第十話 夢は夢のままで
『そういえば、綾音ちゃんの英語の勉強のお礼ってまだ~?』
突然ラインになーさんから連絡があった。
すっかり忘れていた。というかなーさん、確か綾音に何かを言ったからお礼しなかったような・・・。
とりあえず、返信を打つ。
『一応聞くけど何がいい?』
直ぐに返信がきた。
『私、一度で良いから見たい夢があるの~♪』
はぁ、見たい夢か。
『それは所長に訊かないと判らないけど叶えられるか保証はせんよ』
と返した。
『その時はまた別の形でお礼してもらうから大丈夫~☆』
と返ってきた。
とりあえず、見たい夢を訊いた。
一人暮らしを始めてから親の顔より見たかもしれない屋上で煙草を吸う。
しばらくして所長がやってきた。
俺は事情を説明する。
「なんだ、そんな事か。娘もお世話になったからねぇ。それくらいならお安いご用さ」
と、了承を得ることが出来た。
「・・・で、お前の見たい夢ってこれか?」
なーさんは玉座に座り、侍女達と戯れていた。
まさか本当にそんな夢を見るとは、夢の力とは恐るべし。
「うふふ~、だって~なかなかハーレムを味わうなんてできないでしょ~。アニメとかでも主人公に感情移入できないのにハーレム物が多いし~」
気持ちは解らんでもないのが少し悔やまれる。
「はふ~ん、そういうもんなの?」
綾音がジロリとこちらを見て言った。
「んなもん、二次元の世界だけだ。実際なんて煩わしいだけだろ」
取り繕った。実際にやったところで大勢と戯れるなんて無理だろ。基本一対一で相手をするんだから。
「綾音ちゃん、おいで~」
綾音に声をかける。
「いい子ね~。お姉さんが大人のキスの仕方を教えてあげましょう~」
「は・・・はふん」
綾音はゴクリと生唾を飲み込んだ。周りに百合の花が咲き乱れる。
「おいぃっ!子どもに変な事を教えるんじゃねえよ」
咄嗟のところで綾音をなーさんから引き剥がす。百合の花は散っていった。
「んもう、残念ね~。大人のキスはまたの機会だね~」
何がまたの機会だよ。全くもう。
「今回は俺達、別にいらなくね」
「そ、そうだね。でも後学の為に見ておかなきゃ」
綾音はさっきの余韻から抜け出せないでいた。
何が後学の為なんだろうか。
「しっかし、なんでまたこんな夢なんだ」
「あら~?解ってないわねえ~。私が夢で終わらせたいからよ~」
そう言いながら次々と侍女達をハグしていた。
「実際に可愛い女の子に手を出したら捕まるし、自分がハーレムになって遊ぶなんてゲームやアニメじゃ体験できないでしょ~。それに現実味がある夢なんて面白味もないし、夢は夢だからいいんじゃない~」
ふと顔を上げ、真剣に言った。
まぁ、一理あるな、と思う。
「現実味のある夢だったらそれを実現しないと叶わないからか」
「ピンポ~ン!そゆこと~」
Vサインをした。
「夢を見るのは自由だけどそれを実現するってなったら方法を模索して途方もない努力が必要じゃない。今更、そんな情熱を持ってやっていけるような世の中じゃないしね」
少し悲しそうに言う。長い付き合いだが適度に居心地のよい距離を保ってきたのでそこまで深くは聞けなかった。そこに踏み込んではいけない気がした。
「湿っぽい話はここまでにして~、い~ちゃんもハグしていく~?」
思わず頷きそうになったがその言葉を聞いた瞬間、綾音から殺意の波動が迸っていた。
はい、と言えば夢とはいえ、タダじゃ済まされないだろう。
俺はやんわりと断り、後は好きにしていいと言って、部屋を出た。
「全く、こういう事にはつれないんだから~」
なーさんは少し残念そうにしていた。
「あの、い~ちゃんって、こういうの苦手なんですか?」
私は素朴に思った事をなーさんに訊きました。
「別に苦手って事はないのよ~。一応、私がこういう事が好きなのは理解してくれているし、そういうアニメも勧めたらちゃんと見て感想を言ってくれるし~」
いーちゃん、なーさんのことを理解しているんだ。
「はふん。なんかそれって羨ましいです。私と接している時は、なんか素っ気ない態度が多いから。夢の中じゃそんな事はないんですけど」
「それは警戒しているのよ~。私も最初はそうだったし~。けど、不思議と気があったのかな~。じょじょに打ち解けていって今じゃ、仕事が別々になっても飲み会を開くくらいだし~」
「い~ちゃんはね~、相手との距離感を大事にしているのよ~。あまり深く入り込まないように気を付けてるんじゃないかしら~。でも、その割には結構心配してくれるのよね~」
確かに時間を置いてお父さんと話をしたのか私の事を心配してくれたような気がしました。
「もしかして~、綾音ちゃん、い~ちゃんのことが好きなの~?」
私は顔が真っ赤になった。ボンッと顔から煙が出ているような気がしました。
「あらら~、図星みたいね~。でも、ここだけの話だから言えるけど、い~ちゃん、飲み会で酔いつぶれた時に、愛ってなんなんだよ~ってぼやいてたから」
「それって恋愛したことないってこと?」
「そういうんじゃないのよ~。介護の仕事をしていて利用者との一線を超えないよう距離を取っていたのに、お前には利用者に愛を持って接する事は出来ないのかって怒られた事があってね~。その後の飲み会でその事を言ってたから~」
一線を超えないように距離を取っていた。という事は私の事も仕事だからといって一線を超えないように距離を取っていた。ということなのね。
「恋愛に関しては知らないけど~。綾音ちゃんは若いから駆け引きなんてできないと思うけど~。い~ちゃん、押しに弱いけど深追いはしちゃダメよ~。どうしても一線を超えたいなら覚悟を決めなさいね~。これ、お姉さんからのアドバイス~」
「あ、ありがとうございます」
「それより、い~ちゃん追わなくていいの~?私もそろそろ本格的に楽しみたいんだけど~」
そうだった。私はお辞儀をして部屋を後にしてい~ちゃんを捜しに向かいました。
「あぁ~、やっぱり若くて可愛い子は堪らないわ~。お肌スベスベだし最高~」
なーさんは思いっきり自分の夢を堪能したのでした。
彼は直ぐに見つかった。子猫達に囲まれて猫撫で声で相手をしていました。
顔も緩みきっていてとても幸せそうにしていました。
「私も触っていい?」
私は近寄って聞きました。彼はハッとして
「いいんじゃない。とても人懐っこいから」
彼は一緒にいてもいい事を言ってくれました。
「よしよ~し。はふん、可愛いねえ」
近寄ってきた子猫を優しく撫でました。顎の下もサワサワしてみました。
あれ?なんで私、猫の触り方知ってるんだろう。
それに胡座をかいて座っているい~ちゃん。
「この子。ジュンちゃんに似てる」
思わず、何かの名前を呼んでいました。彼は驚いた顔をして
「思い出したのか?」
と、尋ねてきました。
「はふん?どういう事?」
質問に対して質問で返しました。
「お前が前に、一度違う夢を見たって言っていただろう。俺はその時、ジュンっていう昔飼っていた猫を撫でていたんだ。最後まで飼ってやれなかったけど。でも、夢で現れてくれて嬉しくて撫でていたらお前が急にやってきて、見よう見まねでジュンを撫でてくれたんだ」
そうだったんだ。私、一度夢でい~ちゃんに逢っていたんだ。どうして忘れていたんだろう。
多分、その後に真っ暗闇の世界になって絶望してしまったからなのかな。
「それでジュンちゃんはどうしたの?」
「お前が去ったあと、満足したのかゆっくりとどこかに行ってしまったよ」
彼は悲しみとも淋しさとも取れる顔をしていました。
「はふん、きっと、お礼とサヨナラを伝えに来たんじゃないかな?」
「・・・そうだな。そうだといいんだが」
彼は空を見上げて言いました。どこか遠い目をしていました。
「それより、今はこの子達を可愛がろうよ」
とにかく明るく振舞って、二人で子猫達と戯れて過ごしました。
夢はそれで終わってしまいました。
「・・・ん、もう朝か。」
多少不安なことはあったが子猫と戯れることができて幸せだった。思わず顔が緩む。
部屋の外に出る。丁度なーさんも起きてきた。
「あまり過激な事はしてないだろうな」
一応、確認の為に訊いてみた。
「やぁね~。流石にそこまではしないわよ~。でも、いい夢を見させてくれてありがと~」
それならいいか。一応、夢の報告とこの体験を口外しないよう伝えた。
「解ってるわよ~。それからまた休みの日に綾音ちゃんに英語教えに来るわね~」
「今度は、俺は勉強しないからな」
と、釘を刺しておいた。
「綾音ちゃんに大人のキスを教えるチャンスね~」
「・・・そういう事をしないと信頼してるからな」
更に釘を刺した。
「んもう~。しょうがないな~」
こうして別れてそれぞれ夢の報告に行ったのだった。
後日、ちゃんと英語を教えに来た。
綾音がぬいぐるみを毎晩抱いて寝ている事を聞いてとても喜んでいた。
一応、俺も同席はしていたが特に変なことをする事はなく、二人が楽しそうに勉強をしているのを眺めていたのだった。




