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第十六話 追想夢

 毎度お馴染み朝から屋上で煙草を吸っていた。ガチャッと扉が開く。所長だろうと思い、そのまま視線は空に向けていた。

「お隣、よろしいですか?」

 声をかけられる。飯塚さんだった。

 俺は、ビックリしてドギマギしながらどうぞ、と答える。

 細長い煙草を一本取り出し、火を点けて吸った。

「森さん、貴方にお願いがあるのですが・・・」

「な、何ですか?」

「私と所長の二人の同じ夢が見たいのですけど」

「どういう事ですか?」

 見たいなら俺抜きでもいいんじゃないだろうか。何しろ夢でも俺がいたら邪魔だろうし。そう思いながらも理由を訊いた。

「私は酔った勢いで所長に告白をしました。受け入れて下さって嬉しかったのですがあの後、所長に奥様の事を本当に大切に想っていることを告げられました。私は、あの人の本当の心を夢でもいいので知りたいんです」

 それなら直接言えばいい、と思ったがおちゃらけてはぐらされるのがオチか。

「でも、なんで僕なんですか?」

「関わったことのない人と一緒に夢を共有化するのは難しいと判断しました。貴方はよく所長と話を屋上でしていると聞いていますし、私とも夢の報告を通じて少しは私の事を知っていると思います」

「なら、二人も知っている間柄じゃ…。」

「不安なんです。もし、所長の過去に関する夢だった場合、私一人だとどうすればいいのか判りません。なので貴方に仲人(なこうど)役という訳ではありませんがいて欲しいんです」

 切実なお願いだった。しかし、気持ちは解る気がする。相手の中に入る余地はあるのかどうか解らなくて不安になるのは。

「解りました。力になれるかは判りませんが協力はします」

 受けることにした。

「けど、その間の監視って誰がやるんです?」

「堀江君に頼みます。あの子はサポートでしたけど、要領がいいので任せても大丈夫だと思います」

「そうですか」

 大ちゃん優秀なんだな。と少し自分も誇らしげに感じた。

 そして飯塚さんは、室内に戻ると大ちゃんに仕事の説明を行った。

 所長には、飯塚さんが直談判して了承を得た。所長は少し浮かない雰囲気だった。

 夜、それぞれ薬を飲んで夢の世界へと入っていった。

「脳波チェック・・・クリア。・・・シンクロも徐々に始まった」

 大ちゃんはモニター室でPCを操作しながら監視を行った。



「ここは?」

 どこかの家の一室だった。周りを見ると仏壇が置いてある。仏間だろうか。

「はふん、懐かしいな~」

 綾音が顔を出した。

 しまった。こいつの事すっかり忘れてた。今回は、綾音は見ない方が良かったんじゃないだろうか。

「綾音、今回はお前にとって辛い夢かも知れないぞ」

 警告したが綾音は

「はふん、大丈夫だよ、多分。覚悟完了してるから」

 と、変に自信満々だった。

「おそらく、所長の見ている夢を通して共有化しているのかと思います」

 突然横から飯塚さんが現れた。正直、少しビビった。

「誰か来ますね。隠れましょう」

 飯塚さんは押し入れに隠れた。綾音はクローゼットに。俺はどうすれば?

 隠れる場所を探す。縁側に出て、縁側の下に隠れそっと様子を見る。

 現れたのは、所長だった。無表情だった。

 仏壇の前に行き、線香を焚き上げ黙祷(もくとう)する。そしてポツリ、ポツリと語り始めた。

「すまない、母さん。娘との初めての旅行だったのに私のせいで。こんな姿にしてまって。娘は一命を取り留めたが意識が戻らない状態だそうだ。私があんな事をしなければ・・・」

 悔やんでも悔やみきれないのだろう。徐々に涙声に変わっていった。

「私は母さんのパートナーには相応しくなかった!そして、父親としても最低だ!!」

 畳を殴った。

「残された私は、どう(つぐな)えばいい?どうすれば・・・」

 言葉に詰まり、男泣きしていた。俺はいたたまれない気持ちだった。飯塚さん、綾音は大丈夫だろうか。少し心配になる。




 急に場面は変わった。どこかの繁華街だった。

「今回はやけにシーンが変わるのが早いな」

「おそらく、早めに見ている夢だからでしょう」

 また飯塚さんが横にいた。

 愛しい人を亡くしたのだ。もしかしなくても所長は毎晩同じ夢を見ているのかもしれない。一生変わることのない夢を。

「はふん、お父さん」

 綾音は俺に(すが)ってきた。父のあのような姿を見ればそりゃ、不安だろうな。そう思い、

「大丈夫だ」

 少しでも安心出来るように頭を優しく撫でた。安心したのか、表情が柔らいだ。

「にしても、ここどこなんだろうな」

「私も判んない」

「とりあえず、和彦さ……所長を捜しましょう」

 三人で人ごみを掻き分けながら所長を捜した。

 直ぐに見つかった。所長は、少し若かった。女性と手をつないで歩いている。

「お、お母さん」

 綾音がポツリと言った。

「お母さん?まだ若いだろ」

「ううん、間違いないよ。お母さんだよ!」

 綾音が大声で言った。飯塚さんは顎に手を置き、何か考えて

「もしかしたら、所長は追想しているのかもしれませんね」

「追想?」

「過去のことや亡くなった人とのことを思い出して懐かしむことです。追憶・追懐とも言いますが」

「はふん、じゃあ過去の夢って事?」

「綾音ちゃんがお母さんと言った人がそうであるならその可能性が高いかと思われます」

 所長の方に視線を送るととてもお似合いと言ってもいいほど、二人仲(むつ)まじい雰囲気だった。

 綾音は黙ったまま、二人を見ていた。

「恋愛ってあんな感じなのかな?お母さん、とても楽しそう」

 と、呟いた。そしてどこか懐かしいような視線を送っていた。

「・・・そうですね。とても理想的な雰囲気で。所長が体験してきた事なんでしょうね」

 飯塚さんは困惑していた。二人の間に入り込む余地など無いかのように周りはボヤけて二人だけが鮮明になっていた。

 俺は考えた。過去の思い出だろうが夢は夢なんだ。そう思い、二人の手を取って走り出した。

「飯塚さん、思い出がなんだってんだ。俺達は今を生きてるんだろ。だったら俺たちも一緒に混ざればいい。綾音。お前はいっぱいお母さんに甘えろ。それが今出来る一番の夢だろ」

 所長に追いつく。

「しょ…品行寺さん、俺達も一緒に混ぜて下さいよ」

 所長に声をかけた。

 所長は俺の顔を見る。徐々に顔つきが老けていき、今の所長の顔になった。

「全く、人の恋路を邪魔する奴はトラウマの刑に処すぞぉ」

 おちゃらけて言った。良かったいつもの所長だった。

「どなたですか?」

 と、所長の奥さんは尋ねた。

「私の仕事仲間だよ。それと、私達の最愛の娘だ。立派になっただろう」

 自慢気に話した。奥さんも徐々に老けていった。

「はふん、お母さん、おかあさ~ん!」

 綾音は抱きつき甘えていた。まるで温もりを、感触を確かめるように・・・。

「あらあら、まぁまぁ。大きくなったわね」

 困惑しながらも嬉しそうに頭を撫でていた。

 良かったな、綾音。

 長年、逢えなかったんだ。時間の許す限り、思いっきり甘えろ、お前にはその権利があるんだ!!

 俺は綾音の心境が解り、泣いていた。

「やれやれ、母さんを取られてしまったな」

 所長はボリボリ頭を掻いていた。

 俺は溢れる涙を袖で拭いて飯塚さんの背中を押した。

「今度は飯塚さんの番、でしょ」

 と、声をかけた。

 飯塚さんは所長の前に立つ。

「和彦さん、私は今回の夢で貴方の奥様への想いの強さを知りました。それでも・・・いえ、知ってしまっても、私は和彦さん、貴方と結ばれたいと強く思いました。奥さんに負けないくらい、いえ、それ以上愛していきます」

 飯塚さんは所長の手を取った。

「・・・そうか。それでも私を受け入れてくれるんだな」

 所長も飯塚さんの想いを受け止め、手を握り返す。そして、奥さんの方を向いた。

「私は母さんの事は忘れない。死ぬまで一生だ。今でも愛している。だが、そんな私でも受け入れてくれる人が今、ここにいる。これからはこの人と一緒に歩んで行こうと思っている。・・・母さんは、思い出となった母さんは、私を赦してくれるかい?」

 綾音を抱きしめていた奥さんは、

「赦しますよ」

 と、一言告げて微笑んだ。

 


 

 気が付くと朝だった。

 俺はモニター室に行き、大ちゃんに夢の内容を報告した。大ちゃんも喜んでくれていた。

 そして、屋上へと向かった。煙草に火を点けて一服する。

 扉が開き、所長が顔を出した。横に並び煙草に火を点ける。

「い~ちゃん、ありがとうな」

 なんか久しぶりに所長にお礼を言われた気がした。

「私はあの日からずっと母さんが亡くなった事を悔み、楽しかった時の夢を見てきたんだよ。精一杯、前を向いて歩いてきたつもりだったが夢じゃあの日の、あの時のままだった。」

 俺は黙って聞いていた。

「その夢を君は見事に打ち砕いてくれた。ようやく、本当の意味で前に進める気がするよ」

「別に俺が何かした訳じゃないですよ。飯塚さんの想いが一番強かっただけでしょ」

 俺はあえてお礼を素直に受け取らず、とぼけて煙草を吸った。

「それより、綾音の所に行かなくていいんですか?」

「おやぁ~、いつから娘を名前呼びするようになったんだい?」

 ニヤニヤしながら訊いてきた。

「別にただの気まぐれですよ。夢であんな幸せそうな顔を見せられたら、ね」

 適当にごまかした。

 ガチャと扉が開く、飯塚さんと綾音だった。

「お母さんにいっぱい甘えられたか?」

「うん、ありがとう、い~ちゃん」

 お礼を言われた。俺はひと時の夢とはいえ、良かったな、綾音。と心で褒めて頭を撫でた。

「森さん、私からもお礼を申し上げます。貴方が背中を押してくれなかったら、私・・・」

「自分の力でもどうにか出来たでしょ、飯塚さんなら」

 俺は笑って返事した。

「なんか私の時と態度が違うんじゃないかねぇ?」

 所長ににじみ寄られた。

「そんなことないです」

 そっぽを向いて態度を変えず、返事をした。




 こうしてまた新たな一日が始まった。

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