第四話 障がい者の見る夢
今日も今日とて朝から屋上で煙草を吹かす。天気は曇りでどうやら下り坂になるようだ。
隣には所長がいる。
少し気になる事があったので恐る恐る訊いてみた。
「あの、娘さんには母親の事は?」
「ん?あぁ、君にお礼を伝えた後に部屋で話したよ。ショックだったようでしばらく口を聞いてもらえなかったが」
「そうですか・・・」
だからリハビリの時、会話がなかったのか。俺から話しかけるってのもなかったが。
「お墓参りとかは?」
「そうだねぇ、娘も大分調子が良くなってきたから今度の休みにでも連れて行くよ。・・・なんだぁ?心配してんのか、この野郎~!」
こめかみに拳をグリグリしてきた。
「心配なんかしてませんよ!痛いから止めてください」
全くもう、関わるのやめようかな?
「それじゃ、お先です」
と言って煙草を吸殻入れに捨て屋上を後にした。
書類整理が終わり、ひと息つこうと自販機に向かう。階段を降りて一階の曲がり角を曲がろうとした時に突然人とぶつかった。
お互い、尻餅をつく。
ハッと視線を相手の方に向ける。白杖が転がっていた。白杖があるという事は視覚障がい者か。
「すみません。大丈夫ですか」
申し訳なさそうに謝り、白杖を拾い、相手が立ち上がるのをフォローした。
「こちらこそ、すみません」
相手もこちらに謝ってくれたが明らかにこちらの前方不注意であった。
見た所、二十代半ば位だろうか?ショートカットのボーイッシュな感じの女性だった。
「痛っ」
歩き出そうとした女性が顔をしかめた。
「ホントすみませんでした。これからどちらへ?」
「ちょっと喉が渇いたので自販機まで行こうと思ってたんですけど」
「じゃあ、僕と同じですね。肩貸しますので一緒に行きましょう。歩くペースは合わせますので」
左手を自分の右肩に誘導する。
ホームヘルパー二級の資格取るついでに視覚障がい者の移動支援従業者の資格も取っておいて良かった。他にも一応、全身性、知的、精神の三つのガイヘルの資格も一緒に取ったが。
声かけしながらペースを合わせ、自販機まで歩いた。
「着きましたよ。目の前にソファーがありますので座りますか?」
「はいっ」
頷くと白杖で距離を確認しゆっくり座った。
「飲み物は何が良いですか?」
「じゃあ、オレンジジュースを」
「解りました」
自販機に行き、オレンジジュースのボタンを押す。ガタンと缶が下に落ちた。
取り出し、彼女に渡した。
「ありがとうございます。あの、お金・・・」
「あっ、いや僕からぶつかったのでそのお詫びということで」
「そうですか。解りました」
プルタブの位置を指で確認し、開けて飲んだ。
さて、俺は何にしようかな。おっ、新商品のぶどうジュースがある。これにしよう。
ボタンを押して缶を取り出し、彼女と少し離れた位置に座り、プルタブを開けて飲んだ。
味は微妙だった。今後は買わないことにしよう。
「あの、貴方はここの人ですか?」
突然女性に訊かれた。
「夢の解析の被験者ですよ」
「そうなんですね。私と同じですね」
「え?貴女もなんですか?」
障がい者の募集もしていたのか。それは知らなかった。
「普段どんな夢を見ているんですか?」
「色々ですよ。異世界だったり、現実的な夢だったり。貴女は?」
興味本位で彼女に訊いてみた。
「私が見るのは音だけの世界ですよ。生まれつき全盲なんです、私。だから真っ暗な中で色々な音がなる夢ばかりですね」
「そうなんですね」
そうだったのか。音だけの夢か。それはそれで不思議な夢だな。
「私はその世界でしか生きていないのでその世界しか知らないですが、そんな自分でも何かの役に立ってお金がもらえるのは嬉しいです」
彼女はアッサリとそう言った。
「そういうもんですかね」
「そういうもんですよ」
彼女はそう言うとフフッと笑った。
「もし、夢で映像が見られるとしたら見てみたいですか?」
現実なら難しいかもしれないが夢なら、と思い訊いてみた。
「それはもちろん、色々見てみたいですよ。親の顔や自分の顔、周りの景色など」
「そうですよね」
そういえば、名前を訊いていなかったな。互いに今更ながら自己紹介をした。
彼女は泊 遥香と名乗った。
その後、彼女と他愛のない話をして別れた。
夜、恒例の一服を満喫していると所長がやってきた。
「よう、どうやら明日は雨らしいぞ」
「そうみたいですね。それより、ここって障がい者も募集していたんですね」
「あぁ、視覚障がい者と聴覚障がい者だけだがね。障害の程度によるが全盲者は音だけの世界。聾者は映像だけの世界を見るようだ。脳波で映像の部分、音の部分の解析を行うために募集したんだ」
「もし、仮にその人達に映像や音を電気刺激で送ることができたらその夢を見ることはできるんでしょうか?」
「可能性はあるが、脳がその障害により存在しないものとして構築されているから難しいかもしれんな」
「でも、一度は見てみたいって思うもんなんじゃないですかね?」
「そうだな。それが夢ではなく、現実にできるよう研究もされている。実用化は難しいようだがね。なったとしても高額で庶民にはなかなか手は出せんよ」
「やっぱりそうですよね」
支援・介助グッズも前の職場で使っていたが需要が少ないため、健常者が使う物よりどうしても高くなってしまっている。
「なんだぁ?誰かに夢を見させてやりたいのかね?」
所長に今日あった事を話した。
「・・・そんな事がねぇ。まぁ、彼女から了承を得たら、実験を行ってもいいが。おすすめはしないよ」
「それでも彼女が見たいと言ったなら協力したいだけです」
「なんだかなぁ。い~ちゃんはまるで水先案内人もとい、夢先案内人って事かねぇ」
「なんですか、それ」
「水先案内人ってのは船の進むべき水路を案内し導く人。夢先案内人ってのは、相手が見たい夢を案内し、導く人ってことだな」
「それなら、所長の方がその肩書きに合ってるでしょ。散々人に夢のデータを送っているんだから」
「一番成功しているのは君だがね。他の被験者達も夢の内容が当たる時は当たるんだが外れる事が多いんでな。ひょっとしたら、い~ちゃんは感受性が豊かなのかもしれんな。妄想癖でも持っているのかね?どうなんだね?」
「誰が妄想癖ですか。そんな癖は持ってませんよ」
言ったところで詩を書いていることに礑と気づく。これは妄想と呼ぶんだろうか、と。
だとしたら妄想癖というのは間違いないのかもしれない。もしくは詩によって妄想が培っていったのか。
「何はともあれ、その子に訊いてみて判断するよ」
「解りました」
こうして夜の会はお開きとなった。
彼女からは了承を得ることができたようで飯塚さんと所長はその準備に取り掛かっていた。
彼女と俺のシンクロが目的とし、同じ景色など見られるようにするので綾音は今回は普通に寝ることとなった。
こちらとしても少し安心していた。夢の中だとどんな事をやらかすか知れないからな。
俺も薬を飲み、眠る準備をして夢が訪れるのを待った。
気が付くと草原にいた。遠くの方に街が見える。俺は、彼女がいないか名前を呼び続けた。
すると横からスっと現れた。目は閉じていた。
彼女にゆっくり目を開けるよう促す。
徐々に瞼が開いていく。
「森です。僕の顔が見えますか?」
彼女は驚き目を見開いた。
「み、見えます!ぼんやりと森さんも周りの風景も・・・」
とりあえず見えるようで良かった。後は彼女がこの夢を見てくれていることを祈るだけだがせっかく見えるようになったんだ。
「街の方に行きませんか?」
と誘いかけてみた。
「はいっ」
二人して街の方に歩き出す。彼女は周りの風景を嬉しそうにキョロキョロしていた。
「空は青いのに寒そうな雰囲気はしませんね」
「どういう事ですか?」
「青色は寒い色と教えられたので。逆に赤は熱い色と聞いてます」
あぁ、確かに青色などは寒色系、赤色などは暖色系というから、そう教わったのだろう。
「寒くないのは日差しが暖かいからですし、空の青は透き通った感じで清々しい感じですね。丁度、泊さんが着ている服のような」
彼女は水色のTシャツに茶色のハーフパンツに白のスニーカー姿だった。
「私こういう色の服を着てたんですね」
改めて自分を見ていた。
街に着くと先ほどとは打って変わって雰囲気が変わる。喧騒としていた。
人ごみに紛れないよう手をつないで先導していく。
途中で犬を連れている人に遭遇した。
「あ、犬がいる」
「どこですか?」
「あそこです」
指を指すと彼女は目を細めて見ていたがやはりあまり見えていないのだろう。判らない様子だった。
「触ってみます?」
「大丈夫ですかね?」
若干不安そうに訊いてきた。
「僕が触ってみますので。すみません、ワンちゃん触っても大丈夫ですか?」
「ええ、大人しいので大丈夫ですよ」
犬は大型犬のゴールデンレトリバーだった。
「よしよし、ほんと大人しいですね」
犬はされるがままだった。
その様子を見て彼女は少し安堵したのか恐る恐る触れた。
「犬、触ったの初めてです!」
嬉しそうに頭を撫でたりしていた。
「触ったことないんですか?」
「基本動物はぬいぐるみで認識していたのでほとんど本物を触ったことがないんですよ」
そうだったのか。自閉症の子にはイラストや写真を見せて認識させる事はあったがあれと似たようなものだろうか?
「どうもありがとうございました」
満足したのか飼い主にお礼を言った。
その後は目的は特になかったので適当な喫茶店に入り、飲み物を注文して一息ついた。
「オレンジジュースってこんな色してたんだぁ」
鮮やかな色彩のオレンジ色に歓喜していた。
とりあえず、今の所は喜んでいるようで何よりだった。
俺はアイスミルクティーを頼み、ガムシロップを多めに入れて飲む。
「本当にまさか映像のある夢が見られるなんて思ってもみませんでした」
と嬉しそうにストローでオレンジジュースを飲んでいた。。
「ホントは鏡があれば自分の顔も見られたんですけど、あいにくありそうな所はありませんでした」
それだけが少し残念ではあった。
「流石にそこまで贅沢は言わないですよ。色んな場所の風景が見れただけで十分です。」
「なら良かったです」
俺はホッと胸をなでおろす。なんとなくではあるが泊さんと少し解り合えた気がした。
夢はそこで終わった。




