コロコロ、コローナさん
皆様のお部屋にありますでしょうか?
綺麗好きの方ならきっと。
デスクワークで酷使した指関節をぬるぬると動かし、三桁のパスワードを入力。自宅のマンション。そのオートロックの扉を開けるなり――
「おかえりなさい貴方様!! さあさあ私をッ!! お使い下さいましぃぃッ!!」
純白ウェディングドレス姿の縦ロール少女が、僕の家の廊下をころころ、ごろんと転がってきたのです。
「……うん?」
「少しの埃も見逃さないで、いつも貴方の手の中にッ!! ころころごろりと転がって、奪ってみせますこころの汚れ!! コローナですぅ!!」
僕の部屋の玄関先で、縦ロールの純白少女が妙な口上を述べてくるくると回転しています。
さてはて、こういう時、僕が上げるべきである第一声は何でしょうか?
そうだ、『すいません!! 部屋間違えました!!』ですかね。
「Opps sorry, this is a wrong room……!!」
「えっ、何て!? 貴方様なんておっしゃってますのッ!? 不詳コローナ、埃は取れるけど英語は聞き取れませんのよ!!」
おおっと口が滑った、もとい英語がぬるりと滑らかに。
僕はこれでも、英語は達者なのです。
外国留学の経験を買われ今の会社に就職を決め、上司の嫌味にも、ぺらりぺらりと空を泳ぐ紙の擬音のように英語を返して対処しています。
さて、視線を向けると純白の縦ロールが、大げさなリアクションを取る彼女の動きに合わせてぶんぶんと揺れていて。
あれ、でも。廊下の木目にでも溜まっていたであろう細かい埃が、その綺麗な"髪"にびっしりと張り付いてますね。
そんな彼女の髪の事を考えていたからでしょうか? ――
「――すいません、hair間違えました?」
「え、一部分だけすっごい流暢!! 髪!? 髪って”紙”!? 紙間違えたーって!? 嫌、いやですわあ!! 私に対応してない『コロコロ』の紙をセットする隠語なんてッ……ああでもそんな強引なのもス・テ・キ」
くねりくねりと身悶えし、頬をほんのりと朱に上気させながら、"べたり"と。
コローナと名乗った純白少女は、僕の手を取りました。
死者かよとツッコミを入れたくなるくらい真っっ白い、彼女の手。それはそれは、べたべたと張り付くような、なんとも気持ち悪い手触りで。
「お邪魔しましたー」
――バタン。
まあ、閉めますよね。僕疲れてんのかなって、疲れてんだろうなぁ。
扉の向こうから、べたんべたんと叩く音がしています。
縦ロールのコローナさんは、どうやら抜けている子なのですかね?
鍵、内側からなら電子キー無しで開けられるでしょうに。
視線を移して、ドア傍の壁に彫り込んである自室の番号を確認します。
部屋番号良し。第一、三桁のパスワードを入れて開いたのだから僕の部屋ですよ。
先ほどまで、べたりとドアを叩く音がしていたのですが、急に静かになりました。大丈夫でしょうか?
僕は溜まった埃を舞わせないような静かさで、――ガチャリ。
ドアを開くと。
縦ロール少女が、また僕の家の廊下をごろごろ、ころりと転がってきたのです。
「さっきやったのですわッ!!」
同じ光景を二度見せられて、またかと思わない人はいません。
いわんや、やってる当人をや。
「ただいまー。って、誰もいないんだけどねー。もし居ちゃったりしちゃったらそれは、幽霊の類なんだろうけどねー」
現実? を直視したくなくて、僕は無視を決め込みます。
ちょっと申し訳ないので、半歩譲って幽霊なら許しますか。
いくらちょっと可愛いからって、スタイルいいからって、こんなお嫁さん欲しいって思う位には女性に縁がないからって、家に居座るのは許しませんが。
本当ですよ? 断じてです、ええ。
「え、無視!? いつも帰ってきたら私を手に取ってくれるのに今日は無視!? 昨日なんて『片時も君を手放したくないよ』って言ってくれたのに!!」
何を言っているのでしょう、このコローナさんとやらは?
耳に張り付くような印象のある声を振り切り、僕は自分の部屋へと足を踏み入れます。
おっ? コローナさんが掃除でもしてくれていたのでしょうか、廊下がすごくつるつるですね。
「さーて、あれ……無いな? いつものアレがない」
短い廊下を抜け十畳間へ入ると、いつも中央の机に置いていたはずの『コロコロ』がありません。
コロコロ――正式名称は(粘着)カーペットクリーナー。株式会社ニトムズが一昔前に商標登録したらしいです。
僕がコロコロを買ってからというもの、家にいる時片時も離れたことはありません。
僅かな埃を見つけた時、ころころ、ごろんと一回転。
あ、こんなにも埃があったのかと、べったりくっ付いた汚れを見て微かに驚き。
手早くぱっとゴミ箱へ。
取り回しが良くて、掃除ができる、夢のようなアイテムです。
「縦ロールさん、僕の『コロコロ』知らない? あれがないと僕、落ち着かないんです」
「……もう、いけずな人!! コローナは貴方様の傍に居りますのにっ」
そわそわと貧乏ゆすりをする僕を見て、頬を真っ赤に染めるコローナさん。
控えめに僕の袖をつかんだかと思うと――バッと勢いよく抱き着かれました。
豊満な胸がふにゅりとつぶれ、僕の二の腕を圧し潰して。
でも、彼女から伝わってくるのはべたべたとした心地悪い触感で――
「あっ」
「……い?」
何ですか、その典型的アホの子返し。
コローナさんがこてんと首を傾けた反動で、縦ロールがぶるんと揺れて僕の頬を撫でました。
べと、撫でたと同時に縦ロールが僕の頬にくっつきます。
――ああもう、分かりましたよ。
認めますよ、ええ。
白くて、ころころして、埃を取ってくれる、いつも僕の傍にあるもの。
そんなの、一つしか思い浮かばないじゃないですか。――
黙った僕を見て不安になったのか、縦ロールを僕の頬にへばりつけたまま、コローナさんは子犬のようにぷるぷると震えています。
「どうしたのかって? そうですね、端的に言うなら――」
そんな不安そうな顔しないでください、もう分かってますから。
君がいないと、僕も不安です。
『コロコロ』、もとい――
「片時も君を手放したくないよ、コローナさん」
僕がそう言うと、カーペットクリーナーの擬人化した姿。
コローナさんはキラキラと輝く笑顔で僕に一層強く抱き着いたのでした。
「ああ素敵、貴方様!! 私の汚れた服をはぎ取って下さいまし!!」
ちょっと埃が見つかったとき。カーペットにゴミが落ちてたとき。
傍に居ると安心、コローナさん。
綺麗好きのお強い味方、ころころ転がるコローナさん。
ころりころり、ごろんごろんと――
ああ今宵はもう、紙切れみたいですね。
追記
コローナさんの縦ロールを解き、埃で汚れたウエディングドレスをはぎ取ると、驚くことにくっつかなくなりました。
恥ずかしいから、今度からは専用の薄皮カバーを付けてくれと念を押されてしまいましたが。
実際のコロコロと同じですね。
……ちなみに、くっつく服と縦ロールは、毎朝自動生成されるそうです。
恐惶謹言