第17話 手紙
「…これは少し時間がかかるな。各駆動関係は何とでもなるが…バーニアの装甲は交換しなければ駄目だ」
「やっぱりですか…」
格納庫でファントムの整備をするために来ていたフロイトさんは渋い顔をしてそう言った。
「しかし派手に壊れたものだな。本来このファントムに使われている装甲は対艦ライフルの280㎜徹甲弾でダメージを受けるような強度ではない筈だったのだが…まぁ順当に経年劣化ではないか?確かに問題なく動いてはいたがそれなりに劣化していたのだろうからイリス君のせいではないさ」
「そう、ですかね…」
「それにだ、話にあったヴァルハラシステム…アレが原因でもある。イリス君の話と機体のログ、ソルシエールに記録された映像等から判断してもまず間違いない。本来の万全な状態なら大丈夫だったのだろうが…10年という月日でやはり経年劣化はしていたのだろうね」
乗った感じは普通に動いていたけど…
「問題無く動いていたのが異常なのだよ、多分何度か戦闘をしたらどのみちこうなっていたさ。…ヴァルハラシステムは多分一種の"オーバードライブ"だろう。搭乗者の生命に危機が迫った時なのか、機体が危機に陥った時なのか…まぁどちらも一緒か…で発動するタイプは第2世代のアサルトフレームの一部に搭載されていた物もある。機体性能の枠内で機能を底上げするものやその機体の性能を限界以上に引き出すけれど発動後の代償が大きい物などだな」
「じゃあファントムは後者ですか?」
「いや、多分ファントムは前者だろう。機体の性能限界を超えたというより各部の劣化によって負荷に耐えられなかったようだ」
「……ファントムは修理出来そうなんですか?」
「出来る、と言いたいが今ある資材では難しい。一応最低限動ける程度にはしておくが…高機動戦闘は無理だ。…あのシステムが発動する条件がハッキリしない以上無茶は控えた方が良いだろう」
戦闘にならなければ良いんだけど…。
「そうだ、フロイトさんはお母さんとはどういった関係だったんですか?」
「む…リースさんとの関係か。…憧れの技術者であり師であり…そんな感じかね」
「へぇ、お母さんって私の中ではアサルトフレーム乗りっていう記憶しか無いんですよね。このファントムも造ったって言ってましたけど…パイロットをしながらこんな機体を造るって…」
「勘違いしているね、リースさんの場合は元々技術者でパイロットの方が経験は浅いんだ。だがそもそもアサルトフレームを深く理解している彼女だから操縦技術も一流だったんだよ、勿論乗っていた機体もだがね」
構造を把握して効率良く機体を動かす知識、パイロットとしてのセンス、そして戦闘経験…全てが噛み合っていたから統合軍で優秀な戦績を修めたリース。
「私から見てもあの人は間違いなく天才だ、今回この時に君の手にファントムが渡る様に仕組んだのは紛れもなく君のお母さんだよ、上層部の馬鹿共が介入したお蔭で万全な状態では無かったが…10年越しのプレゼントとしてこの機体を残した…私はそう思ってるよ」
それと…と言って懐から古ぼけたポーチを取り出したフロイトはそれをイリスへ渡す。
受けとると鍵が掛けられていて鍵の部分に"私の可愛いイリスへ"と彫られていた。
「…これは?」
「それはね、さっきファントムのコンソールを開けた時に出てきたのだよ。昔リースさんから聞いていたのを思い出してね…"大事な物を隠した、その時が来たら取り出せる様に細工してあるからその時は…お願い"と。それがそうなのだろう、君のペンダントは鍵の形だっただろう?アサルトフレームの起動キーかと勘違いしていたが…ペンダントはそのポーチを開ける鍵じゃないか?鍵穴の形がピッタリだった筈だ」
言われてペンダントを取り出して差し込むと確かに鍵穴はピッタリで鍵を開ける事が出来た。
中には数枚の紙と写真が1枚入っていて…写真を見ると見たことがないアサルトフレームと赤ちゃんを抱いたお母さん、それと知らない男の人が写っていた。
「これは…私と、お母さん…それに…お父さん…?」
写真の裏には"イリス1ヶ月"と書かれていて…
「ほう…これは家族写真だね、この機体…まさか…だが面影はあるな」
「知ってるんですか?」
「む、いや…詳しくは知らないが確かリースさんがまだ技術者として働いていた時の試作機だったと思う…それよりも私が気になるのはそちらだな」
フロイトはイリスが持っている紙を指差していた。
開いてみると何かの設計図が2枚、封筒が3通、走り書きのメモが1枚だった。
「これは…フロイトさんへ宛てた物ですね」
それぞれイリス、ダリウス、フロイトへと宛てた手紙だったのでフロイト宛ての物を渡す。
受け取ったフロイトが手紙を読み始めたのを見てイリスも自分宛の物の封を切って開く。
イリスへ
あなたがこれを読めるということは私はあなたの傍に居ないでしょう。
だけど同時にこれを読んでいるならば無事にファントムはイリスの所へ届いたのだと思います。
……色々と書くべき事があるのだけれど…まず最初に…ごめんね。傍に居てあげられなくて。私が一緒だとイリスが危険だった…だからどうしても過去を精算する為にイリスを置いて行かなければ駄目だった。
本当にごめんなさい。
多分イリスはその内私の過去を知ることになると思う…もし過去を知った時どうしても私のした事が間違っている、と思った時…イリスにお願いがあるの。
あの人…あなたの父親であるレドの愛機…ディステルを破壊して。
どうしても私には出来なかった…あの人との思い出が詰まったディステルを破壊する事だけは…。
だけどもうあの子は役目を果たした…本来はもう眠らせてあげないと駄目だから…。
私が…いつかイリスが乗る為に造ったファントム…あれはイリスが本当に危機に陥った時必ずイリスを守ってくれるからね?
いつまでもイリスを守れるように造った…あれは私の亡霊。だけど本当は私が一緒に居られたらどれだけ良かったか……。
最後に…もしイリスにとってどうしようも無い状況になった時、どうしても…という時はファントムのコンソールにある接続部にペンダントを差し込んで右に2回、左に3回まわして押し込んで。
多分ファントムは壊れてしまうけれど…きっとイリスを助けてくれると思うから。
傍に居てあげられなくて本当にごめんなさい…愛しいイリスへ。
「…イリス君、手紙には何と?………いや、聞くべきでは無かったな」
イリスの表情を見たフロイトは首を振りそう言った。
「……お母さんの事…私を置いて死んだ事を心の何処かで許せてなかったんです。なんで私より仕事を優先して死んだの?…って。だけど…この手紙は…不器用だけど…私を置いて行きたかった訳じゃ無かったんだって思いが伝わって…」
自然と涙が頬を伝い、格納庫の床へと落ちる。
「…イリス君、リースさんは君に知られるのは怖い、と常々言っていたよ。…リースさんが過去に引き起こした事件…いや、彼女は被害者だな…その件に関しては今イリス君が聞きたいのであれば私から教える事も出来る。だが…私宛の手紙に書いてあった事実と合わせてあまりにも…」
「私は…聞かないといけないと思う…お母さんが書いていた"ディステル"がどんな機体なのか…本当のお父さんの事に関してもフロイトさんは知っているんじゃないですか?お母さんはディステルを破壊して、と書いてました…」
「……そうか、そうだな。イリス君には知る権利がある。……何から話すべきか…少し長い話になるから場所を変えようか」




