第一話 同調
この物語はオリジナルで名称などフィクションです。しかし、もしかすると近い将来、現実になるかもしれません。
・・・・・・・・・・・・・・・。
ここはどこだろう?目を開いているはずなのに光がない漆黒の闇が広がっている。地に足が着いている感覚がない。落ちている感じではなく、まるで海の中を揺蕩うクラゲのような感覚であった。
体に意識を向ける。恐怖は不思議となかったが丸まっているのが解る。
ふと、誰かに腕を掴まれた。どうやらどこかに連れて行こうとしている。不安は多少あったが腕に感じる手の温もりが安心感をもたらしてくれるように感じた。まるで大丈夫だと言わんばかりにゆっくりと優しく引っ張ってくる。
俺は、引っ張られるままに着いていく。
しばらくして光が遠くの方に見えてきた。光はじょじょに大きくなっていく。もしかして導いてくれたのだろうか。
光が大きくなった時、引っ張ってくれる手の方を見る。髪の長い人で女の人のように感じた。
光に包まれる瞬間にその人は振り返ったが、顔は見えなかった。しかし、微笑んでいるような気がした。そうして光の中に入り込んだ。
そこで目が覚めた。いつもの天井ではなく、内心焦り飛び起きた。
「・・・ここどこだ?」
状況を確認するように見渡すと普段住んでいる部屋ではなく、机にパソコンだけの質素な部屋だった。それにしても頭が重い。手で頭を触ると無機質な感触があった。なぜかヘルメットをしていた。
ヘルメットを外し、部屋の外に出る。
「おはよう。ゆっくり眠れたかしら?」
白衣を着たショートボブの女性に声をかけられた。見たところ、三十代半ば位だろうか。
徐々に意識がはっきりしてくる。
「早速で悪いんだけど、夢の内容を教えてもらえるかしら?こちらに座って。」
そうだ。確か被験バイトを受けたのだった。内容は夢の解析のために夢を見たら伝えることだったか。
「そうですね・・・」
夢の内容を伝える。今回はそんな複雑な夢を見たわけではないのでありのままを伝えた。
「そう。シンプルな夢なのね」
割と夢は見る方だが今回のはなんとも不思議な夢だった。
「なにか意味あるんですかね?」
素朴に感じた疑問を相手に伝えた。
「私は夢解き人ではないからなんとも言えないけれど、その髪が長い女性はもしかしたら森さんのアニマで不安がないから大丈夫だよと先に進むよう伝えたのではないかしら」
アニマ・・・男性が思う理想的な女性ということか。特に髪型にこだわりはないが、引っ張ってくれる……リードしてくれる人がタイプということだろうか。
「他に夢は見ていないのね?」
「はい。それだけです。・・・あの、この後、どうすればいいんでしょうか?」
「二度寝してもらって構わないけど、その様子じゃすっかり目が覚めているみたいですね。基本的には自由に過ごしてもらってもいいですよ。外出もしていいですけど、その場合。私か所長に許可をもらってください。門限は22時ですのでそれまでには戻るようにお願いします」
淡々と説明された。名札を見ると『飯塚 麻沙美』と書かれていた。
「解りました。・・・あの飯塚さん、煙草吸いたいんですけど、喫煙所はありますか?」
「喫煙所は屋上か外でお願いします」
「解りました。ありがとうございます」
俺は恭しく一礼をして屋上へと向かった。
屋上に出ると煙草を取り出し、一服をする。ふーっと息を吐き出す。ニコチンが五臓六腑に染み渡るようだった。
昨日のことを思い出す。確か、被験バイトに採用になり、仕事内容を聞いた上で契約書をにサインをして確かヘルメットを被って寝たんだったっけ。仕事内容は夢の分析・解析の為の情報提供だったような・・・。細かくは覚えていなかった。忘れっぽい性格に少しうんざりする。
とりあえず、仕事が決まったことを親に電話するか。
「もしもし、母さん。・・・ああ、新しい仕事決まったからその連絡。期間限定のバイトだけど何とかやれそうだから。・・・うん、わかってるよ。今度は体に気をつけるって。それじゃ」
全く、いつまで子供扱いなんだろうか。もう三十路だというのに。少しうんざりはしたが久しぶりに声が聞けたのは嬉しかった。
それからしばらく、煙草を嗜んでいるとガチャリと扉が開いた。40代半ばだろうか白衣を着た白髪混じりの中年の男性がやってきた。俺は軽く頭を下げた。
「まさか先客がいるとはなぁ」
そんな事を言いながら隣にやってきて煙草を取り出し、吸い始める。吸いながらもチラチラとこちらを見ていた。
「君はもしかして被験者の、森 勇夫くんかな?」
飄々としたように話しかけてきた。
「そうですけど・・・なにか?」
少し戸惑いながらも答えた。すると男性は俺の顔を覗き込みながら少し考え、
「んー・・・。もりもりかい~ちゃんだな」
ドキッとして慌てて顔を背けた。煙が変なところに入り咽た。
「はっはっは。当たったようだな」
あだ名が当たったことが嬉しかったのかにんまりと笑った。ようやく咳も治まり、向き直る。
「すまんな。人間関係を円滑にするためにコミュニケーションをとろうと思った訳だ。私はここの研究所の所長で品行寺 和彦という。期間限定とはいえ、これからよろしくな。い~ちゃん」
手を差し出してきた。あだ名を呼ばれることに少し嫌気が差したがしぶしぶ握手をした。
「しっかし、なんでまたこんな仕事をやろうと思ったんだ?」
何気ない質問をしてきた。俺は少し考えてから思ったことを伝える。
「・・・自分には何もないからですよ。だから色々やろうと思いまして。求人情報検索したらここの仕事があって気になったので受けたんです」
例え、この事で印象が悪くなったとしても期間限定だ。終わるまで我慢すれば問題ないだろう。
「自分には何もない、か。中々面白いことを言う奴だな、い~ちゃんは」
「・・・あの、できたら苗字で呼んでいただけるとありがたいのですが」
「わかったよ。い~ちゃん」
全く人の話を聞いていなかった。煙草も吸い終わり、吸殻入れに捨て諦めて一瞥し、その場を離れた。
所内を色々見て回ることにした。二階建てで二階は寝ていた部屋があり、その他研究室のような場所もあったが主に寝室が多く、ここで所員や被験者達が寝ているのであろう。
一階に降りると食堂や図書室・娯楽室・体を鍛える為にジムのような場所もあった。
近くの所員に食事などどうしたらいいか聞こうと歩いていると飯塚さんが前から歩いてくるのが見えた。
「飯塚さん、すみません。食事はどうしたらいいですか?」
「食事は基本的には自費で外で食べるか食堂で料理してもらっても構いませんよ」
「そうですか。後、図書室や娯楽施設室などは僕も利用していいんでしょうか?」
「構いませんよ。色々していただいて記憶に残ったほうが夢にも影響が出ることもありますので」
「わかりました。ありがとうございます」
こうして俺は娯楽室でテレビを見たり、ゲームをして過ごした。
夜に部屋に戻ると飯塚さんがいた。
「慣れるまでは寝辛いと思いますがヘルメットの着用をお願いします。それとこれを飲んでいただきます。軽い睡眠導入剤ですので一錠だけ飲んでからベッドに横になってくださいね」
薬とミネラルウォーターを受け取る。薬のラベルには『グッドミン』と書かれていた。なんて安直なネーミングだ。
一錠だけ取り出し口に入れ、水で流し込んだ。
眠気は全くなかったがヘルメットを付けて仰向けになり、ゆっくりしていた。すると次第に瞼が重くなり、眠りへと誘われた。
気が付くと和室にいた。どうやらどこかの日本家屋のようだった。縁側に立っていた。
ふとゾクッと寒気がよぎった。誰かが来る。見つかるとヤバイ。そんな予感がして部屋に入り、隠れられる場所を探す。
押し入れを開けて中に入り、外の様子を窺った。
和式の花嫁衣装を着た女性が入ってきた。しかし、恐怖で胸を締め付けられる。顔は見えないが見たら自分の身が終わることは肌で感じていた。
隙を見て、ダッシュで逃げるしかないか。このままいても拉致があかない。
意を決し、襖を開けて猛スピードで駆け抜けた。一目散に玄関を目指し、なんとか外に出ることはできた。
そのまま走り続けるといつの間にか森の中にいた。雨が降っている。雷も鳴り始めた。
奥へと進んでいくと廃屋を見つけ、中に入り、じっとして時間が過ぎるのを待つところで目が覚めた。
「被験者。眠りにつきました。レム睡眠に入ります」
「わかった。よし、脳波の測定とあの子の脳波を電気信号に変えて彼に送ることはできるか?」
「はい。彼女の脳波を彼の脳に送り込んでみます」
「よし、頼んだぞ。彼は果たしてうまくいくだろうか・・・」
飯塚はキーボードを打ち込み、作業を進めた。品行寺は祈るように手を合わせて様子を見ていた。
目が覚めると相変わらず、見慣れない天井だったが昨日の事もあり、今日はそれほど驚きはしなかった。
ヘルメットを外し、部屋を出ると飯塚さんがいた。
「おはよう。なんだか浮かない顔しているわね」
「昨日、ホラーゲームしたせいか少し怖い夢を見ましたよ」
俺は夢の内容をできるだけ細かに説明した。
「また女の人がでたんですね」
「でも前に見た女性とは違う気がするんですよね。怖くてそれどころではなかったですけど」
「その女の人には恐怖以外何か感じませんでしたか?」
「そうですね。おしとやかな雰囲気はありましたがそれぐらいですね」
「そうですか。・・・解りました。ありがとうございます」
「でも、突然場面が変わるっていうのが不思議でした」
「それは、レム睡眠からノンレム睡眠に入り、再びレム睡眠に移ったからだと思われます」
「そうなんですね」
「まぁ、脳波を見る限りですと眠りについてすぐに夢を見たと思われます。レム睡眠は眠る時間が長いほど、徐々にレム睡眠の時間が長くなりますので」
そうだったのか。知らなかった。
俺は報告を終えると屋上へ行き、煙草を嗜んだ。
「よう、また逢ったな」
片手をあげて挨拶してきた。
「品行寺さん、おはようございます」
軽く会釈し、煙草を吸い肺にニコチンを送る。
「・・・ふーっ、あっ、ちょっと気になったんですがこの実験に何か意味があるんですか?」
素朴に思った疑問を訊いてみた。
「いい質問だねぇ。・・・ふーっ、元々夢の解析は二〇一三年に某研究所がMRIにて脳の活動状態を解析することに成功し、七割以上的中するが出来ることができた。我々も遅れを取ることはいけないんでねぇ。次の段階として一つの神経細胞から一万もの神経細胞とシナプスで結びつく。その結合パターンを読み取ったデータを使い、脳に直接電気信号を送りこちらが指定した夢を見られるかの実験だ。まずは慣れるために夢のデータ収集と適応できる被験者を探しているところだ。そしてゆくゆくは好きな夢を見られるようにすることだ。今回はその実験でもある」
「そうなんですね」
要はいずれは好きな夢を見られるようになるような世界が来るということだろうか?
「今はVRなどバーチャルがリアリティをもって一歩先をいかれているがしょせん誰かの筋書き通りにしかできん。だが、夢は違う。舞台を用意すれば後は本人の自由だからな。転生物でもハーレム物でもなんでもできる」
「なんでも・・・ですか」
それは実現すれば素晴らしいだろう。
何もない俺でも何者にでもなれるという事だから。
「い~ちゃんはシンクロニシティーという言葉は知っているかね?」
「なんとなく聞いたことはありますが詳しくは知らないです」
品行寺曰く、とある地域で猿が火を使う事を覚えたら、どこか遠くの地域でも同じように猿が火を使うこと。もしくは音楽でもとある曲を作曲したら何処か遠くの地域の作曲者が同じような曲を作っていた。など。
「これを夢に当てはめたらどうかね?い~ちゃんは誰かと一緒にいる夢を見たとしてその誰かも同じ夢を見ていたとしたら」
それは確かに凄い確率かもしれないがありうるかもしれない。
夢だから忘れてしまうだけで。
「そう。それを実現できるようになれば夢の共有化もできる。まさしくMMOオンラインゲームのように友人や家族と同じ夢を冒険する。たまらなくはないかね?」
夢の共有化か。それはそれで楽しいかもしれないが。
「ところで私からも質問をしてもいいかね?」
「え、はい」
「キミはなぜなぜ自分に何もないと思った?」
「それは・・・」
グサッと来る質問だった。
「・・・自分としてはある程度はなんでもこなせると思ってたんですがどの世界にも上には上がいて自分じゃなくてもほかの誰かでもできるんじゃないかと思うと自信が持てなくて。自分にしかできない何かを求めてるんですけどそれが何かも解らず。結果こんな感じですね」
苦笑交じりで答えた。多分、誰しもが一度は思うことだろう。自分にしかできないことに憧れを持つのは。
ただ、自分にとって、やってきたことがいつの間にか社会にとっての生きる術を学んだに過ぎなかっただけだった。
ある程度仕事をこなし、人間関係も適度に距離を保ち、変わり映えしない日々を過ごす。そんな処世術だった。
その話を聞いて、品行寺は笑っていた。
「自分にしかできないことねぇ。それは大層難しい話だな。大抵そういうものは長年経験を積んで会得するもんだと思うがね。最初からそんな考えじゃそりゃ無理だ。まずは自分でもできるんじゃないかと思うことから続けることが大事だと思うがね」
そう言うと、煙草を吸い終えた品行寺は吸殻入れに煙草を捨て、
「期間限定とはいえ、この仕事もそういう考えで続けてくれると助かるよ」
一言放つと颯爽とその場を離れた。
煙草を吸い終えた後、飯塚さんに許可を得て外出することにした。
小高い丘の上に立つこの研究所の周辺をぶらりと探索を考えた。
来る時に乗ってきたバイクに跨り、キーをONに入れ、セルスイッチを押す。
キュルキュルキュルキュル・・・。
エンジンがかからない。バッテリーが上がったのか?
「おいおい、急に不機嫌になるなよ。ルネたんよ」
なんて独り言を呟く。他人から見ればただのバイクだが、自分にとっては初めて買ったバイクだ。それなりに愛着は持っている。ルネッサという名前だったからルネたんと愛称を付けたのだ。
バイクから降りて押しがけをするとなんとかエンジンがかかった。軽く暖気を済ませる。
「よっしゃ、そんじゃぶらりと行きますか」
走り出すと風が心地良かった。しばらく適当に流し、ふと道の駅に行きたくなり、その場所に向かうことにした。
途中、すれ違うライダーにピースサインを送る。ピースサインと言っても左手で手を振るだけだが。
それで返答がないこともしばしばあるが、返答があると否応にも嬉しくなりテンションが上がる。
そんな事をしながら目的地の道の駅に到着し、バイクを停めて売店で味付きこんにゃくを買ってベンチで食べていた時だった。
「にゃ~ん」
一匹の猫が近づいてきた。
指でクイクイっとするとやってきて指の匂いを嗅いでから擦り寄った。
「おまえさんも一人か?」
なんて言っても猫に解る訳がない。頭や背中を撫で癒された。
よくみるとどこかしら昔飼っていた猫に模様が似ている気がした。
懐かしさもあり、満足するまでしばらく撫でたり太ももの上に乗せて猫との時間を満喫した。
夜、寝る前に一服しようと屋上へと出た。
雲一つない満天の空だった。
煙草に火を点け、肺にニコチンを送る。煙草だけではないが吸っている間、どこか非現実的になれる気がした。いつしかそれが習慣となり、吸い続けている。
吸いながらボーッと空を眺めていた。星が瞬いていた。
ふっ、と何かが舞い降りてきた。俺はメモ帳を取り出し、文字を書き込む。
書き終えると自分でも満足いくモノができた気がした。
煙草を吸い終え、部屋に戻ろうとした時、扉が開いた。
現れたのは品行寺だった。
「よう、ここにいたのか」
何か用でもあるかのような言い方だった。
そのまま去ろうとした時、
「女が出てくる夢を見たんだよな」
「そうですけど、それが何か?」
「別に疚しい夢じゃなかったんだろぉ。なら別にいいじゃねえか。・・・ところでよ」
なにか伝えようとしていることは判ったので煙草を取り出し、吸殻入れの近くに移動した。
「その女の人ってのは、この写真の人か?」
一枚の写真を取り出し、受け取って見てみた。小学生の高学年か中学生くらいの黒髪のロングヘアーの女の子が写っていた。
「いや、もっと年上でしたね。顔は解らなかったですけど、少なくとも僕が思ったのはそんな印象でした」
マジマジと写真をよく見ると幼くはあったが将来は美人になりそうな感じの子だった。
しかし、夢で出会った人とはなんとなく違う気がする。
「そうか。それは残念。しかし、今夜あたり出るといいんだがなぁ」
品行寺は頭を掻きながらそんな事を呟いていた。
「どういう意味ですか?」
「いやなに、そのまんまの意味だよ。特に他意はない。ただ、その子が現れる事を願っているだけさ」
少し気になったが聞く前に品行寺は煙草をもみ消し、去っていった。
俺も煙草を吸い終えると部屋へと戻った。
睡眠導入剤を飲んでヘルメットを被り、自分には何もないと思いつつも心のどこかで特別になりたいと願い、夢の世界へと旅立った。
「被験者、レム睡眠に入りました」
「よし、再び被験者にあの子の脳波を送ってくれ」
姿は見せた。後はその姿で現れることを祈るのみだった。
「今の所、脳波異常なし、特に問題ありません」
「念の為に、彼とあの子の脳波をお互い送受信できるようにしておいてくれ」
「解りました」
飯塚はテキパキとPCを操作していく。
夢の解析はもちろん重要な事だが私にはあの子がどんな夢を見ているのか知りたかった。目覚めることのない眠り姫となった我が娘が・・・。
「・・・所長。ところどころではありますが脳波がシンクロしている所があります。これはもしかして・・・」
「・・・コンタクトは成功ということか」
後は彼が起きた時に夢の報告に期待するとするか。




