第十九話 キスと居場所
「綾音、俺を本気にさせたんだ。俺はお前の全てが欲しい」
耳元で囁く。そして軽く唇に軽くキスをした。
綾音は緊張しているようで体をこわばらせていた。
「今度は大人のキスだからな」
そう伝え、再びキスをして舌を入れた。長いキスだった。
綾音は上手く呼吸が出来なかったようで俺を引き離そうとした。
だが、俺は止まらなかった。止まれなかった。理性が完全にどこかに飛んで行ってしまったのだ。
まだ発育途中であろう、胸に手をやった。ほどよい感触に柔らかさ・・・。
「うわあぁぁっ!」
俺は飛び起きた。全く、なんという夢を見たんだ。俺が綾音にあんな行為をするなんて。
これも報告しなきゃならんのか。・・・気が重い。
俺は深くため息をつくと、重い足取りでモニター室へ向かった。
飯塚さんに夢の内容を報告する。飯塚さんは腕を組んで話を聞いていた。
今朝の夢のせいで胸に目が行ってしまう。腕組みのせいで豊熟に実った二つの果実が強調されていた。俺は慌てて目を伏せて続きを話した。
その後、気持ちを落ち着かせるように屋上に向かい、煙草を吸った。
数本吸って落ち着くと所長がやってきた。
「おはよう、い~ちゃん。えっちな夢を見たんだってぇ~」
朝からニヤニヤして言ってきた。
俺は無視して煙草を吹かす。
「えっちな夢ってのは散財する暗示らしいよぉ」
・・・散財。散財といえば、昨日買った綾音のプレゼントの事か?と考えていると
「でもねぇ、キスする夢ってのは、性的欲求があるのはもちろんだが愛情に飢えているって事でもあるんだよねぇ」
愛情に飢えている、か。もしかしたらそうなのかもしれない。俺には思い当たる節があった。
「まぁ、えっちな夢を見るのは健全な証拠だから、あまり気にしなくてもいいよぉ」
「でも、他の人にも知られるって事ですよね」
「そりゃ、夢の解析・分析が仕事だからそれはしょうがない。仕事と割り切ってもらわないとねぇ」
所長はそれだけ言うと去っていった。
俺は、携帯を取り出して実家に電話した。
「もしもし、母さん。うん、体は大丈夫。何とかやれてるよ。それで今度の日曜日にそっちに行くから。用件はそれだけ。んじゃ」
通話を切った。
欲求不満に関しては、ジム室に行き、筋トレをして欲求を昇華した。その後、シャワーを浴びてから綾音の勉強を見た。
綾音も同じ夢を見ていたんだろう。黙々とペンを走らせながらもチラチラとこちらを見ていた。
俺も意識してしまっていたので若干気まずかった。携帯をイジっては気持ちを誤魔化していた。
その後は、えっちな夢を見ることもなく徐々に綾音とも普通に接することができた。
そして日曜日、俺は出発しようと駐輪場からバイクを出した。跨ってエンジンをかける。今日は機嫌が良いようだな、ルネたん。とタンクを撫でた。
じゃあ、家までよろしく頼むよ。と心で声をかけて出発しようとした時に綾音がヘルメットを持ってやってきた。
「はふん、どこか行くの?」
「実家だよ。しばらく顔を出していなかったからな」
「私も行く!」
俺のバイクに乗ろうとしていた。
「来ても楽しくないかもしれないぞ」
「はふん、それでもいいもん、行きたいから行くの」
また始まった。こうなったら断るのが面倒くさいんだよなぁ。
「解ったよ」
と、一旦バイクを降りてバックステップを広げ、インカムを繋げた。
行きは他愛のない話をしながらこまめにコンビニに寄って休憩しながら行った。
途中、軽い渋滞に捕まり、三時間ほどかかったが家に着いた。
綾音に降りてもらい、アパートの駐輪場にバイクを停めた。
俺は綾音がいる事が不安に感じたが意を決して、中に入った。
猫が一番に出迎えてくれた。
「元気だったか。ソニー」
軽く撫でた。
「お邪魔します」
綾音も声をかけて中に入ってきた。
「はふん、猫ちゃん!名前何て言うの?」
「ソニアって言うんだけど言いにくいからみんなソニーって呼んでる」
「そうなんだ。よろしくね、ソニーちゃん」
頭を撫でる。ソニアは綾音の匂いを嗅いでいた。どんな人か識別でもしているのだろうか。
居間に入ると、両親、姉ちゃんがいた。
「あれ?姉ちゃんも来てたんだ」
「よっ、あんたが帰ってくるって連絡あったからね。夜勤前に来たのよ」
「そうなんだ」
「って、い~ちゃん、その子どうしたの!?彼女?」
「違う。今の仕事先の子だよ」
「そうなの?でもなんで連れてきたの?」
「こいつが行きたいって言って駄々をこねたからな。仕方なしに連れてきた。」
「ふぅ~ん。にゃるほどね~」
姉ちゃんは綾音を値踏みするかのように見ていた。綾音は恐縮していた。
「あっ、お菓子食べる?」
「餌付けかよ!」
姉ちゃんがボケて俺がつっこむ。姉ちゃんがいるとそんな図式が出来上がっていた。
母さんはお茶を用意しにいった。年のせいもあるが歩き方がすり足に近い動きだった。
オヤジは黙ったまま煙草を吸っていた。
「とりあえず、座りなよ」
「あぁ、綾音も座りな」
綾音を座るよう促した。ソニアもやってきて綾音の膝の上に座る。綾音は猫を触っていた。って、何で俺のところに来ないの?とちょっと嫉妬してしまった。
「綾音ちゃんって言うんだね。私は優美っていうの。よろしくね」
温かいムードで迎えてくれた。
「あっ、そうそう。はいこれ」
と、姉ちゃんに袋を渡された。中を見るとジャージとTシャツが入っていた。Tシャツはデフォルメされた猫のプリントTシャツだった。
流石姉ちゃん、俺のツボを突いてくるのが上手い。そしてジャージもありがたかった。
「ありがとう、姉ちゃん」
素直に礼を言った。
その後、お茶を飲みながら他愛のない話をして、家族団らんを楽しんだ。
綾音はその様子を見ながらずっとソニアの相手をしていたが少しずつ話の輪に入っていった。
まぁ、姉ちゃんが話を振ってくれたからだが。
「んじゃ、そろそろ仕事行かないと。綾音ちゃん、またね」
姉ちゃんは帰る準備をして出て行った。母さんは見送りに外に出た。
「俺たちも帰るか」
声をかけて綾音の方を見るとソニアが丸まって寝ていた。
「ソニー、帰るから起きろ~」
と、ソニアを起こし、どいてもらった。
「んじゃ、また来るわ」
「風邪ひかないようにね」
「気をつけて帰れ」
両親から声をかけられた。
帰りもインカムで話をしていた。
「お前、ずっとソニーの相手していたな」
「だって、何話せばいいか判んないんだもん」
「だから来ても楽しくないかもって言ったんだ」
「はふん、でもみんな楽しそうに話してたよ。私もなんか昔の事を思い出して懐かしかった」
「そうか。・・・でも、あそこには俺の居場所はないんだ」
「どういう意味?」
「楽しいのは楽しいけど、どこか安心は出来なくてな。だから俺は家を出てひとり暮らしをしたんだ」
「そうなの?全然そんな風には見えなかったけど」
ふと朝の所長の言葉がよぎる。愛情に飢えている。
うちの親は放任主義で小さい時から好きな事を色々やらしてくれた。
けど、愛情があったかと言われば、答えに詰まる。優しくしてくれていたがそれが愛情と呼べるのかは解らなかった。そんな環境で育ってきた。
もしかしたら知らず知らずの内に愛情が欲しいと心のどこかで求めていたのかもな。
「そうか、そう見えたんならいいけど」
心ここにあらずといった感じで返事をした。
研究所へ着く。再び綾音に先に降りてもらい、バイクを駐輪場に置いてきた。
「い~ちゃん、あのね。私、思ったの。もしかしたらい~ちゃんは別れることが淋しいんじゃないかって」
「はぁ?何言ってんだ」
「ジュンちゃん」
その言葉にハッとなる。
「前に言っていたよね。最後まで飼ってあげることができなかったって。別れを知ってしまったから。だからいずれ、みんなともサヨナラをしなくちゃいけない。それが淋しいから自分から出て行ったんじゃないの?」
こいつ、痛いところを突いてくるな。しかし、当たっているのかもしれない。
「そう・・・なのかな。いや、そうなのかもな。ジュンは最初に飼った猫で一番可愛がっていたのに突然、いなくなって帰ってこなくて」
あの時は、悲しくて夜に何度も泣いて枕を濡らしてたっけ。
それから別の猫を親が拾ってきては可愛がっていたけど、一線を超えないようにしていた。いなくなると淋しくなるから。
いつでも一緒にいて、安心できる存在だった。
当時の楽しかった事を思い出して泣きそうになる。
綾音がそっと抱きしめた。
「大丈夫だよ。別れがくるのはみんな一緒。それに今は、私がいつも一緒にいてあげるから」
綾音は子どもをあやすように背中を撫でた。綾音の優しさが沁み入る。我慢してきた感情が抑えきれなくなったがなんとか踏みとどまった。このまま、優しさに甘えたら溺れてしまう。抜け出すことができなくなる。そんな想いが気持ちに蓋をした。
綾音を引き離し、
「大丈夫。俺は、大丈夫だから。もう、部屋に戻ろう」
と、強がってみせ、所内に入ろうとした。
「い~ちゃん!」
呼び止められる。
「私は、い~ちゃんのヒカリにはなれないの?」
問われた。それに対して俺は答えることはできず、部屋に戻ったのだった。
・・・ヒカリね。俺はメモ帳を開く、タイトル 星空。その詩を見て思う。綾音が俺のヒカリねぇ。あいつは俺の事をヒカリだと言ってくれた。けど、俺は・・・。
って、なんで俺があいつの事を考えなきゃならんのだ。馬鹿馬鹿しい。とベッドに横になる。
でも、綾音は、今は小さくて見えないだけで俺のヒカリなのかな・・・。
俺が気づいていないだけで心のどこかで思っているのかもしれない。
俺はいつの間にか微睡み、眠りに落ちていたのだった。




