第18話 過去
フロイトさんに連れられてソルシエール内にある談話室へと着いた。
「とりあえず何か…ふむ。コーヒーか紅茶…どちらがいいかね?」
「えっと…じゃあ紅茶で」
談話室にあるドリンクコーナーでそれぞれ飲み物を取ると近くの椅子へと座る。
「…さて、何から話そうか…ああ、まずは"深紅の死神"という言葉は聞いたことがあるだろう?」
「はい、確か昔まだ周辺の国家が独立した国だった頃に大規模クランや国の一部に対して一方的な殺戮を行ったと聞きました」
「一般の市民にはそう言われているし、あながち間違いでもないが…その行動に至るまでの理由は報道されなかった。当時の権力者が都合の悪い事実を隠したからだ」
都合が悪い事実…
「深紅の死神に関しては我々軍の人間や、AF技術開発研究所の人間なら公然の秘密のような扱いだがね。当時世間にありふれたニュースの中の1つにAF技術者一家惨殺という痛ましいニュースがあった…その一家は3人家族でフリーの傭兵の夫、技術者の妻、生まれて数ヶ月の子供という家族構成でね…技師であり研究所に所属していた彼女とは面識があったんだ」
「もしかして…それが?」
「そう、オドネル一家惨殺事件。…世間に知られる情報では家族3人は全員死亡、家は備蓄されていたアサルトフレーム用の燃料を使って全焼…死体は夫であるレドの死体だろう男性の遺体が辛うじて残り、あとは女性の右腕が焼け跡から発見された。子供に関しては死体も残らなかったのだろう、と言われていたのだよ」
当時のアサルトフレームに使用されていた推進剤は超高温で燃焼する物だった。
犯行の細かな証拠を隠蔽する為にそれを使って家を焼いたというのが当時のニュースで流されていた。
「…リースさんが私に宛てた手紙には彼女が調べたその事件の真相が記されていたよ。…少し信じがたい事も書かれてはいたが…彼女は事件に直接関与した人間を調べ、全て処断した。それが深紅の死神…リース・オドネルが引き起こした"大規模クラン及びヘリオス帝国艦隊壊滅"という戦争規模の事を彼女は単騎、自身が試作機として開発し、夫であるレドの愛機だった"ディステル"で戦った…いや、深紅の死神と呼ばれた機体の名前は"ディステルガイスト"…事件の時に大破して放棄されていた機体をリースさんが当時開発して事件を引き起こす元凶となった研究成果…小型化に成功した核融合炉を搭載、武装から装甲まで彼女が持つ全てを注いでカスタムされた機体…それがディステルガイストだ」
「ディステル…ガイスト…お母さんが破壊してって書いていたアサルトフレーム…」
「惨殺事件から1年後、彼女は動いた。関与していた隠れ違法クランを壊滅させ、それに対して傭兵ギルドのトップ達は壊滅させたアサルトフレームを討伐対象として指定…後日大規模クランや有名な傭兵、賞金稼ぎ等が彼女に挑み…全滅した」
普通ならあり得ない。
たった1機のアサルトフレームに全て返り討ちにあったなど…常識的に考えてあり得ない事態だった。
「研究所に回された戦闘記録を見た時、正直に言えばすぐに討伐されて終わる…そう考えていた研究員が多かったよ。私もそう思っていた。…だがあの記録を見てそんな考えなんぞ吹き飛んだよ」
フロイトは思い出す、あの当時を。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「なに…?ギルドから提供された未確認機体のデータだと?…どうせまた海賊共が違法カスタムしたアサルトフレームだろう?」
「それがさ…見てみたら分かるけどそれで片付けられる内容じゃないんだ」
フロイトは同僚の言葉を聞き流しつつ渡されたデータディスクを受け取って自身が所属する部署…アサルトフレーム研究開発局へと戻った。
「…リース上級技師があんな事になってコイツも開発はストップ、か…」
見上げた先にはフレームだけの状態で1年近く放棄された次期量産トライアルへと提出する予定で開発されていた機体…開発コードネーム"ランサー"が寂しげに佇んでいた。
この開発チームはリーダーであるリースオドネル上級技師が殺された事件で事実上計画を凍結され、人員は他の部署や計画チームへと散っていった。
「有名なクランが依頼してきた機体の開発に引き抜かれて皆居なくなったな。…俺もどうするか考えないとな…」
かつては人で溢れていた開発室も今はフロイトと数人の技師しか居ない。
視線の先には主を失った開発チームリーダーのデスク…
「リースさん、あなたが俺を引き抜いたのだから最後まで面倒…見てくれよな」
1年前の事件で死んだ彼女から誘われてこの研究チームに配属されたのが2年半前だ。
忙しい日々だったが天才と言われ最年少でS級アサルトフレーム技師として有名なリース技師の元で研究出来る毎日は貴重な時間だったと思うし、楽しかった。
「子供も生まれて幸せそうだった彼女が何故…」
笑顔で子供を抱いていた彼女が脳裏に浮かぶ。
夫のレドさんとは数回会った程度だが人の良さそうな人物だったと思うし、凄腕の傭兵だったのだから余計に何故だ、と。
「…さて、そろそろ仕事をやるか。…どうせ違法改造された機体だろうけどな」
端末にデータディスクを挿入してデータを開く。
「これは…戦闘の記録か?…破壊された機体に残っていた映像…だな」
所々映像が乱れたり途切れたりしている映像を見るとそれは想像を軽く越えた代物だった。
映像には赤い重装甲のアサルトフレームが映っていたが…暫く映像を見ているとその機体のでたらめ具合が分かる。
「馬鹿な…この不明機は見た目からして重装甲型のアサルトフレームだが…明らかに現状の高機動型アサルトフレーム"スラッシュ"より速いぞ?!それに何故コイツはビーム兵器を搭載して稼働出来るんだ?!」
映像の中で不明機は数機のスピアを背面からスライドしてきたガトリングガンで瞬時に破壊していたがそのガトリングガンの弾丸はビーム兵器特有の粒子を放っていた。
「ビームガトリング…これは…海賊が違法カスタムしたとかいう次元じゃない…」
映像には馬鹿げた出力で重装甲の機体を無理矢理加速させているらしい大型の展開式バーニアを全開で吹かしながら高機動戦闘を繰り広げる赤い…血の色をしたアサルトフレームの蹂躙劇は続き、映像を記録していた機体の目の前まで来た赤い機体のビームソードで切り裂かれて終わっていた。
「高出力のビームソード…他の記録は…」
ファイルを選択して開くと今度は戦闘艦で記録された映像が再生される。
『艦長!敵不明機止まりません!レイジー1から13まで撃墜、今は残ったレイジー15とコリドー小隊が交戦中!』
『……全味方AFへ通達、これより主砲斉射を行う!!出来る限り敵を引き付け発射の合図と共に離脱!』
戦艦の主砲は対艦戦闘が主な使用法だけあってアサルトフレームに直撃すれば一撃で破壊出来るだけの威力がある…確かにギリギリまで引き付けて主砲で破壊するのは重装甲のアサルトフレームに対して最も効果的な手段だろう。
深紅の機体は巧みな連携で周囲を固められてあまり動けない様子だ…自慢の高火力なビーム兵器も撃とうと構えた所で次々と浴びせられるバズーカやアサルトライフル、グレネードなどで邪魔をされていた。
『味方機へ通達!射線から離脱を!』
各々がありったけの残弾を叩き込んで離脱した直後、深紅の機体に戦艦のフルチャージされたビーム砲が直撃した。
『直撃を確認。これなら…』
オペレーターが安堵の声をあげた時…
『……あははぁ。この程度で…地獄から舞い戻った私とディステルガイストを破壊出来ると思った?……馬鹿な人達』
割り込んできた音声を聞いた瞬間、フロイトはまさか…と思った。
生きている筈が無い、ニュースでは確かに…多少変わってはいるがあの声を聞き間違える訳が…
『雇われたあなた達の下っ端が引き起こした事…責任はとって貰う。お前達全員の命でね!誰一人生かして帰さない…。先ずは五月蝿い周りのゴミから…"オルトロス"!』
深紅の機体は背面からガトリングガンとは別の武装を展開すると急速に機体のエネルギーが高まる。
『回避急げ!各機は離脱を優先しろ!』
指示を飛ばした次の瞬間、展開された武装から赤い粒子のビームが迸り離脱途中の数機をまとめて蒸発させ、そのまま薙ぎ払う様にして残りの機体も巻き込み全てを消し飛ばす。
辛うじて回避した戦艦だが…深紅の機体がビームソードを引き抜いて猛然と加速、凄まじいスピードで迫ってきたのに対して全ての兵装が撃ち落とそうと火を吹いた。
主砲、ミサイル、レーザー砲、機銃…ほぼ全ての武装が直撃するも先程は動きを阻害出来た筈の機体は少しの揺るぎも無く一直線に向かってきた。
『わざと動かないであげただけ、あの程度で私は止められない…』
最後の瞬間、艦橋の目の前へと到達した深紅の機体の全容がハッキリと映る。
戦艦の主砲すら意に介さない装甲に顔にあたる部分を覆うフェイスガードは半分程が無惨に焼け溶け、その下に見えるのはフレームが露出した骨格のみの顔…ツインアイタイプのお陰でその様はまさに骸骨と言える。
そしてその肩には機体を表すかの様に死神が鎌で首を刈り取る様を描いたエンブレム…
『ではさようなら。…お前達が地獄に落ちますように…』
そこで映像は終わり、フロイトは椅子の背もたれに深く背を預けた。
まさか…そんな事があるわけ無いと思ったが…
「リースさん、生きていたのか…?」
それから数ヶ月後、彼女とディステルガイストはこの研究所で開発を依頼されていた最新鋭機"ベリアル"との死闘を演じて相討ち、大規模な爆発を引き起こして消滅…それで終わりだと思われた。
更に4年経って私は部署を異動してあの時の映像やデータを元に"深紅の死神"と言われたあの機体を越える機体を作ろうとした。
そんな時だった…ある知らせが届いたのは。
統合軍開発部への転属。
アレイスト侵攻という大規模な戦争があったのだがそれを機に各国の勢力バランスが崩れ、争いが激化…"統合戦争"が勃発。
結果としてはどの国も勝つ事はなく、疲弊するだけの戦争を続けるのは…という意見が固まり、当時残存していた有力国家3国で今のリベル連邦という新国家を作った。
その3国の軍が再編成された統合軍にフロイトは転属する事になったのだが…そこで思わぬ再会を果たす。
「…駄目だな。このフレーム強度では出力に対して貧弱すぎる」
旧アレイスト宇宙軍兵器開発基地"バークレイ"で試作機の開発に従事していたフロイトは今日も格納庫でテストを行っていた。
「フロイト技師、先日お伝えした統合軍から派遣されてくる予定の士官殿が今日の午後には到着するとの連絡が…」
確か事前情報は無しという訳が分からん輩だったな。…旧アレイスト側からの圧力でここに一時的に配属されたらしいが…勘弁してもらいたいな。
素性も知れない様な人物を送られるこちらの身になってくれと言いたいが…決定には従うさ。
「分かった、一応私が責任者だからな。連絡が遅いと言いたいが出迎え位はするとも…それで?その士官様はどうやってこっちに来るのかね?シャトルなら今から発着場まで行かねばならんが…」
時計をみると既に昼に近かった。
「それが…連絡では極秘任務の為直接こちらのハンガーへと来る。と」
直接?ならばアサルトフレームでこちらへ来るのか…?専用機を持つ様な人物なら私が知らない訳が無いのだが…
暫くして微かにアサルトフレーム特有のバーニアの噴射音が聞こえてくる。
「…む、来たか?」
『フロイト技師、統合軍所属コールサイン"メテオ1"より格納庫への格納許可を求められていますが…』
「構わない、私がいる3番格納庫へ誘導したまえ。こちらも受け入れ準備をする」
『了解、メテオ1へ通達します』
通信を切るとフロイトは格納庫の扉を開くように指示を出して格納庫から外へ出た。
フロイトの背後で開閉ブザーが鳴り響きゆっくりと格納庫の扉が解放されていく。
「さて…どんな奴がくるのか……!??」
見えてきたそのシルエットにフロイトは持っていたファイルを落とした。
それは…フロイトが驚くに充分値する代物だった。
遠くからでも分かるその特徴的な重装甲に施された深紅の塗装……
「……相討ちで消滅した…と」
バーニアを吹かしつつ全身の補助スラスターで制動を掛けながらゆっくりと、しかし綺麗に着地したアサルトフレーム…ディステルガイストは駐機姿勢を取りコックピットハッチが開く。
「……久しぶりね、フロイト。…今はフロイト上級技師かな?…まぁ先に挨拶を、統合軍所属"特務隊"リース・オドネル少尉、任務により暫くこちらの基地でお世話になることとなりますので宜しく」
コックピットから出てきた彼女…ヘルメットを脱いだと同時に長い青髪が靡く。
生きていた…薄々彼女が深紅の死神じゃないかとは思ってはいた。
だが今は…そんな事は良い。
「…生きて、いたんですね…」
フロイトの言葉にリースは苦笑して首を振る。
「…生きていた。ううん、私は確かにあの時死んだの。復讐を果たしたあの時に、ね」
だけど…
「生きる目的が出来た。その為にまた…舞い戻って来たのよ、この"ディステルガイスト"と」




