第16話 レウス
「さて…この様な事は言いたく無いのですがね…今回の契約は破棄させていただきますよ?バースさん」
帰還して呼び出されたブリーフィングルームでは海賊団の頭目であるバースと依頼主であるアルベルが険悪な雰囲気で話をしていた。
「マスター、只今帰還しました。それと要望通りレウスさんにも来ていただきましたが…」
「ご苦労、すぐ終わりますのでそのままお待ち下さいねぇ…っと、今回あなた方の損害が酷い事を考慮して前金は返還不要としましょう、それでいいですね?」
静かにそう話すこの男を見ていると謂われもない悪寒がする。
それがレウスが抱いた率直なアルベルへの評価だった。
「…分かりやした、だがウチの船団長が黙ってないですぜ…その辺はどうお考えで?」
何故こんなに強気なのか…なるほど、これは厄介な話になるな…。
「…ほう?船団長が…ねぇ。あの方がこの様な些事で動くというのですか?それは困りましたねぇ!」
ちっとも困った風には感じられず、寧ろ馬鹿にしたような態度のアルベルにバースが苛立ちをあらわにして机を叩く。
「あまり海賊を舐めてもらっちゃ困る。俺達は舐められたらしまいなんですよ」
「……そうですか、まぁ良いでしょう。それで?あなた方はどうしたいので?」
自分のペースに乗せた…脅しが効いたと思ったバースはニヤリと笑みを浮かべた。
「俺達が今回失ったアサルトフレームの補填と詫び料だな」
「…なるほど」
…………馬鹿が。本来なら依頼を完遂出来ない時点でこちらの方が違約金を取られても仕方がないというのに。
やはり海賊は海賊か。
「どうする?飲めないなら今すぐに船団長へ連絡を入れるぞ?」
いよいよヤバい…そう判断して逃げる為の行動に出るか…そう考えたレウスが動こうとした時だった。
「ふふふ、あーっははははは!!」
突然笑いだしたアルベルを怪しむバースだったが…
「…海賊とはやはり馬鹿ですねぇ。大人しくこのまま終われば良かったものを…」
アルベルが右手を上げた瞬間、ジェーンが動いた。
隣にいた俺ですら反応出来ない速度でバースの元へ行ったかと思うと背後に回り、バースの首を絞める。
「あがっ!?……は、はな…せ!?」
ギリギリと絞め上げるジェーンは仮面を着けている為に表情が見えず、それが余計に恐ろしかった。
「そうそう、馬鹿なお前に分かるように教えましょうか。私が何も知らないとでも?今回の依頼、あなたは依頼料が莫大なのを知られないように船団長には秘密裏に動いてますよねぇ?…さて問題です。勝手な行動をした部下の要請をあの方が受け入れると?………それにですね、そもそも無駄なんですよ。元からあなたを生かしておくつもりは無かったのですから。さっさと納得してればすこーしだけ長生き出来たのに残念ですよ」
必死でジェーンの腕から逃れようとするバースに冷ややかな視線を向けて笑うアルベル。
ゴギンッ!という音と共にバースの首があらぬ方を向いて力なく崩れ落ちた。
「さて、ゴミは片付いたので本題に入りましょうか?…ああ、レウスさんには危害を加えるつもりはないのでその銃から手を離すのをオススメしますよ、でなければ彼女が誤って行動しかねないですからねぇ」
…殺すつもりなら最初からやってるだろうな。
「分かった、さっきの動きを見て彼女を敵に回そうとは思わんからな」
「賢明な判断です」
レウスが銃から手を離して椅子に座った段階でジェーンからの殺気が薄まったので嘘ではないのだろう。
「で?本題とやらを聞いても?」
「率直に言いますとあなたの事が気に入りましたのでねぇ…継続して雇いたいと思ってます」
全く信用出来ないな。元からこの男は信用してはいなかったが。
「…まぁそちらが信用していないのは分かりますがね、あなたにとってもそう悪い話では無いのでは?…薄々気が付いてるとは思いますが、あの黒い機体…"深紅の死神"と似ていると思いませんか?」
!?
「…俺の素性は調べてある、そういうことか」
「えぇ、それなりにですね…元ヘリオス帝国宇宙軍第1機動艦隊所属"アイアンクロウ"副隊長ランス・バルフォア殿」
アルベルが懐からファイルを取り出す。
「16歳でヘリオス帝国軍に入隊、参加した戦闘は157箇所でトータル撃墜スコアは233機…実績を買われアイアンクロウへ異動、その後順調に実績を積み上げていたが…あの有名な"AF技術研究員家族惨殺事件"が起きた一年後…奴が現れた」
アルベルの言葉であの時受けた古傷が鈍い痛みを放つ。
死神との戦闘を奇跡的に生き残ったものの、顔の右側には裂傷の痕が、身体にはAFの破片が刺さっていた痕…思い出す度に痛みを訴えてくる…。
「…くそっ!嫌な事を思い出させてくれるぜ…!」
「…"深紅の死神"が当時有名だったクランを次々と壊滅させた結果、ヘリオス帝国軍は討伐部隊を派遣…それがあなた方第1機動艦隊だった」
「そうだ…そして俺達はあの死神に喰われた。重巡3隻、戦艦2隻、AFが140機…全てアイツに…あのAFは化け物だ。そしてあの女も狂ってた」
「…ええ、彼女…リースは狂ってましたよ。だがそうさせたのはあなた方ヘリオス帝国ですがね」
なに…?
「知らないのも無理は無いですね、引き金になった事件…研究員一家惨殺事件の真相…家族を襲撃したのはテロリストではなく、ヘリオス帝国が秘密裏に依頼したクランだったのですからねぇ」
確か研究員の家族がデータを狙ったテロリストに殺されたってニュースが騒いでいたが…あれは偽の報道だったのか…?
「当時AF研究所に所属してその技術で数々の発明をしたリースオドネル…その研究データを入手するためにテロリストが襲ったという事にすれば…とヘリオス帝国の馬鹿な上層部は考え、実行したんですよ、全員死ねば問題無いとね…しかし馬鹿は詰めが甘い」
「まさか…」
「そう、全員死んでいたなら…ですね。実際はあの事件で死亡したのは1人、レド=オドネルただ1人です。その妻であるリース、そして当時3才の娘…二人は生きていた…娘に関しては謎が多いですが…リースは全身を炎で焼かれ、右腕や内臓の一部を失いながらも生き残っていたんですよ。焼け跡から見つかった右腕だけで死亡したと思われていましたが…まさか生きていると思いませんよねぇ、アサルトフレームの装甲ですら溶ける科学燃料で家に火を放ったのに」
「それから一年、彼女は再び表舞台に姿を現した。彼女の夫で傭兵だったレドの愛機…ディステルと共に」
それがあの機体か…
「だが俺はあんなAFは見たことがない、傭兵であればあんなスペックの機体を使えばすぐに有名になるだろ?あの機体は当時最新鋭だったヘリオス帝国正式採用機"シミター"を遥かに凌駕する性能だった」
そこでアルベルは1枚の写真をレウスへ投げる。
「それがレドの愛機ディステル…元はスピアのカスタム機ですよ。特徴は右腕に装備された高出力の近接兵装"フレイムタン"を装備した格闘機です」
写真には確かにあの当時どこにでもありそうなカスタムが施されたAFが写っていた。
「彼女はその機体を自身が持てる全てその後の事などお構い無しに文字通り全てを懸けて改修、そして完成した機体が"ディステルガイスト"という現在に至るこの世界のどのAFにも追い付けない性能を持った所謂"オーバーテクノロジーの塊"と言われている化物ですよ…信じられないですがあの機体の動力は核融合炉を搭載、エネルギーが機体依存の兵装は実質撃ち放題…その他装甲からフレームに至る全てが解析出来れば今の技術開発は飛躍的に進歩するレベルです。もはやあれはディステルではない、完全な新型機です」
「確かに…信じられない、とも言えんな。戦った時のあの絶望感…確かにあの機体のスペックは別格だった。しかし、あの死神はあの後破壊されたのでは無かったか?」
入院していた最中に深紅の死神は激戦の末当時の最強クラン"バリスティック"が甚大な被害を出したものの撃墜したとニュースで騒がれていた筈だ。
「…ええ、世間ではそう語られましたね。確かにあの時我々バリスティックのエースであったアルベルトの駆る"ベリアル"とディステルガイストは相討ちで動力である核融合炉が爆発、2機共に消滅した………筈だったのですがね。……あなたはアレイスト侵攻はどこまでご存知です?」
「俺はあの時退院はしたが艦隊の唯一の生き残りという事で様々な聴取を受けたりしていて詳しくは知らん」
「アレイスト侵攻は終始ベルンホルストが優勢でした、ベルンホルストの国力とアレイストでは当然ですが。そして最終的にアレイスト本土への直接降下作戦が実行された最中、奴が現れたのです。宇宙空間からベルンホルストの戦艦を次々と撃ち落とし、なんの降下装備も無しに単機で大気圏突入、その後もベルンホルスト軍を倒して回った…」
「…おかしい、撃破されたのがDC198年9月だったがアレイスト侵攻は同年の10月後半だった筈だ。そんな短い期間で大破した機体は修復出来ないし本人も怪我なりを治す時間がないだろ」
「そう、あり得ない。だが実際に死神は再び現れた…その当時、ベルンホルストとアレイストは何故か深紅の死神に関する情報を隠した結果、アレイスト侵攻の情報は未だに様々な情報が交じり合い不明瞭な戦争と言われています。アレイストの方は深紅の死神に対して恩があるからか情報操作も完璧でしたしね…他にも幾つかあるのですがそれはあなたが協力してくれるのであれば語る機会もあるでしょう」
「…話が逸れましたがつまり私はそのディステルガイストを手に入れたいのです。残念ながらリースオドネルはディステルガイストをどこかに封印した後、統合軍の極秘作戦の戦闘にて行方不明になってディステルガイストの在処も闇の中…」
「ちょっと待ってくれ。それと俺を雇うのに関係があるのか?無いなら…」
「貴方はあの黒い機体と戦ったのでしょう?そして急に動きが変わりジェーンでも手に負えず撤退…違いますかね?」
そうだ、確かにあの時機体の動きが急激に変わってまるで別人のような…
「レウスさん、いえ敢えてこう呼びましょう…ランスさん。あなたの行き場がない恨み…あの黒い機体を倒す事で晴れるかも知れないと思いませんか?いつまでも引きずって生きるのは辛いでしょう?あの機体には彼女の亡霊が取り憑いています、我が子を守る…それだけの為にね」
「………そんな話で…」
「あなたは必ず協力してくれますよ。あなたの目がそう言っている…」
私はディステルガイストの手掛かりであるあの黒い機体を手に入れたい、あなたはあの機体を…リースを倒して過去と決別したい。
利害は一致してると思いますがね…
考えが決まったらご連絡を、そう言ってアルベルとジェーンは去っていった。
アルベルに関しては何故そこまで詳しいのかも分からない以上信用は出来ない…が…
「過去との決別…か。……乗っているのは別人だというのにな…くそ!」




