。
「…問題が?」
「あぁ、ソルシエールが到着したらしいが敵の追撃を受けているそうだ。こちらから部隊を…」
「ソルシエールが襲われているんですか?!」
「…そうらしい、追撃に手練れがいるらしく苦戦してるみたいだがね」
手練れ…まさかあの時の2機じゃ…?そうだとしたらニールが…
「…デンゼルさん、ファントムで私が行きます!」
立ち上がるイリスだったがデンゼルは首を振る。
「無理だ、ファントムは戦闘が出来る状態じゃないんだろう?報告通りならどんなに急いでも仕上がるのに2日はかかる」
「……それでも!」
強くそう言ったイリスの肩を掴みギリアムは宥める。
「嬢ちゃん、ちっと落ち着けよ。ラグラスの防衛部隊も向かってるんだから大丈夫だって」
しかしイリスは肩の手を振り払う。
……あの時戦った2機だとしたらファントムじゃないと…。
イリスを黙って見ていたデンゼルは立ち上がるとイリスに一緒に来なさい、と言って歩き出した。
「報告で知っていたが…あの船にはイリスの友達が乗っているのだろう?なら止めるだけ無駄か。リースもそうだったよ」
あれだけ止めろと言ったのに一人で復讐を始めた…もし今無理に止めてもイリスはどうにかしてファントムで出ようとしかねない。
…これも運命なんだろうな。託すには丁度良い機会かもしれん。
「ファントムは駄目だ。あれはキッチリとオーバーホールする、これから先あれにはイリスを守ってもらわないといけないからな。だから…これを使うと良い」
先ほどまでいた部屋の更に奥へとイリスを連れていく。
「少し…いや、かなり型は古いが中身は現在のアサルトフレームと遜色ないレベルまでアップグレードしているから問題はないだろう」
そこには寝かせた状態でハンガーに収容されている1機のアサルトフレーム。
「オリジナルの機体はディステルガイストとして生まれ変わったがどうしても俺はこっちに愛着があってね…ファントムの代わりにコイツを使ってくれ。レドの愛機…"ディステル"いや…コイツは"ディステル改"だがな」
寝かされた状態のディステルに近寄るイリス…確かに写真で見たアサルトフレームだった。
これが本当のお父さんが使っていたアサルトフレームなのね…
ファントムはどちらかといえば装甲を強化しているのでがっしりとしたフォルムだがこのディステルは違う。
主流アサルトフレームであるスピアと同程度の装甲みたいだけど装甲の上に重ねるようにある小さな装甲板…確か授業で…
「気付いたかい?それは爆発反応装甲だ。このアサルトフレームは近接格闘が主だから被弾率が高い…そのダメージを少しでも軽減する為の物さ。…説明している時間もあまりない様だ、外の防衛部隊の内3部隊がやられたらしい…ギリアム!お前もイリスと一緒に出てサポートを頼む、絶対にイリスを死なせるな!」
「勿論だ、任せてくれ。…嬢ちゃん!そっちはやれそうか?」
ギリアムがコックピットに収まったイリスに問いかけるとイリスは寝かされた状態のコックピットから大丈夫です!と返事を返す。
コックピットの中はスピアと大して差はない。刺さったままになっている起動キーを回して動力に火を入れると機体が唸りを上げてスタンバイモードへと移行していく。
「イリス、その機体には遠距離で戦える武装はない。ディステルの武装はただ1つ…右手に装備されている近接武装"ブラストステーク"というパイルバンカーだけだ。扱いが難しい武装だろうがなんとか使いこなしてくれ!」
パイルバンカーって掘削用じゃなかった?…爆発反応装甲を積まないと駄目な訳よね、だけど遠距離攻撃の手段が無いのは……いや、それならさっき貰った丁度良い物があるじゃない!
「デンゼルさん、さっきのアレ使えますよね?」
イリスの言葉でその存在を思い出したデンゼルは頷く。
「すぐに準備する!イリスはディステルをそっちの搬入用エレベーターまで移動させてくれ。ケルベロスⅡも隣のエレベーターで上に上げる!そこで受け取ってくれ!」
返事を聞いたイリスは開いていたハッチを閉じてディステル改をエレベーターまで移動させるとモニターに映ったデンゼルが頷く。
貸してもらったこの機体…デンゼルさんが大事にしていたのが伝わってくるよ。
かなり昔のアサルトフレームなのにモニターや操作系も市販されているような量産型の物ではなく私でも分かるような高性能な物に換装されてるし…何よりすぐに動かせる様な状態にして保管してるんだもん。
「デンゼルさん…ありがとう。行くよ…ディステル改!」




